#414 【マニアな一基】 日本ピストン与野線 ~我こそ土木~ | 関東土木保安協会

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ハートビートドボク。
関東土木保安協会です。
 
さいたま市は与野区。
イオンモール与野の屋上からは様々な鉄塔たちが見えますよ。
ふと大宮駅方面を見てみると、歪な形の鉄塔達が目に入ります。
いったい彼らは何のために、なんだか腰が悪そうに見える姿勢をしているのでしょう。
 
 
この送電線は日本ピストン与野線といいます。
66kV2回線にて、大宮線28号鉄塔から日本ピストンリングR&Dセンターの変電所まで鉄塔3基で結ぶ、短い送電線です。
 
▲大宮線からの分岐部
 
日本ピストンリング株式会社なんて、何を作ってるかが明確にわかる会社名ですね。
ピストンリングは、レシプロエンジンにおいてピストンの外周に巻き付けられるリングで、シリンダーの上下運動の際に燃焼外への混合気の漏れを防ぐ役割を持ちます。
エンジンの運転時は、潤滑油のクッションがあるとはいえ常に上下運動によるシリンダー内壁との擦れがあるため、相当な耐熱性や対磨耗性が要求されるんだろうなと思っていましたが、この会社の創業はあの鋳物の街、埼玉県川口市なんですね!
鋳物産業のノウハウが強靭な金属加工部品を扱うメーカーの礎となったのかと思うと、納得です。
 
▲日本ピストンリングR&Dセンター
 
なお、日本ピストンリングは1931年の創業後、1939年に与野工場を開設します。
1998年に本社をそのすぐ隣に移しますが、与野工場は2003年に閉鎖となり跡地は売却されました。
この工場跡地の一部が、現在のイオンモール与野と周辺のマンション群です。
ここまででもうお察しと思いますが、日本ピストンリングR&Dセンターは、旧与野工場の敷地の一部です。
敷地は非常に小さいので高圧受電化もできそうに見えますが、特高受電設備が契約電力上問題なく、更新せず使えるためそのまま運用しているものと思われます。
周囲から見ると、巨大工場特有の構内高圧配電線も見られ、このような当時の顔を覗かせる設備は現在も運用中のようです。
これらから、いつ無くなってもおかしくなさそうな送電線かもしれません。
 
▲構内変電所に引き下ろす3号鉄塔
 
さて、イオンモール与野を出て、終点から起点に向かっていきます。
 
引き下ろしの3号鉄塔は、どちらかといえば比較的目にする形の、鋼管トラスの鉄塔です。
都市部にありますので、鋼材を減らした環境調和型となっています。
 
▲電線は上下に離れていく
 
ここから2号鉄塔に向かって大きく電線が上下していきます。
この特徴が日ピス与野線の大きな目玉です。
2号鉄塔では、鉄塔は南側のみに大きくせりだし、片側のみの支持スタイルに変わります。
鉄塔には片側に応力がかかり重心も中央からずれるため、塔体は通常の鉄塔よりがっしりした四角鉄塔となっています。
 
▲2号鉄塔。片側に2回線を支持する
 
▲上部拡大。美しいとは言えないが独特の造形だ
 
何故このような面倒な構造にしたかというと、どうやら極力住宅の上を通過させたくなかったためのようです。
これを見てください。電線路の下は道路か暗渠となっています。
 
▲電線路を追いかけると、殆どが道路や暗渠だ
 
以前にも、例えば邑楽線富士重工大泉線のような、へんてこなルートを辿る送電線をご紹介しましたが、空中でも地上でも地下でも、通過した際には住宅地と河川や道路とではコストが異なるため、我らインフラ設備群は民有地を通過するのを極力避けています。
特に大都市の地下鉄などはいい例でしょう。線路は道路下を通過し、電留線は公園の地下に建設したりと工夫に満ちています。
 
▲暗渠のある風景は楽しく、ファンがいるのも頷ける
 
この、日本ピストン与野線についても同様で、道路、そして途中からは暗渠という非民有地の上を通過させることで、線下費用の低減を図っているものと考えられます。
 
▲下から見ると奇妙な結界となる
 
それにしても、この形状。
場所をとらない鋼管柱でもおとなしく建てておくか、あるいは地下に線路を埋設もできたであろうに、わざわざこの特殊な片側支持の鉄塔を2基も建設する解に至ったとは。
3相3線2回線をこの狭い暗渠の上に押し込めるには、
これがベストアンサーになる条件だったのでしょうね。
 
▲結界内には入れてくれない
 
プレートより鉄塔は1990年代中期にばらばらに建設されました。
なぜ一括更新でないのでしょう。
工場の歴史からしてもっと前から路線はあったはずで、どのような経緯か気になります。
スリムなので錯覚を起こしますが、意外と高さは低く、40m台です。
面白いところといえば、ガイドレールが回線毎に設置されているところでしょうか。
これも複雑な造形ゆえの苦悩でしょうか。
 
▲ガイドレールは両側に1番線、2番線用と別けて設置される
 
 
皆さんも、鉄塔に何気ない興味を持たれたら、どういうルートを辿っているか、なぜその場所に建っているかを考えてみては如何でしょう、とても面白いですよ。
そこには、設計者と周辺住民や地権者が折り合った末の結果が見えてくるはずです。
今回の彼らも、小奇麗でもスマートな見た目でもなく、頑張って汗をかいた結果でしょう。
 
 
日常生活に密接であって、周囲の環境条件に適合していること。そしてトータルコストをできるだけ抑えられること。そしてそれを可能にする技術があること。
3つのきれいなトライアングルを目指して、土木は成り立っていると感じさせる、まさに「土木の姿」そのものをコンパクトに具体化したような、日本ピストン与野線なのでした。
 
 
〈参考〉
 
・日本ピストンリング株式会社 : NPRのあゆみ