【歌詞】



 高砂や 木の下蔭の尉(じょう)と姥(うば) 松諸共に我見ても 久しくなりぬ住吉の 此の浦船に打ち乗りて 月諸共に出で潮や 是は目出度き世のためし



 老木の姿引きかえて 妹背わりなき女夫松 葉色は同じ深緑 見れども思いの尽きせぬは 真なりけり恋衣 実に恋は曲者





 たとえ万里は隔つとも 慕う心はそりゃ云わんすな 朝な夕なに空吹く風も 落葉衣の袖引きまとう 思う殿御はつれなの身にし 塒(ねぐら)に残る仇あだ枕











扨(さて)も見事になぁ 振って振り込む花槍は 雪かあらぬか ちらちらちらと白鳥毛 振れさ ふれさ 袖はひらひら 台傘立傘 恋風に靡かんせ ずんと伸ばして しゃんと受けたる柳腰 しなやりふりやり流し目は 可愛らしさの色の宿入り



 松の名所は様々に あれ三保の松羽衣の 松にかけたる尾上の鐘よ 逢いに相生夫婦松 中に緑の愛しらしさの姫小松 二かい三蓋 五葉の松 幾代重ねん千代見草 しおらしや



 西の海 青木が原の波間より 現れ出でし神松に 降り積む雪の朝かんがた 玉藻刈るなる岸蔭の 松根に倚って腰を摩れば 千年の緑手に満てり 指す腕には悪魔を払い おさむる手には寿福を抱き 入り来る 入り来る 花の顔見せ貴賎の袂 袖を連ねてさつさつの 声ぞ楽しむいさぎよや



 

 当日午前中の舞台稽古の様子です。

朝一発目から、花槍を振り回したり、踊りっぱなしの「高砂丹前」は流石にきつかった・・・・。それでもまだ「高砂丹前」は素踊りなのと、前後の段取りも有り浴衣でリハーサルをしましたが、「藤と若衆」は化粧をしていない状態で鬘と衣裳というちょっと怖い格好です。でも本衣裳の場合、鬘や衣裳の重さや、衣裳の袖や裾さばきの加減を知る為に、本番前に一度身に着ける事は絶対欠かせません。

  それにしても宝塚時代からそうだけど、本番前って前夜遅くまで準備があったり、当日早くから舞台稽古だったりで、いつも一番疲れている状態で初日を迎える事になるのはどうしたものでしょう。多分どの舞台人も似たり寄ったりの状況だと思うけど、こうなってくると本番を乗り切るのは普段からの節制や基礎体力、そして最終的には気力のみのような気がします。最低限風邪をひかないとか、怪我をしないとか以外、正直な話しベストコンディションで舞台に臨むなんて有り得ないかも知れません。特に踊るだけでなく、総ての段取の指示や確認も含めてやっていかなくてはいけない私達の活動は、いつも気が抜けないし時間も無い状況です。

 今年シンガポールに行ったとき、始めて気力で体力をカバー仕切れなかったという経験をした私は、今回は自分なりに体力的にも精神的にもペース配分を考えながら、兎に角一切れでもお腹に入れておこうと、とサンドイッチを頬張りながら頑張りました。 



 「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」・・・これは聖徳太子が遣隋使に持たせた、その当時の大国「隋」の天子に宛てた書状の書き出しです。ある番組で久々にこの言葉を聞き、心が震えるのを止められませんでした。今の日本人はこの気概をどこ置き忘れてきたのでしょうか。



 大国に擦り寄ろうとする国の多くは、名声と利益を求め国交を望んだのですが、唯一日本は純粋に文化交流のみで、小国ながらも決して下手に出ることなく、大国との対等の立場を取ろうとしたのです。丸腰で敵陣に乗り込んだのも同じでしょう。しかし結果的には、自国の文化を尊重しつつ、他国の優れた文化に敬意を払い謙虚に学び、そして唯一無二の文化文明国として、文化交流のみで大国と同等に渡り合う事が出来たのです。



 「良い所取り」の日本人の柔軟な、本来素晴らしいはずの感性が、今意味の無い何でも有りの状態、世界の文化の塵溜めのような状態に成ってしまっているのは、大国の天子でさえも納得させた、素晴らしい自国の文化を省みず、只只、「良い所取り」「新しいもの好き」の日本人の余りに柔軟な感性のみが節操のないまま、自由自在に増殖して行っているからに他なりません。



 大国をも揺るがした、日本文化の底力を今こそ見直すべきでは無いでしょうか。