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演劇人生

今日を生きる!

・・・を感じることがある。

「これから仕事があるので失礼します」

といって、

稽古場を退席する人がいる。

そこで疑問を感じるのである。


俳優や女優にとっての仕事とは、

稽古をし、舞台に立つことではないのか。


仕事ってなんだろう。

仕事の「仕」とは人が直立して立つことだと習ったことがある。

ニンベンは人を表わし、

同士、武士の士は男根の立っている様子を表わしているらしい。

つまり、仕えるべき人や事に、直立して役立つ(仕える)という意味で、

事にも同じような意味があると憶えている。


「でも、アルバイトも仕事でしょう?」

といわれるかもしれない。


皆さんのご意見はどんなだろう・・・!?

「雛」の打ち上げでした。


一杯飲んで「よかった、よかった」が打ち上げなので、

1時間ほど反省会を先行させた。

・・・が、五十歩百歩でした。


参加者の

「知り合いからの評価も上々でした」

の話に、

やはり、年寄りの冷や水かなァ・・・


「みんな演劇を知らなさ過ぎるよ」

などと水を差したくなって、つい言ってしまった。


演劇に対する謙虚さが足りない・・・

これは実感だから仕方がない。


作品や役を分析する前に、

手前ェを分析しろ!!

そんな役の出来る玉(タマ)かよむっむかっ

もっと勉強しろッドンッ

開国150年 横浜開港150年記念大博覧会。参加
「雛」公演を終えました。
第一部 「潜みし世の面影」島岡光一氏による「雛」序詞として
第二部 「雛」公演


劇団生活


梅雨空の中、降雨に遇ったのは幕が降りた後・・・
稲光が走り、土砂降りの雨になりました。
昨日までの労苦をきれいに洗い流してくれた雨ではなかったか。

稽古も紆余曲折でした。
蛇行や後戻りや・・・打ち明けると、
泣きたくなったこともありました。
役者が動かなかろうと、セリフに難があろうと、
舞台にかかるイメージには自信がありました。
これはぼくのいつもの気持です。

それは、作家の芥川龍之介さんを

常に背に感じていられたからであり、
演じる我々が人間なら、観てくれるお客さんも人間だから・・・


全部説明する必要もないし全てが完全でない方がいい・・・
その人なりに補ってくれるものさえ創ればいい。
この考えは常にぼくが自分に言い聞かせているものです。

だから薩摩琵琶とシンセサイザーキーボード、

(皆さんには思いもよらないだろう)
アコーデオン・・・そしてヴォーカルを入れました。

その全体が相まって「雛」が舞台に乗りました。

さらに大きかったのは、
序詞役を経済学博士 島岡光一氏にふったことです。
学問としての経済学を人の生き方を通して語れる人だとぼくは思っています。
特に、雛人形に心を寄せるお鶴という少女のいたいけな目線に

接近できる学者だと思うからです。
本番数日前、「潜みし世の面影」なる台本を拝見し、
狙いに間違いが無かった・・・と喜びました。

この序詞と和楽器と洋楽器、ヴォーカルとの融合で、
舞台は(一応の)成功をみました。

創る側のわたしたちと客席の皆さんと、
共通の感動をつくれたのではないかと思っています。

不足部分を様々な形で補っていただくことも出来たろうと思います。
昨日、「もう止めたい」という気持が持ち上がりましたが、
今日はまた、「次の・・・」プランを考えています。

みなさん、ありがとうございました!
心からの感謝の気持で!


演出 伊藤豪


薩摩琵琶奏者・・・塩高和之

            日本を代表する琵琶奏者

シンセサイザー・・岡田清光

            熊谷在住日本のモーツアルト

アコーデオン

& ヴォーカル・・はやさか華織

            岡田とともにポワゾンを構成

            ファンタジックボイスの歌姫

序詞・・・・・・・・・・・島岡光一

            埼玉大学名誉教授

            経済学博士

※転載


稽古って何だ?

民藝在籍中だからずいぶん前の話になる。


カミュの「正義の人々」という作品の稽古初日、

一度読み合わせの後、

「君はこの芝居やる気があるの?」

と演出(宇野重吉先生)に聞かれた。

「は?」

「やるきがあるかって聞いているんだよ」

途端に稽古場にいるみんなの視線が突き刺さる。

「はい。勿論あります」

「じゃ、もう一回読んでみろ」

演出助手は即座に反応する。

「では××ページの最初から行きます。よ~いッ・・・・」(パチンッと手が鳴る)

ぼくも必死で読んだ。

再度パチンッ!と手が鳴った。

「それでか?」

「はい」

途端に大声がとんだ。

「何処にやる気があるッ!」

ぼくもカ~ッっときて、

「今日は稽古の初日です。初日まで一ヶ月あります」

横に座っていた誰だったか忘れたが、

ぼくのわき腹を突っついて、

小さな声で、「やめろ」と言う。


宇野先生は黙ったまま立ち上がった。

「だったら明日の稽古は今日よりよくなるんだな」

「はい」

「今日は稽古終わり」

稽古場を出て行ってしまった。

「・・・・・」

「お前なァ、ああいう時は、

“はい”と言うか黙っているかのどっちかでいいんだよ」

誰かが受け方の奥の手を教えてくれた。

他のみんなは冷たい顔をして無言だった。

翌日、

「昨日と何処が変わった?」

と言われて、

「君のセリフは全部カット。セリフを全部笑いで表現しろ」

とんでもないことになった。

テロリストの実行犯が投獄された牢番の役である。

「どうだ住み心地は?」

「おい何か言え」

等々を全部笑いにするなんて、

「おれだって無理だよ」

ここに来て先輩達にも同情された。

バスに乗っても電車の中でも、

家に帰って食事をしている最中も、

「ただ今」

「腹減った」

「風呂はいる」

「行って来ます」

「美味い」

「寝る」

も、すべてを笑いでやった。

さすがに外食先での注文までは出来なかったが、

口にしたい言葉の全てを笑いに変えようと努力した。

「何だ、その笑いは」

ただ笑っているだけじゃないかと何度も言われたし、

「違う」の連続だった。

・・・が、初日を迎えて数日後、

「牢番を演じた伊藤は笑いだけでセリフを表現していたが、

面白い味を出していた」

と新聞評が載っていた。

それを見て、

宇野さんが初日から何故あそこまでぼくのセリにこだわったのか、

合点がいった思いがした(・・・多分に牽強付会かもしれないが)。

最初から、牢番のセリフを笑いにしたかったのではないか。

(セリフ自体が気に入らなかったのかもしれない)

だとすれば、何を言われても、

ぼくは「はい」のひと言でよかったのかもしれない・・・と思った。

稽古場にいた他の連中は、

ただ演出に逆らうような言動にストップをかけたのだろうが、

演出は先の先を考えてダメ出しをしていたのではあるまいか・・・

それに対して、ぼくが予期せぬ言葉を返したので、

予定がまるで変わり、感情的になったのではなかったろうか・・・

こんなことを考えたのだった。

先日「雛」の稽古を始めて、

このようなことを今更ながら思い出したのは、

演出として、作品全体のイメージや役のイメージを、

出演者達に何処まで共有を求められるか・・・・

稽古初日から難しい選択にぶつかっているからである。

昨日友人から電話があった。
小学校時代の同級生からだった。
ニコニコ
ふるさとの温泉で行なわれた同窓会に
行けなかったので、
蒐集した情報を知らせようという親切心かららしい。
「○○さん、事故で死んだって」
○○さんとは、アメリカ人と結婚して
ボルチモア近辺に住んでいたらしい。
むっ
小学時代、年に一度の記念写真の撮影の時だ。
ぼくの真後ろに並んだ彼女が、
「動かないで」と言って、
よじれた襟を直してくれたことがあった。
直してもらいながら、
心臓が破裂しそうだったのを覚えている。
小学二年生の恋だったのかもしれない。
クラス一の美人で、裕福な家のお嬢さんだった。
貧乏人のぼくには眩しい存在だった。
ガーン
あの時、首筋に触れてきた彼女の指の感触は、
六十年以上の年月を経た今でも残っていたのだ。
会いたいとも思った。
そしてあの時のお礼をいいたいとも思った。
勿論彼女は覚えているはずはないだろう・・・
むっ
・・・だが、その彼女は亡くなった。
「そうか・・・可哀想にな」
何気なく、そんな言葉が出た。
会いたい人という思い出だけを残して、
この世から旅立ったのだ。
そして不思議なことに、その電話と共に、
あの首筋に感じたはずの指の感触が消えたのだ。
ホッソリした指先の感触・・・
それが蘇ってこない。
・・・感じられなくなっているではないか。
誰もが「限られた命」を
何処かのポケットに入れて日々を送っている。
ニコニコ
どれほど元気で颯爽としていても、
明日死なないとは言い切れない。
一週後に事故に遭わないとも限らない。
ところが今日も元気でいたこともあり、
無意識に永遠の命を持っていると錯覚してはいないか。
誰でも限られた命しか持っていない。
それは自分だけではない。
奥さんがいれば、人生を分かち合っている彼女も、
子どもは、自分が産んだ限られた命なのだ。
いつまでのものか分からないが、
限られていることは確実な命なのだ。
にひひ
・・・それを思えば、
今をどう生きるか・・・
これほど大切な課題は、
誰にとってもないはず。
!?
アメリカで幸せだったのだろうと思うことにした。
ぼくも色々幸せを感じながら今を生きている。
彼女からもらった指先の感触を六十年もの間、
大切にして生きてきたぼくに再会す事もなく
去ってしまった彼女に「可哀想なことをした」
と思えるのも、
彼女より数日長生きしているからに違いない。