feel the Another World

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陸上から、もう一つの世界を感じる。
時にはロードから、時にはスタンドから。
ロードは栄光への花道。
競技場は世界の風を感じる場所。
⇒「走ることは生きること」

サブ4できるかかなり怪しい状態。

10/12~練習再開で1.5か月の準備でのスタート。

曇り予報だったのに、スタート直前結構な雨で寒い。。。

走り出したら問題なかった。

まったく余裕がない状態のため、ペースが合う人を探し続けるも、

サブ4ペースよりも速い人ばかりでなかなか合わず。。

5km過ぎたあたりで走れそうな女性+高齢めの女性という組み合わせで、

同じユニフォームで走る2人組を発見。

会話を聞いていたら「5'35、設定通り走れてますよー」と聞こえてきた。

それを聞いた瞬間「神様からのプレゼントがキターーー」と思った!

これはもう付いていくしかない、と、完全にマークして付いていく。

給水でも離れることがないように、給水ポイントが近づいたら自分が先回りして、

2人が来たらまた後ろに付く、をひたすらにくり返す。

ペースがキツイわけではなかったが、自分自身でペースを生み出せるほど、練習できてなかった。

(余裕度がギリ)

30kmもキツイはキツイけど、乗り切れるレベル。

35kmでもにわかに余裕?があったので、2人の前に出て、1人でいく決断をする。

1人になってから、Go up!の応援がいてくれたのと、ほどなく、筑波大学構内に入り、

気がまぎれたので、なんとか最後まで持ちこたえる。

一瞬キロ5まで出せてたけど、最終は結局5'30前後に落ち着いてしまってた。

あとはもうサブ4への執念で、3:56:35(グロス)

今の状態でやれることはやれたと思う。。。

 

【補給】15,20,25,30km→ジェル1個ずつ。計4個。

前回の名古屋Mではガス欠(1個しか取らなかった)になってしまったので、今回は◎

引き続き、このスタイルでいきたいと思う。

<A7 きらら~A8 二十曲峠>

きららエイドに到着した時、涙目だったと思う(笑)

もともとレース前、目標として、

 

松:きららまで行く!(トレイル最長距離更新)

竹:富士急まで行く!(約100kmは頑張る)

梅:スタートラインに立つ!(レースから逃げない!)

 

本当にこれが目標だったので(完走できるかは運まかせ的な)、きららにたどり着けて喜ぶべきなのに、

喜ぶ余裕は微塵もなかった。。。

 

・未経験の二晩目

・先日の試走で思い知っている、山伏峠までのツラい登り(ロープ・急登)

・なかなか着かない、石割山

・リタイアできない、二十曲

・杓子までの三点支持、ロープ

・杓子からの急下り

 

と不安要素しかなく、、、

 

冷静さはあって、エイド着いたらすぐに時計の充電。

補給・着替え・シューズの交換・防寒対策と、あれこれする。

この先寒くなるという情報だったので、Answer4のパワーグリッド+レイン上+Ansewe4のビーニーに加え、

防寒テムレスも持ち、いよいよ出発。

エイド出発時、自チーム・Bukka Sky Clubの方と一緒に出られたのが心強かった。(のち、すぐに置いていかれますがw)

 

試走時ツラかった明神山までは楽しく登れたかな。

途中、暑くて、レイン上を脱いだ。

その先はしばらくあまり記憶がなく、とにかく山伏峠のピーク手前部分が、とにかくツラかった記憶しかない。。

やっっっとの思いで山伏峠ピーク着。ピークで知り合いが休んでいて私も休みたかったけど、

下り苦手民としては、ここで時間を浪費するわけにもいかず、泣く泣くノンストップで出発。

この辺りから、補給が取れなくなることを防ぐために奮発して投入した、モルテン Drink Mix320の甘ったるさが

気になり始める。。。

石割山までの登ったり下ったりで、さらにそれが気になるように。。。(しかもこのセクション長い。。)

 

石割から二十曲までの下りは、下り苦手民には大変つらく、、まず、きらら手前でトレイン抜きしていったグループに再度会い、絶対に煽られたくないので、即座に道を譲り、更にそのあたりにいた人全員に道を譲り、トボトボ進む。。。

最終的に完全に一人ぼっちになってしまい、マーキングを確認しながら、一人トボトボ進む。。。

あまりにも後ろから誰も来ないので、内心「自分は最後尾になったのでは?」と本気で考えた。

 

どうにか二十曲峠エイドに到着。エイドにたくさん人がいて一安心。

甘ったるさ問題を解決すべく、ここで、大奮発モルテンを予備フラスクに移動させ、

本フラスクは真水に戻そうと思い大奮発モルテンを移動?させたらなんと、ボトルの底に粉がたんまりと溜まってしまい。。。絶望。。。

一瞬時が止まった・・・が、もうヤケ?で、大奮発モルテンを完全に捨て、予備フラスクに真水in、

べとべとの大奮発モルテンフラスクは、ジップロックに入れてザックにぶち込む。

この一連の騒動でザックがぐちゃぐちゃになってしまったので、富士吉田で直そう・・・ということにし、

時間もないので、レイン羽織って、とりあえず二十曲を出発。

 

<A8 二十曲峠~A9 富士吉田>

2019年に「富士忍野高原トレイルレース」に出ていて、二十曲~杓子は経験済みだから大丈夫だろうと思い、

試走せず、コースの下調べも全くしておらずで、頭に入ってなかった。。。

二十曲エイドのホワイトボードに、この先の高低図を書いておいてくれたのが本当に救われた。。。

 


先を見ると、高い位置にヘッデンが見え「あそこまで登るのか。。。」の連続。。

下り苦手民なので、下りもしんどいわで、ずーっとしんどい。。。

加えて幻覚が見えるようになり、先に見えるヘッデンが折り重なり、ありもしない小屋のようなものが見え続ける。

イルミネーションが施された小屋が見えているイメージ(もちろんそんなものはないw)

 

あまりにもしんどくて途中のボランティアさんに「杓子まであとどれくらいですか・・?」とつい聞いてしまうも、

「まだあといくつも峠ありますよ」という絶望的な回答。。。

そんな朦朧とした中で、いよいよ三点支持の箇所に。急な登りに行列ができていて、三点支持待ちをする。

登るの遅くて申し訳ない・・・という思いでよじ登る。

で、私はなぜか、三点支持よじ登り箇所が、1箇所だけだど思い込んでいて(爆)、

その後も続々と現れる三点支持の連発で、プレッシャーやらなんやらで気持ち悪くなってしまう。。。

けど止まれない休めない。。。(退避できるようなスペースがない)

三点支持を繰り返しても、遠くに見える杓子山頂の明かり。。。

山頂から聞こえる鐘の音だけを頼りに、進む。。。

 

杓子山頂にたどり着けた時の喜びはもうひとしお。

山頂にいてくださった、トップアスリートの黒田清美姐さんから「富士吉田の関門は朝7時、今まだAM4時だから、関門大丈夫だし、そのまま進めば完走いける!」とUTMFの大先輩から具体的な太鼓判を押していただき、ようやく完走がちらつきつつ、

杓子から下山。



杓子からの下りは想像以上で、最も恐れていた熊森からの下りよりも、こちらの方がしんどかった。。。

途中で「あと○km」と声をかけていただいたが、それより全然長く感じる。。。

どうにか、山が終わり、林道に出たところで気持ち悪さが最大MAXまで到達。。。もう吐く寸前だったが、

なんと私は小6?以来25年間吐いたことがなく、、、結局その記録を破ることなく、富士吉田エイドへ。。。

 

<A9 富士吉田~FINISH>

富士吉田に着き、まず、とにかく、寝転がった。。。


疲労というよりプレッシャー?と吐き気が限界だった。。。

しばし転がり、しょっぱいものが飲みたくて、富士吉田うどんをもらい、汁をすする。。麺はほんの少しだけ、食べられた。

前・中盤、あんなに欲していたコーラは飲めなくなっていて、お湯を飲んだ。

あんまりゆっくりしていられないよな・・・と思い、夜グッズを収納してさらにぐちゃぐちゃになったザックの整理は諦め、

とりあえず出発。(レース後にザック見たら、恐ろしくぐちゃぐちゃ。。ジェル持ちすぎてたわで、激重だった)

 

知り合いの方と一緒にエイドを出て、しばし歓談していると、ロードにいたスタッフの方が、

「今ここにいると、完走は難しいです!!できても大変ギリギリです!」と言っている。。。

・・・あれ?6時ごろ?にはエイド出たし、んんん??となり、歩きながら昨年12月の試走タイムを確認すると、

河口湖湖畔~霜山~天上山でひと遊びして~下山で、3時間半くらいだった。ので、間に合わないということはないはず・・・?

と思いつつも、なんとなく急ぎ足に(笑)(笑)

 

急ぎ足してたら、暑くなってきてしまい、時間が惜しいが穿いていたAnswer4のロングパンツを脱ぎ、

脚さばき優先で進む。とりあえず急いでおこう・・・と止まらずに登り続けた先に、Team RICKAの面々がああ!!

このコースを誰よりも知り尽くしているT6の方々に時間の件を確認すると「大丈夫!」と力強い確かな言葉をいただき、

ようやく安堵。。。(涙)ここからは気が抜けてしまい、のんびり歩く。

 

しかし、最後の最後、天上山から富士急までの下りが、下り苦手民にはしんどかった。。。。。

みんなスタスタと降りていくのに対し、もたもたとしか降りれない自分。。。

一応時計だけはチラ見しつつ、もはやもたもたと降り続けた。。。


よーーーうやく富士急の敷地に降り立ち、もはやタイムもなにもなく間に合うだけは確かなので、

富士急ハイランドの景色を眺めながら、悠々と歩く(笑)

駐車場手前の橋の上で、サポーターわかちゃんが、チームメイト伊藤さんが作ってくれたフラッグを持って待っててくれて、

そこからは一緒に歩いて進む。


約1日前にA5エイドの入口として入った場所にようやくたどり着けた時の安堵感・・・!

その入口から、花道ができていて、一緒にレースを走った仲間・応援してくれている見ず知らずの方などなど、

数えきれない方々とハイタッチしまくり、ついにフィニッシュゲートへ・・・!

 

フィニッシュでは、六花さんが名前を呼んで讃えてくれ、鏑木さんと写真を撮り(マツイさんがシャッターを押してくれた涙)、憧れの三浦務さんともお会いでき、その後もT6の皆さんや知り合いが続々と声をかけてくれ、フィニッシュ後がめちゃくちゃ忙しかった(笑)

 







超楽しみにしていたビールをブースで買い、ちょこっと飲んだら、脳みそがぐわんぐわん回った(笑)

※もちろん飲み切りました(笑)


もう一つ楽しみにしていた、ふじやま温泉は、眠気と寒気との戦いになってしまい、

楽しみというよりは最後の苦行になってしまった・・・(笑)

 

準備していた補給は30%くらいしか使わず、レースの功績のひとつとして、

今でも我が家に燦然といらっしゃいます。。笑

なおレース後の片づけは完全に終わらせるのに、1か月近くかかった。。

<A3 本栖湖~A4 精進湖>

本栖湖でヒロッキーが「次のエイドまで12km」と言っていて、

富士宮⇒麓の27kmに比べたら全然少ないじゃんと思ったけど、

この12kmがなかなか進まない。。。

中ノ倉山を突破したと思ったら、今度は、中ノ倉峠が現れ、

進んでるんだか進んでないんだか、やや混乱(笑)

以前試走した時はあっという間のセクションと思ったが、もうすでに60kmは進んでいる状況だと、

あっという間のセクションではありませんでした。。。

 

しかもここで朝になり、朝方の冷え込みもプラスされ、ややテンションダウン(苦笑)

とにかく登りは止まらないだけを徹底して、パノラマ台・烏帽子岳とたどり着き、

烏帽子からの下りは本栖湖からの下り同様のシングルトラックで下りづらい。。。

 

下り切ってからの樹海は走りやすいトレイルなので、本来走りたいセクションだったが、

ここで膝痛が復活してしまい、走れず。。。

トボトボ歩きながら、精進湖エイドへ。

 

<A4 精進湖~A5 富士急>

精進湖エイドに入り、明らかに人が少ない、という感覚。。。

でももうジタバタしても仕方ないので、食事・着替えなど、予め決めていたことに加え、

ここでもう1錠ノーシンピュアを投入。今度は胃薬も一緒に飲んだ。


<精進湖エイド名物の田舎ぞうすい>


並んでたけどちゃんとトイレも済ませて、エイド出発。

鳴沢氷穴までのロードは、なぜか膝痛が消えてたので(さすがにさっきの薬はまだ効いてないはずw)、

登り以外は走った。

途中、車で移動中のサポーターわかちゃんが、車から声をかけてくれた。

これが沈みかけた心に火を灯してくれた。

「わかちゃんをフィニッシュに連れて行かねば!!」と元気がでた。

 

鳴沢氷穴から紅葉台までは試走の記憶通りあっという間、足和田山までのルートより、足和田山からの下りがしんどかった。。。

山を降りてからのロードが6km?くらいあり、想定より長かった。。。

ここも登り以外は走り、ようやく、ようやく、富士急ハイランドにたどり着く。。。


<A5 富士急~A6 忍野>

富士急にたどり着いた時、あまり元気がなかった。

富士急に着いた瞬間「やっと着いた!」という思いではなく

「果たしてもう一度ここに帰って来られるのだろうか?」という疑問で頭がいっぱいだった。

エイドエリアまで歩いていると、左にフィニッシュゲートが見えたけど、あそこにたどり着ける気がせず、

直視できなかった。。。

 

サポートエリアに到着すると、先ほどの精進湖と明らかに景色が違う。人が多い。賑わっている。

サポーターわかちゃんと話し、どうやら精進湖→富士急のセクションで持ち直したらしい。

鳴沢氷穴までのロード以外、特段持ち直しの要素も見当たらなかったけど、よかったーと持ち直す。

せっかくなので?、ここは早めに出よう!と考え、サクサクとエイドワークを終え、出発。

(レース後、リザルトでエイド滞在時間を確認したところ、各エイド、サクサクしてたつもりだけど、

 本当にサクサクできていたのは、この富士急のみでした。。)

 

富士急エイド出発後、ロードでお昼の暖かな日差しを浴びることにより、急激に眠気が発生。。

対処を試みたけど、食べても飲んでも眠気が収まるわけもなく。。。

とりあえず、小倉山さえ突破すれば道の駅があるのを覚えていたので、小倉山まで頑張り、

立ち寄る予定のなかった道の駅に入り、缶コーヒーを買う。

道の駅に立ち寄ってる人が意外に多く、ソフトクリームに並んでる人・自販機で飲み物買う人・仲間とたむろ?してる人

など、色々なひとがいて、内心ホッとした。缶コーヒーをすすり、ソフトクリームを食してた知り合いと一言だけかわし、

再びスタート。現金だが少し元気が出たので、忍草のトレイル入るまでのロードは非常に快調(笑)

160kmの中で唯一飛ばした区間かもしれない(笑)







忍草は、試走・トレイル整備の両方で来ていたので、コースにイメージがあり、

藁が生い茂る急登もキツかったけど懐かしいなあと思いながら進む。

本来、富士山がとても綺麗に見えるセクションですが、まったく見えず。。(苦笑)

 

ロードに降りてきた時、もういよいよ眠気MAX限界だったので、忍野のエイドで仮眠を取ることに。

忍野エイドの仮眠所が、きれいな体育館で大変助かる。

スマホのアラームを最小ボリュームでかけ、5分仮眠・・・結果10分くらい仮眠して、後ろ髪をひかれながら体育館を出る。

エイドワークをこなしてると、肌寒さを感じた。

 

<A6 忍野~A7 きらら>

寝ぼけてたのか??、もう夕方にも関わらず、ヘッデンを取り出さずにエイドを出てしまい、

道中で気づき、道端でヘッデンと長ズボンを取り出す。

山に入る前、私設エイドでホットコーヒーを出してくださった方がおり、めちゃくちゃ美味しかった。

 

忍野→きらら間は、大平山と平尾山の2つがあるが、大平山をすべて忘れるくらい、

平尾山の木段がツラかった。。。

平尾山からの下りで、トレインになっていたのだが、やたら声の大きい元気な方含むグループが結構な勢いで追い抜いていき、きらら以降にビクビクしていた私は「この後のセクションであんなの出てきても対処できないよ。。。」と及び腰。。

きらら以降にとにかくビクビクしながら、きららエイドへ到着。

 

⇒③へ続く

<スタート直前>

スタート・こどもの国に到着した時から暑かった。日差しも強い。

なるべく温存すべく、極力車の中で過ごした。

ギリギリまでザックもサポーターに持ってもらった。(そんなことをしているのは私だけだったかもw)

 

楽しみにしていた開会式を見るべく、スタートゲートまで移動するも、

日差しのせいか頭痛が出てきてしまい、テントの影に座って、開会式を眺める。。

この時、塩タブレットを3つしか持っていないことを少し後悔するも(車にはあるがさすがに頼めなかった)

もはや仕方あるまいと割り切り、塩タブレット1つとバターロールを頬張りながらスタートを待つ。

 

スタートはWAVE3の最後尾からスタート。

GARMINのLive trackの切り忘れに直前に気づき、ギリギリまであたふた。。

(結局ちゃんと切れてなかったからか、レース中2度充電してもギリギリという事態を招く。。)




<スタート~A1 富士宮>

スタートしてからの林道は「とにかく飛ばさない!」と固く誓い、追い抜きせず、

位置をキープすることを心がける。

途中で、走りながら電話で仕事の指示を出しているお医者さんに遭遇し、

つい話し込んでしまった時、ペースが上がってしまった。。

お医者さんと離れた後、急いでペースを落とす。。。

 

道中、お気に入りの槍ヶ岳手ぬぐいとシェルを落とす(シェルは救いの神のおかげで未遂)という事件も早速起こす。。。

 

富士宮エイドの手前、20kmくらいだったかの下りの林道で、右膝が痛み始める。

痛くなる部位・タイミング、すべてが「信越と同じだ・・・。。。

信越の時全く同じ症状が、20km過ぎの斑尾からの下りで現れていた。

 

とはいえまいった。最初のエイドに入る前から、足が痛くて走れなくなるとは・・・

登り以外、平地・下りとズキズキと痛む。

とりあえず富士宮エイドにin。予定タイムよりまあまあ遅れていたので、

テーブルの端から一通り補給し、天子に向けてトイレ・ヘッデン装着を済ませ、

サクッと気味に出発。

 

<A1 富士宮~A2 麓>

天子を登っている間に、膝痛収まらないかな…と念じていたが、収まりそうにないので、

天子途中でノーシンピュアを1錠飲む。

天子山中はずっと渋滞していたけど、これが自分には好都合で、補給したり、休んだり。

前が詰まってるから後ろから煽られるということもなく、ノーストレス?で進めた。

懸念の下りも、周りの選手も不慣れなのか(??)、周りも慎重に降りていたので、神経すり減らすことなく。。(ホッ)

熊森手前の送電線の所でチームメイトにも会え、ホッとする。(チームメイトのおかげで休みすぎずに済んだ)

レース最大の懸念の一つだった熊森からの下りも、木などを活用しながらどうにか下れた。。

ロードに出た時には薬が効いたのか右膝痛が消えていたので、エイドまでのながーい林道はなるべく走った。

 

麓にinし、UTMF名物の富士宮焼きそばをゲットし、サポートエリアへ。

用意してもらっていたお湯入りバーナーにザックを当ててしまい、ザックを濡らすという事件を起こしたが、

モリモリと食べて、麓出発。

 

<A2 麓~A3 本栖湖>

麓後の牧場の脇?みたいな平たいところは走れそうだったけど、食後だし、歩いた。

A沢貯水池から端足峠まではあまり記憶がないが、登りはとにかく努めて止まらずに進んだ。

本栖湖までの下りはシングルトラックで下りづらかった。

本栖湖のエイド到着、ここになんと、アノ、石川弘樹さんが・・・!!!

ヒロッキー自ら、お饅頭が乗ったお盆?を持ち、給水待ちのランナーに

「ただ待ってるだけじゃもったいないから、お饅頭で補給して」と配ってらっしゃるではないか・・・!

・・・もう感動で震えました。


そのヒロッキーをいつまでも眺めていたかったけど、そうもいかないので、後ろ髪引かれつつ出発。

 

⇒②へ続く

"トレイルランニング"  というものに出会ったのが2017年・信越五岳。
友人数名が出場していて、レースのタイミングでたまたま新潟へ出張に来ていたことから、
現地に応援に行ってみたことがキッカケだった。
(新潟からレース現地までは遠かった。。。笑)
 
信越のレースの場で、トレイルランニングレースの文化を知り、衝撃を受けた。
カウベルの音が鳴り響き、エイドではサポーターがレースサポートをし、
ペーサーと一緒にレースを駆ける。
ランニングにおいて「こんな世界があったのか・・・」という想いを抱いた。
 
翌年春、UTMFにサポートの一員的な感じで参加させてもらい、
エイドでの選手とサポーターとの楽しげ・時には苦しみを分かち合うようなやり取り、
フィニッシュゲートで達成感を嚙みしめながら、家族やサポーターとゲートまで歩く姿。
トレイルランニングのロングレースの景色に心から魅了され、
「いつかは選手として、UTMFに出場したい」と思ったのが2018年。
 

出場するためのポイントを溜め、2年後の2020年にエントリーを果たしたものの、

コロナ渦による中止が20年・21年と続き、22年は環境の影響で出られず、

2023年、ようやくの3年越しの出場となりました。

 

その3年の間に、個人的にいろいろなことがあったりしたもので、

過去3年の中でレースに対して最もビハインドな状況で迎えることとなりました。

・ランニング自体に、1年半のブランク

・なので、トレイルランニングも同様のブランク

・登山からも遠ざかり

・大幅な増量

等々、挙げだしたらキリがないビハインドな点。

 

それでもどうにか意を決し、本格的に準備を始めたのが、名古屋ウィメンズマラソン後の3月。。。

最初にトレイルに入った後は筋肉痛でロボット歩きになるレベルまで退化しており、、、

さらに試走に混ぜてもらった時には、迷惑をかけるレベルでまったく付いていけず、

元々気持ちが向ききっていない状況から更に心がバキバキと音を立てて折れ、

「レースに出ない」と言い切るところまで沈んでいた。。。

(試走は、きららスタートで、悪天候もあり、石割山までで終了。。)

 

その時ふと思い出したのが、大会会長・鏑木さんが心情としている「楽しむ勇気」という言葉だ。

実はこの言葉の意とすることがそれまでピンときていなかったのだが、

ふと「今の自分に足りないのは、トレイルランニングを楽しむという、まさにその気持ちなのでは」

と思い直し、次の日、ひとりトレイルに入り、「とにかく楽しもう」というマインドにようやく切り替えることができた。

 

その後「ZERO LIMITS NIGHT」で久々のナイトランや補給・装備のテストをし、

2回目の試走ではこれまた久々に天子山塊に行ったりで、

土壇場であれこれ詰め込んで、なんとか、スタートラインに立つことができた。

 

⇒①へ続く