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参加中昨日津軽三味線の司会をしてきた。
最近は、津軽三味線も一般的になった感があり、
テレビ等にも取り上げられてきている。
何とか兄弟とかいう奏者ももてはやされ、
ファンも多いらしい。
昨日の奏者は、
伝え聞くところによれば、
こんにちの津軽三味線の世界では第一人者だと聞く。
以前、高橋竹山という盲目の奏者がいた。
凄まじいほどのバチさばきで演奏する三味線の音色は、
それまで耳にしたことがない迫力あるものだった。
現在の津軽三味線の歴史は意外と新しい。
戦後なのだそうである。
発祥は江戸時代だとか明治とか言われるが、
ボサマといわれる盲目の者達が、
家々の門の前に立ち、
三味を奏で物乞いをしていた。
門付けである。
しかし浄瑠璃三味線も太棹だが、
ボサマが門付けしていた三味線は、
音も軽く、叩きといえるものでもなく、
タッチは爪弾きに近いもののようだったと聞く。
それをこんにち演奏されている男性的な叩きの奏風にし、
更に芸術の域まで引き上げたのが、
盲目の奏者、高橋竹山だったらしい。
弘前では中学生たちも習っているという津軽三味線だが、
「これは儲かる」
と目をつけて演奏会などを開く傾向もある。
僕が司会をした演奏会も例に漏れず、
そのひとつに思えてならない。
赤字を覚悟で開催する必要はないにしても、
「儲かる」という声は聞きたくない。
こんな話をすると、
すぐ「お前は青い」という嘲笑にも似た声が返ってくる。
言いようがあるだろう…とも思う。
三浦綾子さんの作品をお芝居にして上演し、
役者不足で客演してもらった友人がいた。
以前は純粋にお芝居が好きな人間だった…そう思い込んでいた。
その男と言い合いになったことがある。
地方にも持って行きたいので、
「知り合いに声をかけてひろめたいと思っているんだ」
「だったら裏から手を回さないと駄目だ」
「手を回すって?」
「金をつかませるんだよ。学校の先生だって誰だって動いてくれるよ」
「いい作品を作れば評価してくれるだろう?」
「お前も青いな。魚心あれば水心っていうだろう?
そんな甘っちょろい考えでは、いつまでたっても
地方公演なんて出来はしないよ」
「・・・?」
「10万で足りなきゃ20万。酒を飲ませたり、
(小指を立てて)これだって要求されれば用立てる。
お前みたいな考えで通じるわけないだろう」
これにはショックを受けたが、
案の定、僕等の劇団は地方に企画書をだしたり送ったりしたが、
案の定、ウンもスウもない。
(その原因がコレだとは勿論いえないが…)
「結果、儲かればいい」という。
これには反論はない。
ただ、儲かるというセリフは僕の演劇辞書にはない。
演劇に税をかける国からは脱皮はしたが、
演劇を育てる事情は日本にはない。
「儲かる」とは縁のない演劇生活を送って来て思うことは、
演劇の世界は、“儲かる”、“儲からない”の世界ではないとこだと思う。
演劇で儲けている連中はたくさんいる。
それと同じように、
津軽三味線も儲かる仕事にしようとしている人もいる。
ここでも“儲かる”“儲からない”の世界ではないように思うのだが・・・
これは絶対に両立する世界ではない…青臭い考えだろうが、
僕はあいも変らずそう思い続けている。
良貨は悪化を駆逐するのである。