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演劇人生

今日を生きる!

もう一人、制作をやってもらえる人物に、

K氏を挙げた。

すると彼は、

友人のTくんを入れて欲しいと言い出した。

有吉さんは、その決定権をぼくに委ねた。

「伊藤くんに聞いて」

「Tはぼくもしっているし、いいんじゃない?」

これには有吉さんも不思議そうな表情だった。

「伊藤くん、自分の役がダブルキャストになるわよ」

「いいです」

「あなたも人がいいわね」

ぼくの希望する役は、トーマス・ルイスだった。

が、初めから自分の役だとは思っていない。

役がなくなっても、この芝居が出来ればいい。

これが正直な、ぼくの気持だった。


紀伊国屋ホールを一週間キープした。

野沢那智くんの自宅兼稽古場の薔薇座を借りることにした。


民藝という大劇団で芝居をしているつもりだったが、

実際は太陽の恵みや水を与えられて、

ただただ舞台に立っていただけだったことを知らされたのも、

この時だった。


おれは芝居をしていたなんて

おこがましくて言えない自分だった。
劇団生活
有吉さんという著名な作家のおかげで、

「何とかなるだろう」


・・・と、安易な気持から始めた芝居だったが、

本当に何とかなりそうな・・・

いや、とてつもない参加者を集めて、

新劇界始まって以来の舞台になり始めたのだった。


彼女はカトリックのクリスチャンで、

洗礼名はマリア・マグドリア(・・・だったと思う)だった。

(続く)

民藝退団者は当てに出来ない。

「弱りました」

有吉さんに相談する以外方策が見つからない。


「じゃ、私の演出でやる?」

「勿論OKです」

「では先ず、推薦人を決めましょう」


誰かインパクトのある人を選んで

推薦させようということになった。


カトリックの神父が裁判にかけられる演劇だ。

「ローマ法王はどうでしょうか?」


一蹴された。


キリスト教の神父は反社会人物としてかけられる裁判劇を

総本山のおんたいが推薦して、「何処が面白いの?」

・・・というわけだ。


「これを創価学会の池田勇人さんが推薦したら?」

こんな考えが、何処から出てくるのだろうか・・・

「するわけないでしょう?」

「どうかしらね。明日交渉に行ってみる?」

これには途惑った。

「他は?」

話をずらした。

「世界に知られる日本人は?」

そんな質問が来た。

「湯川秀樹さんでしょうか」

「いいわねェ。女性代表は?」

「市川房枝さんかなァ」

「いいわねェ」

「東京都知事の美濃部さんはダメでしょうか?」

「だったら、都知事選で負けた秦野明さんも入れましょうよ」

こんなやり取りから、

池田大作

市川房枝

秦野明

美濃部亮吉

湯川秀樹

各氏の推薦者が決まった。


「出演者を決めましょう」

有吉さんが最初に口にしたのは宇野重吉さんだった。

「駄目ですよ。出てくれませんよ」

「宇野さんって、そんなにケツの穴の小さい人?」

「それは違うでしょうが、これは別ですよ」

「あなたは宇野さんを嫌いなの?」

「大好きです。・・・というより、ぼくの唯一の師匠です」

「だったら電話しておくから明日家に行ってらっしゃい」


劇団生活

とんでもないことになったものだ。

覚悟を決めて柿の木坂の宇野宅の門をくぐった。

「先生、あつかましいお願いですが・・・」

「何処で、あの芝居を見つけた」

「旅先でです」

「尻馬に乗りやがって・・・」

退団は、

SMとかHSとかの尻馬に乗ってのことだというのだ。


「ぼくは尻馬になんて乗っていません。

その証拠に、退団した者は一人も入っていません」


それには応えず、

「出るよ。有吉さんに言っておけ。出演するって」

「ありがとうございます!」

では・・・

「もう帰るのか?」

何か話したい雰囲気だったが・・・

「はい、帰ります。ありがとうございます」

その場から逃げ出したかった。


急いで目黒に出て、有吉さんに電話した。

話し中だった。

しばらくしてまた電話した。


「出てくれます」

30分は経っているのに興奮が蘇り心臓が再び高鳴った。

すると、既に宇野さんから電話があったそうだ。

そして、劇団から、滝沢修さんと退団している芦田伸介さん、

それに俳優座を退団している

小沢栄太郎さんも出してくれないかという話があったという。


これは大変なことになってきた・・・

事態は思いがけない展開をみせ始めた!!


それに文学座の杉村春子さん、荒木道子さん、

有吉さんと親しい司葉子さん、

前進座の中村翫衛門さん等々の出演が決まり、

池田さんから伊藤雄之助さんを出してくれという話があり、

検事役に緒形拳さんが名乗りを上げたという。

ぼくは友人の野沢那智さんを推薦した。


これじゃ、我輩の役がなくなる・・・・

(続く)

民藝の退団後すぐに、

取り掛かりたい演劇作品があった。

ダニエル・ベリガン作、有吉佐和子訳「ケイトンズヴィル事件」だった。

ヴェトナム戦争に反対して、

徴兵カードを焼却したカトリック神父たちを裁く裁判劇だった。

旅先の本屋さんで購入した中央公論に掲載されていた戯曲だ。


すでに文学座が上演権を保有していたらしいが、

そんなことはついぞ知らず、

訳者の有吉さんのご自宅を訪ねた。

「ケイトンズヴィル事件」を上演したいのですが・・・

「ダメ」と言われるのを覚悟で切り出すと、

いまの文学座では、ちょっと出来ない作品だからと、

上演を返上してきたばかりだという。

「OKを出してもいいけれど、いつ何処でやるつもり?」

と言われて返事が出来ない。

民藝に10年以上いて、

演劇公演をする手順も何も知らなかったのだ。

返事を途惑っていると、

「どれくらいの準備金を用意してるの?」

「手許に20万あります」

「20・・・? ハハハハハ・・・」

大笑いされた。

「私に払う金額にもならないわよ」

この後を話すと恥を晒すことになるが仕方がない。

「ま、いいわ。貴方の熱意をかって上演を許可するわよ」

そして、誰とどうやって上演するのか、

プランを立てて出直すことにした。


チャンスじゃないか。

民藝を止めた俳優や女優に声をかけ、

新劇団の旗揚げに出来る・・・

意気込んで、退団した先輩達に声をかけた。

みな、「いいじゃないか!」とのってくれた。

反・ヴェトナム戦争の裁判である。

共産党だって喜んで後援してくれるに違いない。

早速文化部を訪ねた。


すると思いがけない返事が返ってきた。

「有吉佐和子から本をもらうのはいいが・・・」

芝居には一切かかわり合わせないことを条件にしてなら、

「後援する」と言うのだ。


「冗談じゃない」

即刻こちらから後援をお断りして、

民藝退団者に声をかけるが、

口裏を合わせたようにみんながそっぽを向くようになった。

民藝時代、寝泊りまでともにした親友(だと思っていた)から

後で聞いたことだが、

「伊藤に力を貸すのはよそう」という話になっていたそうだ。


その連中は、

数ヵ月後、新しい劇団をつくった。

ぼくには誘いは一切なかった。

(続く)

※三浦綾子さんとな無関係のようだが、

しばらくは、そこにたどり着くまでの経緯を書かざるをえない。

劇団民藝に起きたアンケート事件。


劇団員の劇団に対する姿勢や関するかかわりを

アンケートによって知ろうという上層部の考えで、

全劇団員対象に実施された。


これを「踏み絵」にして判断されてはたまらないという反対意見が沸き上がり、

旅先などでも喧々囂々の論争が巻き起こった。


退団者が相次いだ。


新聞等にも報道されたいわゆる民藝「アンケート事件」である。

中堅団員も退団者に名を連ねた。


ぼくも批判側にいたが、退団をためらっていた。

それが退団を決定的にしたのは、

劇団例会(総会に近い集まり)で、

幹部が、

「伊藤君も言いたいことがあるだろう?」

と、会のが終る寸前に振られた質問に対して

ぼくがしゃべった内容だった。


後日考えれば、止した方がいいことだったと思う・・・

が、調子にのりやすい性格である。


劇団の運営委員会の批判をしゃべり始めてしまった。

「その変てこな運営委員会の意見をよりどころにして

我々を判断されてはたまったものではない。

幹部の任命で決めている運営委員会を即刻解散して、

我々劇団員に選ばせて欲しい」

とか何とか・・・・

小一時間しゃべりまくった。


ここまで体制批判したところで、

改革も改良も望めるわけがないのは明白だった。

ぼくの発言など犬の遠吠えでしかない。

このまま劇団に残り、

反対意見を保留したまま一緒に演劇など創って行けるわけがない。


ぼくは、そう判断して退団届けを提出した。

(続く)

クリスチャン新聞のインタビューを受けた記事を見た。

「三浦綾子没後10年」の特集ページだ。

劇団生活-三浦綾子

ぼくが三浦綾子さんの作品と最初に出会ったのは「氷点」だった。

テレビ朝日(当時は「日本教育テレビ」だった?)のドラマ「氷点」に

同じ劇団(民藝)の芦田伸介さんが啓造という役で出ていたが、

たまたまその台本をロビーで見たことがきっかけだった。

「話題のドラマですね」

と言うぼくに、

「何せ、1千万円の懸賞小説だからね」

「芦田さんも渋い役者で話題ですね」

「フッフッフフフ・・・」

こんなやりとりを、何故か鮮明に覚えている。

が、懸賞にも三浦綾子にもそれ以上に興味は持たなかった。


しかし、本を買って読み進んでいく内に何ともいえない気持ちに襲われ、

途中まで読んで、先へはいけなくなってしまったのだった。


これは恐ろしい話だと思ったことと、

こんな残酷なことを書く作家を許せない気持にもなったのだった。


「ひどすぎる」

と思った。

「人の命と生を弄んでいる」

とすら思った。

そして何時の間にか、

三浦綾子という作家とも縁遠くなってしまったのだった。


民藝という劇団に入ったのも思想的に合っていると思ったからで、

演劇というものを政治的一手段という思いが何処かにあった頃でもあった。

そんな思いの中で読んだ「氷点」だったということにも、

「なじまない」と思う理由があったように思う。


その後、何時の間にか三浦綾子という作家との接点も薄れてしまった。