環境調和型鉄塔愛の塊、関東土木保安協会です。
もう10年以上前に、とある方にブログを見られて「全然関東じゃないエリアのが載っているのに関東名乗るんですか」とか話をされたんですね。
そんなことどうでもいいじゃねーかと思いつつも、今となっては懐かしいなと思い出します。
そんな昔の話をしたのも、今回は久々に関東じゃないエリアに触れるからなんですね。四国は愛媛県松山市の鉄塔になります。
鉄塔カードに選ばれ新聞記事にもなっている、四国一有名と言っても過言ではない鉄塔を見てきました。

鉄塔というより何かのモニュメントなのか、と言われんばかりの風貌。
彼は四国電力送配電が管理する道後支線No.12鉄塔です。
66kV4回線を支持する鉄塔で、1975年に建設され、高さは45.3m、重さは97.5tとのことです。

▲道後支線No.12(1975,45.3m)
この風変わりな外観は周囲に配慮したもので、立地が愛媛縣護國神社の境内の一部にあるためとのことです。
神社というと様々な建築様式や特徴がありますが、この鉄塔は形状と配色共に神社を意識したような技が光る、非常に凝った鉄塔ですね。
まるで神社の屋根を意識したかのような反りがある腕金に、クリーム色と赤茶色の上品な和テイストなカラーリング。
控えめな和装を纏ったような雰囲気は、ものものしい送電鉄塔の概念を打ち砕くものです。

▲何にも似ていないとてつもない外観
山の上から麓に降りてくる4回線をここで引き留め、地中引き込みとしています。
4回線を地中引き込みとする場合、変電所のように鉄構を設けるか、もしくは下写真奥に見える道後支線No.11のような片側2回線の垂直配列のまま引き下ろすことがほとんどでしょう。
ですが、恐らくここでそれをやってしまうと、高さが出てしまい圧迫感が生まれてしまうこと、また60m超えをしてしまうと航空法の規制から塗装面で制約が出てしまうことなどが想定され、四角鉄塔ながら垂直配列を横4列の同一高さで並べるという選択をされたのではないでしょうか。

▲北側の天神山からやってくる4回線を支持
この場合、回線毎の離隔も必要で腕金も長くなりますが、環境調和型としてボックス鋼を用いた鉄塔にすることで、必要最小限の部材で、強度を持たせつつ美観を保てる設計にしているようです。
配線も腕金内部に収まるため、すっきりと仕上がっています。
この腕金、カーブさせる必要性がないものをわざわざ反らせて、しかも先端に行くにつれて細くなっています。
溶接で丁寧に造られたのでしょう。本当に凝っています。

▲4回線を垂直配列で引き留めている
No.11をよく見ると、この垂直配列の横並びのために、上の2回線は鉄塔内側に、下の2回線は逆の鉄塔外側に寄せて支持しているのが分かります。
No.12のために支持位置をずらし準備してくれています。
こちらも、全く見ない訳ではないですが、珍しい鉄塔かと思います。

▲道後支線No.11は腕金のケーブル支持が特殊だ
近くに寄って腕金を見てみます。
ケーブルヘッドが腕金についていますが、離隔のためか外側に斜めに設置されています。
気づいている人もいるかもしれませんが、実は鉄塔カードなどに載っているこの鉄塔と私が記録した際のこの鉄塔は顔つきが違ってしまっています。
内側の2回線のケーブルヘッドが撤去されています。
余剰となり運用が停止されてしまったようです。
内側の2本も同じように外側向きに斜めに設置されていました。
外側2回線が撤去されていたら、また顔つきが違っていたでしょう。

▲凄い取り付け方のケーブルヘッドだ
上に目を向けて、架空地線です。
こちらもまた非常に凝られていて、まるで反橋をイメージさせるようなデザインです。
円形の鋼管を用いています。
もう本日何回目の発言でしょうか、本当に凝っています。
角がない仕上がりにすることで、柔らかい印象を生む他、まるで屋根上の堅魚木のようにも見えてきます。

▲架空地線の腕金もとんでもない凝り様だ
鉄塔の足元にも行けるので行ってみましょう。
神社の脇にある、車1台ほどの幅の細い道を進むと、鉄塔の下にある建屋が見えてきました。
鉄塔無しでここだけ見ると、まるで神社の境内の一建屋があるくらいにしか思えず、周囲へ違和感なく溶け込んでいるのが分かります。
鉄塔を真横から見てみます。
ボックス鋼を用いたラーメン構造の四角鉄塔です。
水平材だけのシンプルな外観です。
環境調和鉄塔では送電線の引き下ろしがあると、鋼管柱タイプでは内部を通しているのでイメージできますが、このボックス鋼のタイプで引き下ろししているのはあまりないのではないでしょうか。
恐らくこの主材となっている4本の細いボックス鋼の内部を通している他にないのですが、珍しいかと思います。

▲建屋の上に鉄塔が建造されている
建屋の周囲も確認したかったので境内側からも見てみました。
愛媛縣護國神社の万葉苑北園内にあります。
外観は腰壁部分を石張りとした姿で、こちらも本当に凝っています(何回目だよ)。
周囲に溶け込み過ぎて、境内からでは鉄塔も木々に阻まれ見えず、本当に神社の一施設にしか見えません。
よくできています。
余談ですが、万葉苑というのは万葉集に出てくる植物を集めた園とのことで、あちこちで小さく綺麗に彩られた植物類が見られ、非常に綺麗でした。

▲建屋の外観も環境調和を意識している
建屋の道路側には搬入口があります。
鋼管柱であればそのまま地中引き込みとできたであろうものが、ラーメン構造の四角鉄塔としたことでこの建屋が必要になってしまったのかなと思います。
左側にトラフのような出っぱりが見えますが、これを見るに手前の小道へ引き出され、地中を進んでいるものと思われます。
東電みたいにケーブル埋設表示がないので、明確に分からないところです。

▲腰壁の石張りもこだわりのひとつ
道路をさらに北に進み、お墓の辺りより反対側から見てみます。
こちらのお顔はあまりメディアにもネットにも露出がないのではないでしょうか。
また違った顔をしています。
さて、この電線はなぜここから地中なのか、また潜ってどこに行くのか、という疑問が出てきます。
この鉄塔ができたのは1975(昭和50)年です。
愛媛県史の記載では、昭和40年代から地中送電線化を始め、昭和44年にはここからすぐ南の松山市番町に地下変電所が建設されるなどしていたとのことです。
この南東には道後の温泉街が広がり、当時から歴史的な街並みがあり建造物も多かったことから、ここで地中送電線としてルート選定がされたのでしょう。
送電線は前述の通り小道を南に進んでくるようですが、こんなところに4回線も埋設されているのか?と思ってしまうほどです。
ましてや写真手前に写る橋などは果たして管路が入る厚みかと疑問が出ます。

▲地中管路はこの道路を進んでいるのだろうか
しかし追いかけると、マンホールなどから痕跡が読み取れ、さらにこの先の護國神社の鳥居前にもそのマンホールがあるため、恐らくこのルートで送電線が進んでいるようです。
そしてその送電線は、道後の温泉街の近くにある道後変電所に向かっているようです。
それにしても、この鳥居前のマンホールは堂々と道路中央の設置のとなっています。
正中(参道中央)直下を送電線の地中埋設管路が通っていると思うと、なかなか魅力的な電線路です。

▲正中直下には地中特高管路が!
この鉄塔を調べると、安治川鉄工株式会社の製作事例に出てくることが分かりました。
なんと、事例を見ると新寝屋川古川橋線No.2も写っており、同じところが造られていたんですね。
他にも広島のモノポールや超高圧の環境調和型鉄塔も映っていたりと、各地の名物を多く手掛けているようです。
この道後支線No.12も、鉄塔カードとして残され、一企業の製作事例から大きく羽ばたき、鉄塔界の歴史のひとつに刻まれた感もあります。
四電送配電の道後支線No.12鉄塔。
鳥居に負けじと反り返る腕金。
御朱印ほどははっきりしない控えめな赤と白。
護國神社も、道後温泉の景観も邪魔しない。そんな思想を持った外観は半世紀経っても色褪せていません。
これからも松山の街を見守っていてくれることでしょう。
〈参考〉
・四国電力送配電株式会社 : 鉄塔カードの製作および販売開始について(PDF)
・愛媛縣護國神社 : 公式ホームページ
・愛媛県史 社会経済 商工 : 高度経済成長と電気事業




















































































































