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演劇人生

今日を生きる!

ブログネタ:睡眠何時間必要ですか? 参加中
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仙台から出てくる友人が、
東京駅に12時に着くので、
或るグループとの待ち合わせまで、
時間があるので会えないかと連絡が来た。

「OK」と返事をしたのだが、当日になり僕の仕事がのびてしまい、
1時間の内、5分程度しか会えなくなってしまった。

自転車をとばして、待ち合わせ場所の有楽町駅銀座口についたのは
1時50分、既に待ち合わせる10人くらいのグループと話している時間だった。

折角会ったので、これから食事をするというみんなと、
プランタンの8階(だったか?)にある叙々苑に行き、
昼食を付き合うことになってしまった。
旭川から来た2人、大阪からの女性、茨城からの女性、
福岡からも長野からも、近くは東京、神奈川、岡山からも来ていた。

平均年齢は50歳。
この中で最年長が…僕。

「わたし牛丼定食」
「ぼくは石焼ビビンバ定食」
「冷麺定食」
「僕は・・・」
と言ってから思い出した。
「あ、さっき幕の内弁当を食べたんだった・・・」

食事どころに入れば、
ついつい食べたくなる…この惰性的精神には困りもの・・・
横に座る友人も、
仙台からの列車の中で食べてきたと言う。
「だったら、二人で野菜スープでもとろうか」
仲良く分けあってスープを飲むことにした。

旭川から飛行機できた二人は牛丼定食だったし、
長野から来た紳士は冷麺だった。

こんな中、
北斗星に乗った想い出を話の中に、
寝入って間もなく車掌に間違って起され、
その後眠れずにひどい目に遭った話が出た。
それを契機に、
「あたしは7時間寝ないと一日中憂鬱だ」
とか、
「私は最低でも6時間寝ないと食欲がなくなる」
僕は私は…と話が続いた。
「伊藤さんはモノ書きするから寝不足するでしょう?」
と聞かれ、
「4時間寝ればいいけれど、3時間じゃ持ちませんね」
これにはみな驚いたようだった。
年をとった最近では、
2時半ごろに寝て、
6時にはトイレに行きたくて目を醒ます。
トイレに行ってくると寝るのが面倒になり起きてしまうのだ。
睡眠時間4時間である。

「すごいなァ」
と言われる。
でも、コレ、学生時代からそうだった。

大学時代、
学生運動まっさかりで、
大学に行くと部室に行き、
芝居の準備のかかる。
時々授業に出てはまた部室に戻るか、
国会議事堂に向けたデモに行く。
時には、部室で赤旗をつくりそれを背負ってデモに行った。

その行事がピークに達した時、
毎夜徹夜で通して5日間、
その後1時間睡眠で2日間、
続いて徹夜をした翌日、
早稲田車庫から日比谷に出るのに都電に乗った。
いまは早稲田車庫から三ノ輪車庫までしか都電は残っていないが、
昔は神保町方面に向かう都電もあった。
その電車に乗って、
つり革に手を掛けた途端に意識を失って、
その後を覚えていない。

フト気づいたのは、
意識を失ってから2日後だった。
都電車庫近くにある乗務員の住むアパートみ寝かされていた。
「まるまる2日間、寝っぱなしだったのだろうか」
ところが、夕べは起きてラーメンを食べ、
今朝はトーストに鮭缶とコーヒーを飲んだ…と聞かされた。
可笑しいことに、
自分にはその記憶は全くないのである。
都電のつり革をつかんだ時までは覚えているが、
意識を失ったというのは後で聞かされて分かったのだ。

人は眠れずに死ぬことはない。
寝られなくて死ぬ人間はいないのである。
寝られないので睡眠薬を飲む人がいる。
僕もかつてそうした。
しかし信じて飲めば胃薬でも睡眠薬の役目を果たす。

昨日は3時に寝た。
5時に携帯メールが鳴り出した。
宣伝メールだった。
二時間しか眠っていない。
こんな時は腹が立つ。

僕はせめて4時間の睡眠はとりたい。
それも安眠であって欲しい。

しかし近々…それが永眠になるような気がして、
せめて起きている間は一生懸命に生きたいと…思う。
ブログネタ:中国をほめよう 参加中
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農薬ネギむっ
腐らない椎茸ショック!
毒入り餃子しょぼん
スーパーなどで買い物をするのに、
中国製かどうかを確かめるようになった。

ここから長い長い話の始まりである。

僕の奥さんも中国人だった。

…だったというのは、20年ほど前に離婚したからだ。

離婚は中国人だからではない。ハートブレイク

正真正銘…価値観の相違と、
行き届かない、僕の思いやりが原因だったと思う。

大きな違いといえば、
文化大革命や国家感に対する考えの相違は確かにあった。
さかのぼれば、
1937年盧溝橋事件を発端として日中戦争が始まった。
爆弾
…というよりも、さまざまな事情が積み重なっての戦争であった。

国共合作によって、日本は中国相手に戦うことになった。
メラメラ
その頃、日本人にとって中国人は蔑称的にシナ人と呼ばれた。

支那自体は蔑称でもないし歴史的に現中国を指すのだが、
戦時中、シナ人はチャンコロと併せて蔑称だった。
むっ
これは朝鮮人に対しても同じだ。
むっ
鮮人ともいい、両国民を指して三国人ともいった。
石原東京都知事の発言で物議をかもしたが、
地震が起きても火事があっても、
その犯人は、
「主義者か鮮人か、いずれは不逞の輩なりけり」
として犯罪者扱いされたのである。
ショック!
今は亡き俳優の千田是也氏の名前の由来…
大正大震災では、朝鮮人が井戸に毒を入れたなどというデマが流され、
千駄ヶ谷近辺で、その風貌から朝鮮人に間違われた伊藤圀夫氏、
千駄ヶ谷に因んで、苗字を「千田」にし、
名前を朝鮮人のコリャンに因んで是也にしたという。
演劇人であると同時に左翼活動家でもあった千田が、
皮肉ってつけた芸名であるという。
むっ
戦時中とはいえ、
中国や朝鮮から強制的に日本に連行され、
過酷な労働を課せられ死亡した人も大勢いたのだ。
旭川に、中国人強制連行者慰霊の碑もある。

戦争は人から人間であることを奪い去る。
数千年積み重ねてきた人としての在りようを捨てなければならない。
それが戦争だと思う。
走る人DASH!
満州から引き揚げてきたという家族がいた。
「引揚げ」というと体裁はいいが、
「逃亡」だったと聞く。
叫びあせる
1歳と3歳の女の子を連れていたが、
途中、1歳の女の子を中国人にあげてきた(本人のことば)そうである。
その話を聞いた頃は、残留孤児の帰国問題などなかった頃で、
「…生きていれば高校生くらい…」
という話を、「そうか…」という程度に聞いていたに過ぎなかった。
かお
その後、田中角栄時代に日中の国交が回復することになり、
残留孤児の問題が湧き上がった。
パソコン目
妻も中国語を話せる通訳者として孤児の面会などに立ち会った。
日本語を話せる残留孤児など一人もいない。
中国から着てきた服装や、品物もみな中国製の粗末なものだったという。

そこで彼女を何より困らせたことは、
残留孤児が中国人に見えてしまうことだったそうだ。
ビックリマーク
「この人たちは日本人なのだ」
…と、自分に言い聞かせなければならなかったという。
また、侵略され酷い目に合わされた自国の歴史と複雑に混ざり合い、
自分のしていることに矛盾を感じたとも言っていた。
!?
自分達の町や村に軍隊と一緒にやってきて、
立派な家を建て、贅沢な暮らしをしてた日本人が、
命からがら逃げ出して行くのに置き去りにした足手まといの幼児たち。
それを預かったり拾ったりして、
わが子同様に育てあげる…これは大変なことではないのか…
我が身に照らして考えてみる。
自分には出来るだろうかとも思う。
はてなマーク
あるいはまた、歴史を辿り孤児として認定され、
家族探しに来日し、確実に残留孤児だと分かっていても、
引き受ける家族や親族がいなければ中国に送り返されるのである。
日本人である父や母から捨てられ、
日本人であることが分かり面会に来て、
親だ親戚だと名乗る人がいないからといって、
今度は、日本という国から捨てられる。
!!!?!!ビックリマーク
こんなことが行われなければならないのも戦争の悲惨さではないのだろうか。
食糧事情の悪い中、貧しい生活の中で、
敵の子どもをわが子として育てた中国人に敬意をはらいたい。

子どもの一人を置き去りにして満州から逃げてきた知り合いが、
どうしたのか…付き合いが途絶えて久しいので分からないままである。
はてなマーク
いま巷では、残留農薬や殺虫剤の問題が話題になっている。
わが国でも、食品に使用した農薬や殺虫剤、薬物が問題になったことがあった。
中国の農業は、15年前頃の日本にあるような気がする。

安い労賃に目をつけて、
お金¥
“儲けられれば、それ行けどんどん”で進出するだけではなく、
殺虫剤や農薬などについての知識やノウハウを提供すればいいではないか。

グローバルの名のもとに儲けに走る一方で、
行き来しなければならないものを置き去りにしていはしないか。
これは日本にも中国にもいえることだと思う。
お互いにさまざまなものを分かち合うことを考えなければならないのではないか。
これはエネルギーや知識などあらゆるものについて言えると思う。
パンダ音譜
「残留農薬」を耳にして、「残留孤児」に思いが行ってしまい、
何かやりきれなくなってしまったという他愛のない話が、
こんなに長くなってしまった。
ブログネタ:ゴキブリとクモとヘビ、どれが大丈夫? 参加中
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いま稽古しているお芝居にゴキブリが登場する。
合格
喫茶店のオープンを翌日に控え、
祝いを兼ねて店の様子を見に来た警視庁の交通課につとめる妹と、
店のオーナーである姉とのいざこざを通して、
お互いにかけがえのない姉妹としての意を固くしていくホンワカとした芝居だ。
この中に、ゴキブリに追われ逃げ回る姉と対峙しようとする妹との対比がある。
この二人(女優)大の虫嫌い…
ゴキであろうとウンカであろうと蟻であろうと、ギャ~ギャ~わめいて逃げ回る。
稽古場の台所の戸棚を空けるときも恐る恐る開けてゴキ不在を確かめる。
ゴキブリの活動条件は、気温20度以上30度以下の範囲内で、
これを下回ったり上回ったりする中に出て来ようものなら、
素早いはずの動きも緩慢で、ノロマの昆虫に一変する。

その女優2人も普段の虫嫌いが、稽古になると雰囲気を一変させる。
逃げるのも追いかけるのも、楽しさにはちきれんばかりなのである。
ギャ~ッギャ~ッ!
嬉々として逃げ回り追い掛け回すのである。
そこにダミーのゴキをポイト投げ出すと、途端に人相は一変する。
「でも、生まれたばかりの子どもは可愛いわよね」
音譜
人間なんて勝手なものだ。
そういえば、後に虚偽記載として否定されたが、
どこやらのコミュニティサイトに、
ファーストフードの店員が、
店の油で「ゴキブリを揚げた」とブログを書いて大騒動になったことがある。
ふざけた店員だと思うが、ゴキをダシにして人の気をひこうなんてえげつなさ過ぎる。
この世の人間誕生以前から地球に住みつき、
人間が消滅すれば程なく彼等も消滅するのか、
或いは営々として地球滅亡のその日まで行き続ける不死虫なのだろうか。
ニコニコ
それと比較して昆虫と間違われながら文句も言わず、
害虫を懲らしめ、人と共に生きている虫の蜘蛛がいる。
これも女性には嫌われものだ。
粘った蜘蛛の糸は芥川龍之介の目にとまり、
蓮池の底の地獄にうごめく大泥棒目がけて投げ下ろす話がある。
一本の蜘蛛の糸にしがみついた大勢の罪人達が極楽目がけて昇ってくるのだ。
蜘蛛の糸に、その強さやくっ付かずに昇って来られるかどうかは別として、
悪しき動物の巣の材料の糸を、お釈迦様ともあろうお人が、
ついでとはいえ使うとも思えない。
…とすれば、人に嫌われようが益虫である蜘蛛の立場を重視したのかもしれない。

もう一つ嫌われ者といえば蛇である。
小説やコミックでは、たいてい悪者として取り上げられる。
本当は臆病で、小動物を餌にしてちんまりと生きているのだが、
アダムとイブの世界に出てくる蛇は、神に食べてはいけないと言われているりんごの実を、
「あれは智慧の実だから食べてみなさい」
イブをそそのかして食べさせてしまう。
アダムも食べてしまい、禁を破った2人はエデンの園を追われ、
人類の厳しい旅が始まったということでも分かるように、
蛇は神さまからも邪悪扱いにされた。
後世の人間には悪いイメージとして植えつけられてしまったのも肯ける。

ま、追い詰められれば噛み付いたりするし、
種によっては猛毒を持つので、
しまへびのように、「僕は大丈夫」なんて言ってきても、
ほとんどの人たちは信用しない。

でも我輩は、ゴキや蜘蛛は食べたことはないが、
食糧事情の悪い戦後には、
川原や山で蛇捕りしては町に売りに行ったり、
自分達で串刺しにして食べたりもした。
お団子
ゴキは数十個の卵を産み、
蜘蛛の子袋には百個を越える子蜘蛛が入って、
蜘蛛の子を散らしたように…という例えのように、
ウワ~ッっと声を上げたくなるほどの数の子蜘蛛が出てくる。
蛇は卵を10個くらいだろうか、石の積み重ねた辺りや草むらに産み落としている。

すべてが嫌われ者である。
中には蛇が好きだとか、ゴキが親戚だとか、
蜘蛛って夢がある…等という人がいないわけではないが、
僕は好きではない。
むっ
蛇のおかげで蛋白質を摂れて、丈夫な身体だ出来たかもしれないが、
今更感謝する気持もない。
むっ
…が、「お前、何派?」
と言われたら、しばらく考えて後、
「ゴキかなァ」
と答えるかもしれない。

裏返せば、我輩は嫌われ者かもしれない…と思えるからだ・・・
「好きだ」とか「嫌いだ」とか「平気」か「平気じゃない」とか
言えるガラでもないのかも知れない。
テメェを見てみろ…ゴキや蜘蛛や蛇に言われているかもしれない…!
※くだらない話をグタグタ…これも嫌われるのに気づかない無神経さだァ・・・べーっだ!あせる
ブログネタ:肉派? 魚派? 参加中
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「なぁ、なに食べる?」
「魚か、肉か…どっち?」
「それともイタリアンかフレンチかアジアンテイストとかで決める?」
「イタリアンは昨日食べたから、和食がいいなぁ…」
「よし、じゃ西麻布がいい…それとも神楽坂?」
「…じゃなくて、赤提灯はどう?」
「いいね、いいねェ…」
走る人音譜
ということで、夕べ友人と夕食を共にした。
同じような年齢であるため、
“食” に関する意見は合意し易い。
「昔口にした魚と較べると、近頃のものは味がよくない」
「身の締まりが悪くなった」
こんな話には直ぐに同意が示される。
「温暖化のせいか、海流のいきおいが悪くなったのか…」
などの話が弾むと、近くで食べている連中が胡散臭そうな顔をしてこっちを見る。
「美味しい、美味しい」
と食えば、「こんなもので美味しい」を繰り返して、
「これより美味いものを食ったことがないのかよ」
…なんて顔をするに違いない。
話が弾んで、こんな馬鹿馬鹿しい会話をしながら、
ホヤの酢の物、シシャモ、焙りサンマなどに舌鼓みをうつ。

燻りサンマ
姿造り

たいして飲まないのだが、
魚を肴にすると、
ビールでもワインでもない、日本酒か焼酎というのが理解できる。
お酒DASH!
親父は焼酎だった。
「肉もいいがやっぱり日本人は魚だなァ」
横にいるステーキでワインを飲んでいるジャパニーズがジロリと目を向ける。
米沢牛の霜降りでも食えば美味いのは当たり前。
こんな店で出てくる肉はたかが知れている。
松坂牛なんていうのも、数ヶ月前まではどこやら他の土地で育てられていたものだと
聞いたことがあるが、そうなのだろうか。
列車で運ばれて数ヶ月、松坂でビールを飲まされ飼われて、
肉になるときには松坂のブランド名がつくと聞いたことがある。
ぶーぶーあせる
ま、数ヶ月でも育ったとなれば文句のつけようもないのかも知れない。
魚も似たようなところがある。
うお座あせる
世界中の海を泳ぎまわる魚を、
三陸沖産だとか、アラスカ沖産だとかいって売っている。
世界の何処の海だか、産地など特定できない魚が多くて当たり前。
肉と魚の違いがある。
ニコニコ音譜
健康のためには、
魚であろうと肉であろうと、
程よく食べれば“すべてよい”のである。
あとは嗜好の問題だ。
!!
これも、「ああだ」「こうだ」と、
楽しい会話を交わしながら食べられれば、
これに勝る美味しさはないのである。
うお座あせるDASH!
…だが、わしは魚が好きだ。

昨日津軽三味線の司会をしてきた。

最近は、津軽三味線も一般的になった感があり、

テレビ等にも取り上げられてきている。


何とか兄弟とかいう奏者ももてはやされ、

ファンも多いらしい。

昨日の奏者は、

伝え聞くところによれば、

こんにちの津軽三味線の世界では第一人者だと聞く。


以前、高橋竹山という盲目の奏者がいた。

凄まじいほどのバチさばきで演奏する三味線の音色は、

それまで耳にしたことがない迫力あるものだった。


現在の津軽三味線の歴史は意外と新しい。

戦後なのだそうである。


発祥は江戸時代だとか明治とか言われるが、

ボサマといわれる盲目の者達が、

家々の門の前に立ち、

三味を奏で物乞いをしていた。

門付けである。

しかし浄瑠璃三味線も太棹だが、

ボサマが門付けしていた三味線は、

音も軽く、叩きといえるものでもなく、

タッチは爪弾きに近いもののようだったと聞く。


それをこんにち演奏されている男性的な叩きの奏風にし、

更に芸術の域まで引き上げたのが、

盲目の奏者、高橋竹山だったらしい。


弘前では中学生たちも習っているという津軽三味線だが、

「これは儲かる」

と目をつけて演奏会などを開く傾向もある。


僕が司会をした演奏会も例に漏れず、

そのひとつに思えてならない。

赤字を覚悟で開催する必要はないにしても、

「儲かる」という声は聞きたくない。

こんな話をすると、

すぐ「お前は青い」という嘲笑にも似た声が返ってくる。


言いようがあるだろう…とも思う。

三浦綾子さんの作品をお芝居にして上演し、

役者不足で客演してもらった友人がいた。

以前は純粋にお芝居が好きな人間だった…そう思い込んでいた。

その男と言い合いになったことがある。


地方にも持って行きたいので、

「知り合いに声をかけてひろめたいと思っているんだ」

「だったら裏から手を回さないと駄目だ」

「手を回すって?」

「金をつかませるんだよ。学校の先生だって誰だって動いてくれるよ」

「いい作品を作れば評価してくれるだろう?」

「お前も青いな。魚心あれば水心っていうだろう?

そんな甘っちょろい考えでは、いつまでたっても

地方公演なんて出来はしないよ」

「・・・?」

「10万で足りなきゃ20万。酒を飲ませたり、

(小指を立てて)これだって要求されれば用立てる。

お前みたいな考えで通じるわけないだろう」


これにはショックを受けたが、

案の定、僕等の劇団は地方に企画書をだしたり送ったりしたが、

案の定、ウンもスウもない。

(その原因がコレだとは勿論いえないが…)

「結果、儲かればいい」という。

これには反論はない。

ただ、儲かるというセリフは僕の演劇辞書にはない。

演劇に税をかける国からは脱皮はしたが、

演劇を育てる事情は日本にはない。


「儲かる」とは縁のない演劇生活を送って来て思うことは、

演劇の世界は、“儲かる”、“儲からない”の世界ではないとこだと思う。


演劇で儲けている連中はたくさんいる。

それと同じように、

津軽三味線も儲かる仕事にしようとしている人もいる。

ここでも“儲かる”“儲からない”の世界ではないように思うのだが・・・


これは絶対に両立する世界ではない…青臭い考えだろうが、

僕はあいも変らずそう思い続けている。

良貨は悪化を駆逐するのである。