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演劇人生

今日を生きる!

散骨というのがあるらしい。

骨を粉々にして望みの場所でまいてくれると聞く。

親の代から墓はあるが・・・


お墓の前で泣かないで下さいという歌がある。

例え死後の魂があるにしても、

寒々しく、

或いは夏は炎天下に置かれた墓に

潜り込んでいたいとは思わない。


許されるなら、

ぼくから墓はいらないような気になってきた。


・・・というのは、


今夕、東京駅構内のベンチに座っていたら、

隣に座った老夫婦が話していた。

「それ何回目の法要だといって

 みんな集まるのも無意味とは言わないまでも、

 九州だ北海道だじゃかわいそうだよ。

 わたしたちの死んだ後は、

 もうやめてもらおうかね」

ご婦人からの提案だった。

ご主人は、

「おれもそう思うな。

 おれは骨を海にまいて欲しいなぁ」

ご婦人は知り尽くしているのか、

「富士山の見える湘南の海でしょう?」

「そうだよ。一緒にどうだ?」

「あっはっは・・・わたしはあなたの10倍生きますからね。一緒は嫌ですよ」

「お前は欲張りだ」

・・・とまあ、こんな会話でした。


なるほどなァ・・・と思いながら聞いていた。


お~ッ、赤坂アークヒルズのビルの間に

大きな三日月が見えてきた。


おやすみなさいビックリマーク

岡山から仙台へ帰るのに、

東京駅での乗り換えの時間があるからデートしよう・・・

誘われ(?)た。


自転車を近くに留め置いて

構内に入り、凡そ1時間・・・

Ntamaちゃんという女性とデートした。


「はいお土産」

黒糖入り黒ゴマきなこ げんこつ飴

行列の出来るブタまん

カップで簡単コーヒーゼリー

ドリップコーヒー&

まつおかさわこさんの絵葉書・・・

嬉しいじゃないですか。


一時間でも・・・と声をかけて

構内の喫茶店で、

会ってくれる女性です。


年齢はぼくの娘くらいだろうか・・・

でも兄ちゃんと呼んでくれる・・・

そして、劇団の芝居は、

仙台にいても札幌にいても観に来てくれる。

こんな素敵な妹がいるんです。


同年齢の那智さんは亡くなったが、

ぼくはこうして生きている。


いいのかなァ・・・

野沢那智さん、さようなら。


劇団生活

彼の稽古場を借りたこともあった。

声だけ出演してもらったこともあった。

稽古場に扇風機しかないと聞いて、

大型の空調機を入れて、

「こりゃ、維持費が大変だ」と、

嘆かれたこともあった。


そういえば、

あれから30年も会っていなかったんだ。

ぼくは那智さんを声優とは言わなかった。

演劇人だと言って、ずっと来ている。

知り合ったのも演劇を通してだった。


安らかに、おやすみなさい。


昨日の稽古場で

フィッと思ったこと・・・


鏡を見る。

「あゝ、目が疲れてる」

「肌が荒れてる」

「あれッ、こんなところにシミが」

気になるところが見えてくる。


いつだったか、

「心の映る鏡ってないものかなァ」

と思ったことがある。

阿呆な表情をしているのかもしれない。

「お前は何をしたいのだ」

いま映る顔にではなく、

映った心に聞いて見たいと思った。

心がどんな表情をしているか・・・

自分のしたことのたいていのことを許し続けている

我が心は、だらしのない下卑た表情を

しているのではないだろうか・・・


役者が役と向き合うとき、

先ず、己が心を映した鏡と向き合ってみたら

どうだろうということだった。


先ずもって、いくら共通するものを持っていても、

役の人物が持っているものは

自分のものではないからだ。

それと同じように、

自分を一番良く知っているのは自分だといえないところに問題がありはしないだろうか。

自分というものを一番知らないのが自分なのだ。


だから自分を知ろうとする・・・

ここに役者が演技をすることの第一歩がありはしないか。

劇団生活
 人形にも操る人の心が映る・・・

特に、台本の中にある世界を見つけるには、

活字を読んでいてもダメなのである。

AさんやBさんが生活している

場所、人々、家や木々、踏みしめる足元・・・

あるいは部屋の本棚にはどんな蔵書が・・・

冷蔵庫や靴箱の中も覗き込まなければならないのだ。

「風呂を浴びてこようか」

のひと言にも、

タイル張りなのかシステムバスなのか・・・

追い炊きなのか、

石鹸なのかボディシャンプーなのか・・・

窓から何が見えるか・・・


「そんな・・・本にないのだから必要ないよ」

というものではない。

役の人間が生活している場なら、

当然知り尽くしていているはずだからだ。


つまり、何が言いたいかといえば、

この役づくりの前に、その役を演じる役者が、

自分の生活の場や、それとのかかわりを、

丁寧に、大切にして欲しいということでしかない。

自分自身を徹底的に知ることもその一つだ。


役者には眠りはない・・・

生きることの中に学びがあるのだから。

昨夜は稽古だった。

その前にあるグループの集まりがあり・・・

「予定」だったが、延期を知らずに雨中出かけた。

例によってオープンカーの愛車ハマーで・・・

その頃が雨量の一番多い時間帯だったかったかもしれない。

青山一丁目から神宮前に向かっていて、

走るトラックに、思い切りたまり水を

浴びせられたが、おとなしくペダルを踏んだ。


神宮外苑を抜けて代々木へ。

そこから新宿駅西口を越えて青梅街道へ・・・

信号にかかり、メールをチェック・・・手紙はてなマーク

「きょうは台風で延期になったでしょう?」

仙台の友人から・・・

「えッ、延期・・・?」

出席を申請した人には連絡が入ったのだろうか。


ぼくには、こういうことがよくある。

予定がギリギリまで決まらず1時間前に

可否が決まる・・・こんな時に、

「何故先に言ってくれなかった」

と言われても・・・と思う。

相手にとっての自分は大勢の中の一人だ。

そのぼくが、「行ける予定」だの、

「もう少し待って」だの何度も何度連絡しては

申し訳ないと思うのだ。


・・・というわけで、

12時に家を出て、今は新宿・・・

延期を気付いたのが12時30分。

劇団の稽古は17時30分から・・・

5時間空いてしまった。


ところがその集まりに、

ぼくの誘った一人の劇団員がいた。

やはりぼくのやり方に間違いがあったのだろう。

彼女が行くとも行かないとも確かめていなかった。

「いま四谷から地下鉄に乗りました」

との電話が入った。

「うわ~ッ、悪いことをしたァ」

もう遅い。

「一緒にお茶でも飲もう」


それから4時間以上スターバックスで過ごす。

不思議に話は尽きることがなかった。


「今日の稽古大丈夫かなァ」

心配になったが「稽古場であおう」と分かれる。

一人二人と集まり6人になった。

同じところを何回となく繰り返し稽古した。

9時に稽古を終わり外に出ると・・・

台風は何処へやら、

「お~ッ、雨、降ってない」

「あれ、台風何処かへ行ったみたい」

「じゃ、中華でも行こうか」

こういう話にはみんな二つ返事でのってくる。

八宝菜、フカヒレ餃子、あんかけ○○、

トマト卵蒸しだのニラレバ炒め・・・・

ビールだ、ハイボールだ何だのと・・・

ぼくだけはオープンカーなので水・・・


長い一日だが、満点の充実感を味わった。

文章はダラダラ長くなったが・・・にひひ音譜