どうして出版に7年もかかったのか? | Talking with Angels 天使像と石棺仏と古典文献: 写真家、作家 岩谷薫

どうして出版に7年もかかったのか?

ニース 実状を知らない人は、前回の記事を読んで、どうしてもこの題名の点に引っかかると思います。今回はそれを御説明したいと思います。読んでいて決して気分の良い内容ではない上、長文なので、あくまで知りたい人、現在の腐った出版界、特に写真集出版界の実状を知りたい人限定です。
 (前回の記事で、8年と書きましたが、正確に言うと7年でした。汗。足掛け8年ですね。あの時はもう疲労困憊で、年数の数え方すら解らなくなっていました…)

 実は、以下の記事は2012年2月に元『Talking with Angels』の版元、パロル舎の倒産を受けて、私が『パロル舎の倒産は当然!3つの悪徳出版社』と題して、書いていた記事です。
 でも、こんな記事をUPしている私自身が、負け犬の遠吠えと解釈する悪意ある読者は、必ずいると思い、UP3日後くらいに削除した幻の記事です。(大人の対応でちょっと編集した部分ありますが)


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 2月26日に「語りたいことが山ほどある」と書きましたが、今日はそれについて書きましょう。これだけ書いても、伝わらなく誤解されることは知っていますが…。
 はじめに、お断りしておきますが、作品に罪はありません。 ただ今まで、出会ってきた悪い出版社には大きな罪はあります。

 どうして、以前から言っている3冊目の天使の写真集が出版できないの?と疑問に思ってる読者さんも多いと思います。 パロルに企画を断られたの?と想像する人も居たことでしょう。 いえいえ、実はそれは全く違っていて、私がバカパロルを蹴ったのです。

 以下、私のパロル舎や他の出版社への長い(永い)恨み事ですので、御興味ある人だけ読んでください。読んでいて気分のいいものではありません。ただし、支持してくれている読者さんの上記のような疑問への回答にはなると思います。また、末端の出版社の悪質さを知る上でも、参考になると思います…。

 今まで、言いたくても、出版社のイメージ、本のイメージを壊すこととなり、結果、自分の首をも絞めることにもなるので、永い間決して言えなかったことを今日は書きましょう。現在はパロル舎が倒産したのでやっと言えるのです。

 それを語るには、悪徳出版社である、新風舎、パロル舎、◯◯舎(伏せ字)、という「舎」という呪われた文字の3つの出版社との出会いを順を追って語らなければなりません。
 (そもそも「舎」とは、「休息の場所」という意味で、こうした文字を会社で選ぶこと自体、組織やプロとして、意識の低さを、象徴的に表現しているようにさえ思えてきます。)

 そんな過去の事を… と思われるかもしれませんが、「こうした過去の事が、全て繋がっていくのは人生の常です…」
 勿論、書き言葉は非常に誤解をまねきやすいメディアだと、私は知っています。
 これだけ文章を労しても尚、全てが伝わらず、誤解をまねくことも知っていますが、このことを隠していることの方が、私には誤解をまねく元凶となりますし、実際そうでしたので、順を追って書いてみました。 
 

●新風舎の場合
 これは、私が語るまでもなく、大きな社会問題になり倒産した会社です。Wikiにも書いてありますし、「新風舎」で検索すると、その悪どさを告発したサイトはいっぱいあります。

 私もこの新風舎の被害者です。『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』は、始め、ここで出版しようとしました。当時から、いい写真集を創っても出版することは、カナリ至難の技でしたので。(勿論、新風舎の前に、数々の出版社は営業しましたよ、どれだけ大変だったことか…)
 
 でも、この出版社のスタッフは、全員、ド素人でした。編集者なのに、編集記号すら読めず、印刷では色温度すら知りませんでした。まるで、高校生の文芸部のアホな姉ちゃんと仕事しているのと同じでした。
 しかも、この手のバカ編集者って、世にありがちな、経験も知識も無いくせに、プライドだけが妙に高いタチの悪い人種で(たいがい、女性)、基礎知識が無いのに、感情だけでぶつかってくるので、まるで異星人と喋っているくらい、言葉が通じず、本当に辛い思いをしました。特にすぐ感情的になる、ヒステリー女は最低。

 そして、最悪だったのが、デジタル印刷が出来なかったのです…。

 バカ女編集者には、印刷の知識がゼロなので、何度、私が「印刷会社側に問題があります」と言っても、聞く耳を持たず、ヒドい時は、バカ女、6~7人程、椅子で私をとり囲み、全員で指をさして「アンタのデータが悪い!」って八方から言われた事さえありました。笑。

 このやり方は、昔の日本赤軍の「総括」と呼ばれる集団リンチと同じです!笑。気の弱い普通の作者なら、白でも黒ですと言ってしまいそうな、ゲスなマインドコントロールの手法でした。新風舎はそういうことさえ影でしていたのです。

 しかも、もっと悪い事に、出版が決まってから、1年以上も経過しているのに、出版できなかったんですよ…。

 もうこれは、出版業務の怠慢以外の何ものでもなく、とうとう、私は弁護士を介して、出版契約を解除したのです。

 本当は、賠償金を請求しようと思っていたのですが、当時知り合った、ロンドンの原稿に感動したお調子者の講談社のとある編集者が、マネージャーをやってあげると言い出し、その自称マネージャーのアドバイスでは、「訴訟なんかせずに、前に進みましょう」と言うことだったので、訴訟は止めたのです…。
 被害総額は、数百万単位だったのですが、当時の私は、少々小金持ちだったこともあり、訴訟は止めたのですが、今、思うと、やっぱり訴えておけば良かったと本当に思います。
 新風舎との1年間の心労は筆舌しがたい苦痛でしたし… 。その自称マネージャーも、口ばっかりで、実務をせず、そのくせ金や契約だけを要求し、都合が悪くなるといつの間にか居なくなるという、クズ人間でした…。
 そもそも、編集者が感動していたのなら講談社で出版しろよという話でしたが…。社員一人の力や感動だけでは、会社は動きませんからね…。それは私もよく解ってます。


●パロル舎の場合
 それから、原稿を持って出版社を再びさまよい、やっとのことでパロル舎で出版できることになりました。入校データは、もう新風舎で完成していたんです。新風舎のデザイナーがド素人でしたので、結局、自分が全て、装丁、デザインをしました。
 この新風舎の経験から、基本、自分の写真集は自分で装丁、デザイン、をしなければならないと悟りました。 自分の世界観というのは、実は決して他人には伝わらないんですよ…。その当たり前のことがこの経験で痛いほどよく解りました。だから撮った者の責任として、装丁、デザインも私はするのです。「これは今もって重要な教訓です」

 でも、入校データも出来ているのに、パロルでは、制作費の半分を、要求されました。 まぁ、今までの辛さと当時の自分の無名さを思うと、「それもいた仕方なし」と思い、出資しました。

 これで、ロンドンの写真集は、1冊売れればその半額が私の印税という契約が成立したのです。半年毎の実売払いです。(この印税が、私のブログ書きの原動力ともなっていました。)

 ですので、パロルでは、ロンドンの写真集は印刷、製本だけだったのです。
 当然ですが、たった一月で、何の問題も無く完成しました。

 当たり前ですが、写真データも、何の問題もありませんでした。バカ新風舎のバカ女編集者達を心底怨んだものです…。最重要な印刷屋のセレクトもいいかげんだったのです。

 で、『Talking with Angelsーロンドンの天使達ー』という本、実は結構売れたんです。もう7年も前なので、ネット上に資料はほとんどありませんが、例えば、吉祥寺のブッスクルーエという本屋さんでは、「全書籍の中で、」私の『Talking with Angels』が38位だったこともあります。一般書に混じって、写真集がこんなランキングに入るって、すごいですよ。
 しかも、私の処女作で。

 私の下に、撮ったこともある美輪明宏さんがいますネ!笑。当時は美輪さんと江原さんの、スピリチュアル番組『オーラの泉』全盛の時です。(私の上にも、もう一人、美輪さんがいらっしゃいますが…笑)岡本太郎さんも下にいますネ!笑。

 それほど、力のある、作品だったのですが…ホント…。
 パロル舎では社長が「オマエの本、結構売れてるゾ!」と電話がかかってきたりしていました。

 でも、冷静に考えて下さい。作家の知財で食って行けている出版社が、作家に対して「オマエ」呼ばわりはないな…と。

 何万人と人物を撮ってきたカメラマンだから、特に解るんですよ…、付き合いが浅くても、「この人、ヤバい…」と感じる瞬間。と言うか出会った瞬間から。 この社長を一月、観察していて、「危険だな…」と実は私は気付いていました。(ただ、当時まだ実害はありませんでしたが)

 なので、2冊目の『Talking with Angelsーイタリアの天使達ー』は本当はパロルで出版したくはありませんでした。勿論、他の出版社にも営業しましたが、なかなか出版できず、勢いのある内ってのもありますし、もう3冊目の天使の写真も撮りはじめていたので、まずは天使のカメラマンというイメージ付けの意味でも、パロルにもう一度頼むかと「火に飛び込む覚悟」で原稿を持っていきました。(シリーズものなので、余計に営業先の出版社は嫌ったのでしょう)

 そしたら、当日に企画出版決定です。もう私が出資しなくていいのです。何故ならロンドンが売れていたから。

 「火に飛び込む覚悟」と書いたように、その日から苦労の連続でした。もの創りにおいて、編集者(社長)と意見がぶつかるのは、当然としても、なんとイタリアの写真集は、写真集で最も大切な「色校正が無かった」んです!経費を浮かせるためです。(ロンドンは私が出資したので、色校はあったのですが)

 色校正、解らない人の為に、御説明しますが、色校正とは、写真集の最終段階、最も大切な工程で、印刷の色のチェックをする工程です。この工程が無いと、どんな色の写真集になるのか全く解りません。つまり試し刷りです。

 写真集で、この試し刷りの行程が無いなんて、事実上、考えられず、恐ろしいことです…!

 これには、さすがに印刷会社のオペレーターさんも驚いたようで!幸い、オペレーターさんの、多大な影の御尽力のおかげで、イタリアの写真集はなんとかなりました…。(影で簡易色校を送ってくれたのです…)

 後に、オペレーターさんが、言ってくれましたが、「岩谷さんの写真を見て、この作品は絶対、中途半端なことは出来ない!」と心に誓ってガンバッテくれたそうです…涙

 こんなにも、親身になって心動かして働いてくれるくらいの作品だったんですけどね…。
 結果オーライですが、本ができるまでの、私の不安と心労は、言葉なんかで表現できません…!バカ社長のムチャぶりがくやしくて、部屋の中で一人、男泣きに声を上げて泣いたことさえありました…これまでの苦労が水の泡になると…。 本ができるまで、あんな恐怖を味わったことがありません…。

 ロンドンの印税は1年後にスグ、払われなくなりました。
 何度社長に電話しても「明日払う」「今週払う」「来週払う」「今月払う」「来月払う」と何百回もウソばっかりついて、はぐらかします。常習です。…最悪でした。 アイツは嘘をつくのが、身に染み付いています。勿論、イタリアの印税の支払もその調子ですよ。
 「ごめんなさい」と謝ってくるのならまだしもなのですが、ウソの連続にはものすごく消耗しました。

 何度も、電話で喧嘩をしているんですが、ある時、「オマエみたいなシツコイヤツは初めてだよ!」と怒鳴った瞬間がありました。その瞬間に解りました!「ああ…このバカ社長、オレ以外にも、他の作者にも同じ事してるな…」って。

 やはり、その通りで、
 後年とある作家のパーティーで、偶然、パロル舎で出版している、絵描きさんと知り合いになり、「印税、払ってもらってます???」と尋ねてみたところ、やはり、全額は払ってもらっていないとの答え…。

 その絵描きさんは、その後言葉をそえて… 「でも、いいんです。出版してもらったから…」 って…、  それでイインカイ!って感じでした。苦笑。

 絵描きさんや、アーティストって、基本的に、ものしか創れない不器用な人で、争い事も嫌いで、バカパロルは、こんな人の良い、アーティスト達を喰いものにしていたんだなーという事がしみじみ解りました…。悪業………。

(事実、それを裏付けるように、パロル舎って当時から、メールで連絡が取れないんですよ…電話とFAXだけ。笑。何故なら、会社のメールアドレスには、毎日ものすごい数の迷惑メールが来ていたそうです。この事からも、相当、昔から多方面で怨みを買っていたものと思われます。)

 印税の不払いは、ひどい時は半年以上になったこともありました。

 さすがに、その心労や電話攻撃に疲れはて、過去、2~3度も弁護士に相談し、訴えて、いよいよ絶版にしてやろうとさえ思い詰めていました。

 しかし、バカ社長の悪運だけは強くて、訴状発送、2日前に突然、印税を払ったりしたものだから、訴えを取り下げた事件も過去にはありました…。弁護士の高い相談料だけでも随分なムダでした…。

 そんなこんなで7年間で、おそらく2年半以上はトータルで、あのバカ社長は支払を遅らせてきました… 実際、2年半も払わないようなことしたら、犯罪ですよ…!
 毎年、半年毎の心労といったら、それはもう、ありませんでした。電話代だけでもバカになりません…。訴訟のために電話を逐一、録音したことさえありました…
 そのイライラが原因で、近しい関係のない人達とも喧嘩になることさえありました。元々バカ社長が原因なので、ものずごい害悪、弊害でした。

 支払報告書も、社長の汚い、手書きのもので、「アンタが勝っ手に、払いたい分の册数書いているだけでしょ…」という内容のものでした。
 しかもさらにヒドいことに、支払の度に、前回私に発行した支払報告書をFAXしてくれと言うんですよ! 自分の会社で何冊売れたか把握していない上、バカ社長が払いたい金額だけ払ってる証拠です…。  そんな出版社無いよね…。
 出版って、おかしなもので、売れた册数を作者が調べられるようなシステムは全く無いんですよ… 出版社の言われるがままなんです…。
 「これは非常に悪い仕組みだと思います。」犯罪と常に、紙一重です。

 私は写真集という人質を取られているのも同然でした。告発したかったのですが、告発=絶版になるので、何度かは決心しましたが、結局、私自身の首をも絞めることになりますからね…非常に辛かったです…。

 案の定、今回バカパロルが倒産して、ロンドンの写真集、在庫分が届いたのですが、600冊分も数が合わないんですよ!!! 消えています。(つまり黙って売ったってこと) 連絡してもずっと留守番電話になっているし、最悪、というか犯罪! 勿論、印税も不払い。

 パロル舎は、本来、なかなか良い知財、コンテンツを持っていたのですが…。でも、作家を大事にしない姿勢、社長の病的なウソつき、悪人ぶりが、潰れた原因です。間違いありません。

 ロンドンの写真集の時は、結構、有能なスタッフも居たんですよ。それが年を追うごとに、1人去り、2人去り…イイ人から会社を離れていく姿を、私は悲しく見ていました。有能なスタッフから退社の相談を受けたこともありました。 バカ社長が、去ったスタッフの悪口を言う度、「アンタが原因だよ…」と心の中で思ったものです…。最後には、社長とその息子2人だけに…。

 普通、版元が潰れると、作者は残念に思いますが、2月11日の記事に書いたように、残念どころか「微妙」でした。むしろ「ザマー見ろ!」と思っている自分がいました。こんなバカと縁が切れたのもある意味幸せかもしれません…。

 さすがに、印税払わない、嘘をつく、色校正すらない出版社には、3冊目の天使の写真集は「どーしても」お願いできませんでした…。

 倒産を伝えた、社長の口から、3冊目の天使の写真集、出版したかった…と、ポロっと本音が出ましたが、自業自得です…仕方がありません…。まともな出版社だと良かったのですが…。
 ちなみにイタリアの天使はロンドンよりも売れました。

●◯◯舎(伏せ字)の場合
 この出版社のヒドサは、過去にも書きましたが、とりあえず伏せ字で。

 たまたま、3冊目の天使の写真集の企画にのってくれました。
 しかし、編集長と称する社長のバカ娘が諸悪の根源でした。

 これは、先に書いた新風舎と全く同じパターンです。印刷が出来ませんでした。
 しかも、バカ娘に、「昔、新風舎でひどい目に会いましてね、印刷だけは気を付けてくださいね」とさんざん念を押しておいたにもかかわらず、むしろ、「新風舎と同じように言わないでください」とまで自信を持って言われたので、私も「ごもっとも」と謝罪までして、安心していたのですが、 『やった事は、新風舎と同じでした』

 このバカ娘も、印刷の知識がないくせに、新風舎と同じで、プライドだけが高いので、印刷ができないと見るや、「アンタの写真データが悪い!」と根拠も無くヒステリーでブチ切れてきました…。悪夢のようでした…。

 いや、百歩譲って、印刷の知識が無いとしても、普通に考えれば解りますよね。20年以上もプロで活躍しているカメラマンに対し、しかもロンドンやイタリアも写真データで印刷出来ている実例が手元にあるのに、何でそんなアホな事を言い出したのか未だに謎です。アホの思考回路は想像の域を超えています。

 さらに目を覆いたくなる事実は、この請け負い印刷会社、2年前までは単色印刷(つまり黒インクだけ)しかしたことがない印刷会社でした。つまりカラー印刷の能力、全然無かったのです。しかも印刷会社の営業が「ウチ、カラー印刷苦手なんです…」と私に告白したくらいですよ。もうムチャクチャです!
 そんな印刷会社を写真集で平気で選ぶトンデモナイ出版社でした!しかも社長のバカ娘は、その印刷所と付き合いが長いから大丈夫ですと私に念を押しましたが、仕事を発注したのは、5年前に単色チラシを一回発注しただけでした。 ウソばっかりです!!
 印刷所の営業の人間も平気でウソをつくかなりクワセモノの生き物だったので、二重苦になってしまい…版を押したように、バカとウソにまみれた世界でした。バカな女ほど事件の多面性が見えず、すぐ一方的に決めつけますしね…。

 それにも耐えて、私は、知り合いの大手印刷会社で、ちゃんと印刷できたものを証拠としてそろえたのですが、ブチ切れたバカ娘からは謝罪すらありませんでした…。

 揚句には、「ウチのやり方に不満があるなら、止めてください。」と、自分の非を棚に上げて、まったく幼稚な言い分です! 我がままに育った社長のバカ娘らしい発想でした…。バカな女ほど謝りませんよね。ほんとに害悪。

 さらに、「出資者に向かって、口答えするな!」とまで…。このバカ娘、出版の何たるかも知っていません。 全く自分がパトロン気取りです。
 出版契約というには、あくまでお互いが、対等です。これもパロルと同じですが、作家の知財で、アンタ達は食えて行けているという事実に全く気付いていません。ロクデモナイクズでした…。このタイプの人間、よく見てきましたが、バカな編集者ほど自分を作家か何かと勘違いしています。現在も。


 この一件は、あまりにも幼稚で理不尽でしたので、これこそ訴えようと動いていましたが、今度は、家族の強力な制止に会い、訴えを断念しました…。
 これも今もって、心残りな点です…。バカを赦すことがどれだけ辛いことか…。 本当に罪深い。
 作家にとって作品は子供ですから…。目の前で子供が殺されたのと同じです。
 私が後に『新釈 中国古典怪談』で、どんな思いで「赦すということ」を書いたことか…
 この7年間、あのバカ女の名前は一日たりとも忘れた事はなかった…むしろ忘れられなかった。(いつか忘れられるだろうか…真の意味で赦せるだろうか…)
 
 以上、私が長い間、黙っていた事実です(喋った内容もありますが…)勿論、こんな文だけで、その心労や辛さ、非常識さは、書ききれませんが…。

 出版界の鬼や夜叉と、過去書いていたのは、コイツら3人組です。
 チベット密教(ダライ・ラマさんが有名ですね)には、面白い思想があって、そもそも悪人はこの世に居ても、悪の業をさらにまき散らすだけなので、早くあの世へ行けるよう
 「功徳として祈って、殺してあげる」という思想があります。
 これを「ドル」と呼びます。この3人組は正に「ドル」に値する生き物でした…人ではありません。特に三番目は。
 
 でも、普通の人は「こんな過去の事よりも、新しい出版社みつければいいじゃない!?」 と簡単に思うでしょ………

 それが、出来ないんですね…この世の中では…。

 勿論、あれから、私は沢山、出版社、営業しましたよ。おそらく70~80社以上は…でも、よく言われるのが、「パロルの続きものみたいだからイヤだ」になるんですよ…。あと、「◯◯舎の曰く付きだから…」(と、こんなところでも悪女の罪が生きます!)  誰もこの疲弊した出版界で、冒険できないんですよ…。写真集は経費が大きく売り上げが読めませんから…。
 その意味で『笑とる仏』が出版できたのは本当に奇跡的ですけどね…。(やっとクレージーではない、普通の出版社に出会えました…)

 決して、作品に力が無い訳ではありません。実際、営業中に多くの編集者の心も動かして来た作品です。本当に残念に思っている編集者も沢山いますが、先に書いたように、社員一人では会社は動きませんからね…。

 可能性としては、もう、奇跡を望むしかないでしょうね…。遠藤周作さんの『沈黙』ですね…。

 実のところ、私の怒っている事って、非常に幼稚なテーマなんですよ。
「約束を守りましょう」
「嘘をつくのは止めましょう」
「責任を持ちましょう」
「間違ったらちゃんと謝りましょう」

 こんな幼稚園児に教えるような事を、大の大人が出来ないヤツらばかりなんですよ! 人間のコミュニティーにある以上、これが出来ないヤツは人間以下です。
 獣の方がもっと高貴なので、獣以下の人の姿をしたゲスな生き物がこの世の中多すぎます…。

 こんな下素な生き物達に、私の作品が殺されてしまったのが、無念、無念でなりません…。

「世の中、こんな人間ばかりだよ、アンタ甘ちゃんだよ。」と思う人もいるでしょう。笑!

 でもね、もの創る人は、ピュアなんですよ…不器用なんですよ… だからこそ天使も撮れるわけなんです…。

 こんなゲスな生き物に飽き飽きしたから、私は天使を撮っていたのに、天使を通して、最もゲスな生き物達に関わらざるを得ない強烈な皮肉に、ウンザリでした…。

 パロルが潰れたのは、ある意味良かったし、当然です。新風舎も潰れましたし、勧善懲悪ってあるんだろうか?なら◯◯舎もさっさと潰れてほしいものです…。
(後年、この写真集の営業先のとある大手出版社から、◯◯舎の悪女の悪評を全く偶然、全く別ルートから耳にして、「あの女、最悪でしょぉ!!!」と思わず初対面の編集者と意見が一致したものですが、これだけ他の場面でも悪評をまき散らしている悪女にもかかわらす潰れていないのはおかしなものです。「憎まれっ子、世にはばかる」ですね…。だから私だけが言ってる訳じゃないのです。(今、よりによって私の聖地、ロンドンに居るようだが…、元々は不動産屋のワガママいっぱいのバカ娘です。どこまでも穢します…)
 いや、むしろ勧善懲悪が無いから、『九重の楓』の話があり、ミラレパも辛い試練を受けることになりましたが…。

 さて、これから、どうしたものか…。

 長い間、こんな気分の悪い文章を最後まで読んでくれた人、いったい何人いるんだろう…。
 なんだか、この記事は書いておかないと、自分なりにケジメが付かないんですよ。だから、長い文章ができるまで、書けるまで黙っていました。黙っているのもラクですけどね。このロクデモナイすばらしき世界。

 力のある本当にスバラシイ作品なんですが…本当にもったいない…。

 3冊目の幻の天使の写真集を見、その文章を読んだ人は、これが世に出ないのは「人類の損失」とまで言った人さえいましたが…。
 薄汚い人間達はいつもこうして聖なるものを壊します。




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以上が、過去書いた記事です。
 毎日が瓦礫の教会の前で呆然とたたずむ人のようでした。涙
 デヴィナ・リュボイエビッチ(Divna Ljubojevic)はすごいね!(トンデモナイ絶望の中、彼女の歌声にどれほど支えられたことか…)
 当時は実名等も書いていましたが、少しは大人になり、伏せ字等編集をしています。もう倒産した会社は実名ですが。
 伏せ字ということはまだ、存続しているという意味です。ただ、この出版社、悪いのは間違いなく社長の傲慢娘です。ナッツリターン事件と本質は同じです。仕事をする上で基礎知識も無く、自分が間違っているのにキレるクズ人間でした。


 私はこの3社の為に人生が変わってしまいました。
 バカな知り合いは、事情をよく知りもせず、出版が一社ダメになったくらいで東京を撤退する私をバカにしたり批判したものですが、話はそんな単純ではありません! 1社ではありません!3社です! メチャクチャです! どれだけ消耗することか! それほど、写真集の出版界って腐っています。おそらく経験上、まともな人間は2~3割しか居ません。  そのヒドサは、普通の人達の想像をはるかに超えています。
 そうした実状も知りもせず、人徳者ぶり得意になって私に説教をはじめる脳天気なバカ人間には、殺意すら感じたものだ。(こんなやつに限って、実は本を出版したがっているにもかかわらず、1冊も本を出版したことがない嫉妬だけのくず人間だったりしたものです)
 心ある友達は、事情を知らない限り、決して批判などせず、黙して私を見守ってくれていたものです。友のデリカシーや、友の信頼とは本来、そういうものです。

 出版社を通して、自費出版すればいいという人もいますが、自費出版の写真集はものすごく高額な上、新風舎で、ものすごいトラウマや悪どい点が見えたので、絶対にイヤでした。
 ネット等で、新作をアップして、評判にすればいいと、言う人も居ますが、ネットなんかでアップされた写真で写真集は作りたくないという出版社も実際ありますし、私の写真は、そう言う系統で見るべきものではないことも過去の経験で知りましたので止めました。

 そうした数々の試練にも負けず、『笑とる仏』を出版すると、私の置かれた状況は変わるかと思い、出版し、変わらず。
 『新釈 中国古典怪談』を出版すると、少しは天使の出版に繋がるかと願い出版しましたが、変わらず…。
 作品の出版順番が変わると効力が無くなったりするのは事実です。おおきな罪でした。

 写真集への道は、イバラどころか、道には鬼や夜叉がいっぱい居て、その上、道すらも無かったのです。私はもう血だらけです…
 たまたま去年、自分で出版社をつくる方法に気付き、やっと全く無かった地獄の道を自分で切り開くことが出来たのでした…。もう薄汚い出版社なんかにはたよらない!!
 私が7年間も困っていたことは、この薄汚いメディアを通してでしか発表できなかったことだ。
 7年も心の深層は血だらけで苦しんだ…。
 実際、私は7年前で時間が止まってしまっているのです…。
 この7年でどれだけ膨大に、私の人生を犠牲にしたことか………
 7年間、壊れた教会の前で泣きながら、とほうもなく立ちすくんでいたのです。
 前回の記事で、得体の知れない恐怖を感じるのは、以上のようなヒドい経験を何度もしているからなのです。この薄汚い世の中に疲れ切っているからなのです。
 作家の作品を殺すのは、子殺しと同じで、大きな罪です。
 もうこの子は、この世では復活できないかも?と思うことは何度もありましたが、私はこの子のことも7年間、一日たりとも忘れたことはありませんでした。
 「諦めなければ、必ず叶う」なんて、生易しい言葉なんかでは絶対かたずけられない忍耐力でした。実際、困っているとき、軽はずみにそんな事を口走る輩が嫌いでした。
 「このロクデモナイ、素晴らしき世界」
は言い得て妙で、
 ロクデモナイは、私担当。素晴らしきは、作品担当です。
 でも、私担当の荷が重過ぎた…。

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