世界が広がってよかった!#別れが人を強くした | La Biblioteca Alcolica

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アル中の図書館~お酒と読書の備忘録 in シドニー・オーストラリア

 

長らくバカにされ、いじめられてきた子供時代にようやく別れを告げ、大学デビューを果たした私。

リア充ぶった格好して堂々とふるまっていますが、めっちゃキョロ充。内面はずっとオドオドした私のままです。

でも、そんな私にも同じ大学に通う1歳年下の彼氏ができました。(彼氏自体は高校の時にもいましたが)

一生懸命、彼の理想の女を演じるも(それも嫌ではない)1年経たずに振られてしまいました。

振られた時も「ここで泣きわめいても、貴方が留まってくれるわけじゃないし、お望み通り別れてあげるわ」(もちろん、関西弁で言ったよ)みたいな感じで年上のいい女を演じました。

 

・・・で、彼が好きになったから私と別れたいといった相手の女のコよ!!彼と同い年で同じ大学!めっちゃ綺麗&可愛い!

私の時と違ってイチャイチャと人前で・・・すれ違う度に気まずいし、何か私の時との違いにもやもや。笑い泣き

あー、これがいわゆる「お前は1人でも生きていけるけど、彼女は俺なしじゃダメなんだ」とかそういう感じ?ニヤニヤ

くはー、バカらしいね。(ちなみにこの彼女ですが、友達が本当に少ない私の親友として今でも帰国するたびに逢っていいるのですよ。めっちゃ仲良しなの。人生は本当に面白い。ちなみに彼女が結婚しているのはこの彼ではありません)

 

もう、いいや!!日本はもしや私の居場所ではないかもな!!そう思った21歳になりたての7月、夏休みを利用してヨーロッパ5か国無計画旅行に出たのです。

イタリアのローマ着、一か月半後にフランスのパリから日本へ立つ航空券を(オープンジョーチケット、懐かしいね。)手にイタリアからはフェリーでギリシャ、ギリシャからは飛行機でオーストリア、オーストリアからは飛行機でスペイン、そしてスペインからはバスでフランス、と1人で途中の乗り物や宿などは現地で調達しながらバイト代を全部つぎ込んでひたすらヨーロッパを周りました。

今考えれば、よく親も許してくれたな、という感じですし(すっごい放任主義でした)本当に生きて帰れたのが奇跡なくらい無謀で危ないのでおススメはしません。1人で1.5か月分の荷物を持ちまわる大変さも中々のものですし。

まぁ、私も死んだら死んだでいいや、くらいの気持ちで行きましたよ。それくらいの気持ちで行くならやってもいいかと。

死んだら仕方ない、は本音ですがなぜか死なない確信もあったのです。なぜかと言うと、私占いとか霊感とか前世とかあまり信じない方なのですが(絶対にないとは言い切れないけれど)何度か「見える」という人に「すごい強力な武士の守護霊がついているんですね」ってランダムに言われたことがありうちは両家共に先祖に武士がいるので(母方は兵庫県の赤穂の武士、父方は新潟の村上の武士です)それだけはもしや、本当??とか思っていたので死にたくても死なないかもって気持ちで旅に出たのです。

 

結果、広い世界を見て日本の便利さと良さ、ヨーロッパの素朴さと日本人とは全く異なる対応の仕方に触れとても刺激を受けて帰ってきました。ちなみに1か月半のうち、一か月はスペインに滞在して語学学校でスペイン語を学んでいましたよ。(翌年にはスペインにまた語学を学びにいったおかげで話せるようになったのです)

1998年、7月から8月。私にとって忘れられない、人生で最も充実した時間を過ごせました。

彼と出会って振られたとこも、その振られたきっかけになった彼女と今も仲良いこともあのヨーロッパ旅行をしたことも、そしてその年、1998年が私の現在の夫である人がイギリスに移住して仕事を始めた年であることも今となっては意味のあることだったのだと思えてくるから不思議です。

 

別れは私を強く、柔軟にそして新しい価値観と人生へと導いてくれました。

 

私に霊感があったらなぁ。武士の守護霊さんみてみたい。上杉謙信のスタンドみたいな感じやったらかっこいいなあ。でっかくてゆらぁって感じで私の背後にそびえてるの。

少年漫画大好き、永遠の中二病なのよ、私。ラブラブ

別れが人を強くした

 

 

 

 

 

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