著者:嵐山光三郎(1942-2025/享年83歳)

著書:「芭蕉と言う修羅」

発行:2017年初版

 

古池や蛙飛び込む水の音

 

1686年、松尾芭蕉が43歳の時の作。

この、日本で一番有名な俳句が、こんな背景を負っていたのかと、驚く。

 

 

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芭蕉 1644年(月日不明)-1694年11月28日(元禄7年10月12日)/享年50歳。

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1689年5月16日(元禄2年3月27日)。

西行(1190年没)の500回忌にあたる、この年に西行の行程を追って巡る旅に出た。

「死」を覚悟して旅立ち、のちに『奥の細道』の紀行文となる。

 

 

江戸深川の家(弟子の杉山杉風が提供した庵)を処分しての旅だった。

(写真は2025/6/30撮影 江東区)

しばらく杉山杉風の庵に滞在し旅立つ。杉風の庵跡から旅立つ芭蕉像。

この格好で歩いたのだと思うと感慨深い。

 

行程は約5ヶ月600里(約2400キロ)。

江戸から下野、陸奥、出羽、越後、加賀、越前をまわり、8月に大垣に着いた。

その後、体調も悪く静養したり、関東地方の俳諧の席に呼ばれたりして過ごす。

 

1691年(元禄4年)に江戸に戻り、翌年新築された芭蕉庵に住む。

1693年(元禄6年)夏に体調を崩し1か月寝込む。

1694年(元禄7年)5月江戸を立ち、5月末頃故郷(伊賀上野)に着く。9月大阪に行くが、再び体調を崩す。9月10日発熱頭痛。いったん回復するものの、29日下痢。床に臥す。10月10日遺書を書く。12日逝去。

 

 

『奥の細道』は死後、出版された。

 

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(写真は2025/6/30撮影 江東区 隅田川)

 

『芭蕉翁之像』

杉山杉風が描き、京都の画家が忠実に模写した芭蕉翁之像畫により制作されたもの。