「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す。恙なきや」・・・これは聖徳太子が遣隋使に持たせた、その当時の大国「隋」の天子に宛てた書状の書き出しです。ある番組で久々にこの言葉を聞き、心が震えるのを止められませんでした。今の日本人はこの気概をどこ置き忘れてきたのでしょうか。



 大国に擦り寄ろうとする国の多くは、名声と利益を求め国交を望んだのですが、唯一日本は純粋に文化交流のみで、小国ながらも決して下手に出ることなく、大国との対等の立場を取ろうとしたのです。丸腰で敵陣に乗り込んだのも同じでしょう。しかし結果的には、自国の文化を尊重しつつ、他国の優れた文化に敬意を払い謙虚に学び、そして唯一無二の文化文明国として、文化交流のみで大国と同等に渡り合う事が出来たのです。



 「良い所取り」の日本人の柔軟な、本来素晴らしいはずの感性が、今意味の無い何でも有りの状態、世界の文化の塵溜めのような状態に成ってしまっているのは、大国の天子でさえも納得させた、素晴らしい自国の文化を省みず、只只、「良い所取り」「新しいもの好き」の日本人の余りに柔軟な感性のみが節操のないまま、自由自在に増殖して行っているからに他なりません。



 大国をも揺るがした、日本文化の底力を今こそ見直すべきでは無いでしょうか。