今様の入門書のようなわかりやすさがある著書。

50首の今様を掲載している。

 

「梁塵秘抄」から34首、「古今目録抄料紙今様」から7首、「唯心房集」から3首、「宝篋印陀羅尼経今様」から2首、「吉野吉水院楽書」から1首、「古今著聞集」から1首、「夫木和歌抄」から1首、「上野学園蔵今様断簡」から1首。

 

 

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(以下、文章はほぼ抜粋)

 

 

今様は、七五七五七五七五。

この七五調4句が基本だが、八五調4句だったりと、形態は様々あるようだ。

 

「梁塵秘抄」は、

平安時代末期(1169年頃)に、後白河法皇によって、編纂された。

本編10巻、口伝集10巻あったとされるが、現存するのはわずかである。

口伝集のなかに実際の謡い方が書かれているが、その伝承は絶え、どのように歌っていたかはわかっていない。

 

今様は、管弦には熟達していない若者たちによって詠われていた。

分別ある大人が歌唱にくわわるのは遠慮されていたような、くつろいだ無礼講的な場で詠われていたはかない慰めに過ぎなかった。

そして、後白河法皇の時代をピークに250年で衰退した。


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■有名な歌として「梁塵秘抄」より

 

遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんと生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ

 

舞へ舞へ蝸牛 舞はぬものならば 馬の子や牛の子に蹴ゑさせえん 踏み破らせてん 実まことに美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせん

 

 

無邪気に遊んでいる子どもたちの情景が目の前に浮かぶ。はやし立てる声が耳に響いて来る。この元気さが歌から伝わり、大人も心が弾んでくる。楽しくなってくる。

 

 


■今様は「うたい替え」も魅力のひとつで、

その場に合わせて言葉を替えて、場を盛り上げるようなことも、後白河法皇は評価した。うたい手の声の美しさやテクニックだけでなく、臨機応変に歌詞をうたい替える文学的な力も重視されていた。

 

1174年9月1日~15日に、後白河法皇の主催で今様合が催された。

毎晩、左右に分かれた二人の公卿殿上人が今様を歌い、技の優劣を競い合った。

その時の、後白河法皇の今様の初期の師である、源資賢のうたが高く評価された。

 

聞くに心の澄むものは 荻の葉そよぐ秋の暮れ 夜深き笛の音箏さうの琴 久しき宿吹く松風

 

もとは「荒れたる宿」だったのだが、催し場が後白河法皇の御所であったため、祝意をこめて「久しき宿」とうたい替えた。

これにより、もの寂しい情景が、目の前の情景を寿ぐ賀の歌へと変化している。

 

今様は、人の心を動かす。

 

 

 

■なにもよりも今様の魅力は、この軽妙な言葉のリズムと洒落た気持ちの掛け合いだろうか。男の不実を笑い飛ばす。

 

君が愛せし綾藺傘あやゐがさ 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は

 

 

イ草で編んで作った傘は武士が流鏑馬や狩りの折に用いるもので、大事にしているその傘を川に落としてしまって、探していたら、夜が明けてしまったから、私のところに来れなかった?ほぉ~、そうなのねぇ、と、

女のもとに訪れなかった男の言い訳を、女がからかいながらもう一度繰り返しているという解釈がおもしろい。

 

 

 

著書:「今様」

著者:植木朝子

発行:笠間書院 2011年初版