***
1980年代
その頃はまだ地方の街でも路地には小さな古本屋がところどころあり、通勤路にあったこの店では、70代くらいの男性店主が一人店番をしていた。
夕方6時にはもう店は閉まっていたので、どんなタイミングで行ったのは覚えてないが、何度かは入ることができた。
失礼ながら儲かりようはないので、ほんとに本が好きなんだなと思う。
FMラジオでクラシック特集を聴いている。
歌曲だ。
おじさんが言う。
ベルリオーズはいいよ。
本はね、全集や著名本でなくてね、
今旬のを10冊、自分の本棚に置いてるってのが、一番かっこいい。
数年のうちにこの本屋もなくなっていたが、
そういうことをふと思い出した。
***
この厚い500ページに及ぶ小説には、項目もなく、ひたすら、毎日を追う。
1980年代
ベルリンが東ドイツの中に孤島として存在する時代
ドイツで日本食が高級食で生魚に皆が黙り込む時代
日本にいれば、一流のオフィスで仕事をし、華やかなアフターファイブを過ごし、高級ブランドを当たり前に手にしていた時代。
そして、女性に『女性の枠』がまだまだあった時代。
この著書は、主人公が小説家になりたので、
本に関わる人を見たいと思い、ドイツの図書卸会社に研修生として、働く。
研修生なので、一週間ごと、配置部署が変わり、失礼ながら、責任がないので、
お客さん扱いに近いので、気楽であったろう。
といっても能力があるので、与えられた仕事はすぐに卒なくこなし、職場の人達とも仲間になっていく。
ただあくまで、半年程度の研修期間だ。
そのあとどうするか、自分が自分の人生を決めなければならない。
日本に帰るか、ドイツに残るか、を決めなければならない。
ドイツでも個人書店は後を継ぐ人がいなくなっていた頃だ。
自分のなかであふれそうに襲ってくる言葉の単語のなかに自分が飲み込まれていく感覚が、それまでわりと淡々と出来事を綴っていたのが、自分のなかで押さえきれなくなっていくものとの向き合い方が切羽詰まった感じがおもしろかった。
そのときに、ヘッセの「シッダールタ」が出てくるのが、じんわりする。
自己と向きあい、自己の道をみつける。
この本をわりと多くのドイツ人が読んでいることに主人公は感銘する。
人間の土壌となる思春期に読む本。
本を読む土壌が日本とは違う。
小説はここまでだが、主人公はドイツに残った。
著書:「研修生プラクティカンティン」
著者:多和田葉子
装画:塩田千春
発行:中央公論新社 2025/10初版
