演劇人生 -186ページ目

演劇人生

今日を生きる!

昨日、

行きつけの病院にいった。

血液検査の結果がでた。


「この年齢にしては上々ね。悪いところって・・・」

多少コレステロール値が高いけれど、

善玉が多いから投薬するまでもないし、

中性脂肪は多いが気をつければ大丈夫だろう・・・・


が、

ここからが問題だ。


「ねぇ、お願いだから、痩せて!」

「は、は、あ、あ・・・はいッ!」


女医さんが、

自分のご主人にでも言うように・・・・

いや、待てよ、我輩は生まれてこの方、

こんな言われ方をしたことがない・・・・

これまでの人生で、

父母もいた、妹もいる。

女房もいた。

・・・が、誰からも、

「痩せて」という言葉以外でも、

こんな言われ方をしたことがない。


感激し、感動した。


だから即座に、

「はいッ!」と言ったはずだが、

「は、は、あ、あ・・・はい!」

という返事になった。


こういう診察だったら、

明日も来ようという気になる。

帰りの自転車のペダルも軽い。

・・・・というものだニコニコ音譜自転車桜

昨日、ミッドタウン裏の公園を散歩した。
週末は人出が多い。

公園では特に親子連れの姿が目立つ。
芝生の広場を元気に駆け回る子ども達には
親もついていけない。

ある程度付き合うと、もう放りっ放しになる。


ぼくはベンチに座って、そんな光景を楽しんでいた。
誰にでも、あんな時代があった・・・
そう思うと、いまの自分がこうして在ることの
大切さに気付いたりする。

芝生の広場のようなところでは、
大人も一緒に子どもの目線になることができる。
ベンチに座りながら、
「あゝ、ぼくは今、彼等と同じ目線に立てる」
・・と実感できる。子ども達にとっては、
見渡す限りが自分の領域に違いない・・・
そう思う。
だから大人はついて行けず草臥れて座り込む。

だが普段はどうだろう。

大人の目線には子ども達はついて来れるのだろうか。
子ども達を大人の思いや考えに
従わせようとしていないだろうか。

そんなことを考えながら、
元気に遊びまわる子ども達と、
駆け回る子ども達の姿を
目で追うのすら疲れ果てたような
親の姿を見比べた。目

駄目だ!

これ以上 太っちゃァ駄目だァ!!

安いといっちゃ

買っちゃ駄目むかっ

あゝ・・・また食べるラーメンおにぎり

止まらない

だ、だ、誰か

助けてよ

止まらない

止まらない

フォークも 箸も 止まらないナイフとフォーク割り箸DASH!

女医「ねぇ、1ヵ月後、10㎏痩せていらっしゃいドンッ

ぼく「い、い、一ヶ月でですか!?

女医「耳も悪いのはてなマーク

ぼく「い・・・いいえ」

女医「じゃ何故聞き返すのはてなマーク

ぼく「衝撃が強かったので」

女医「か弱いのね」

ぼく「すみません」

女医「何に謝っているのはてなマーク

ぼく「泣きたくなります」

女医「泣いても痩せないわよビックリマーク

ぼく「すみません」

女医「プッ!!

笑った!!ラブラブ

この女医さん、

以前にもあった。

ぼく「あのゥ、ぼくって水を飲んでも空気を吸っても太るんです」

女医「わたしね、そんな下らない冗談に付き合っているほど暇じゃないの!!

まったく口の減らない女医さんだァむっドンッ

感性って何?

・・・と聞かれた。
「う~ん、お花の香りに、いい香り」

って感じて、
「この香りをかぐと、今年も春が来た」
「わたしは生きている」
と感じるような・・・

ちょっと説明に困った。

ええい・・・と、こんなことで説明したが、
あたっているだろうか・・・
詩歌には花鳥風月・・・
『自然の美しい風物や雅なもの、そよ風や月などを詠いこむ。

ま、いわば蛙だの蝉などは不浄のものだと思うが、
芭蕉は、静けさや 岩にしみいる 蝉の声や、
蛙とび込む水の音で静寂さを表現た。
これ、「芭蕉の感性」じゃないのかなぁ』

『心に深く感じ取る能力という意味からの例えとしてだが、

カント哲学では悟性に影響力を与える外的

・・・云々の意味もあるけれど、
つまり感性って、こういうことを言うのだと思うよ』


相手に通じたのだろうか。ガーンあせる

「そうか」むっ!?

といっていたが・・・

きょうは一日中部屋を出なかった。

外は雨のようだった。

「この時期の曇天は嫌いだ!」

と決め込んで、ブラインドも上げずじまいの一日だった。

パソコンに向かっては草臥れてソファに横になり、

テレビを見てはウトウトした。

カップラーメン4個なくなった。

「同居者がいたら、身体に悪いといわれそうだ」

などと独り言を呟きながら、

ネギ、ワカメ、チャーシューなどをトッピングして誤魔化した。

むっDASH!

そして、

1.対人関係で間違いはないか

2.何故、ぼくは生きようとしているか

3.では、いま何をしなければならないか

3.それが社会的にどんな意味を持つか

・・・こんなことを考え続けていた。

こんな日が一日くらいあったほうがいい。