書名:護りと裏切り 上
原題:Defend and Betray
作者:アン・ペリー(イギリス作家)
出版:創元推理文庫
内容:クリミア戦争でナイチンゲールのもと働いたヘスター・ラターリィは、両親が亡くなった報せを受けてイギリスに帰国した。父親が財産を失って亡くなったので相続した財産はなく、兄に養ってもらうことを良しとしなかったヘスターは看護婦として自活している。1857年4月21日、ヘスターは看護している雇い主ティップレディ少佐に休みをもらい、リージェンツ・パークで友人イーディス・ソーベルと会った。ヘスターが顔色の悪いイーディスを心配すると、彼女の兄サディアス・カーライル将軍が亡くなったという。昨夜、ファーニヴァル家の晩餐会でカーライアン将軍は階段の踊り場の手すり越しに甲冑の置物の上に落ち、鉾槍(ほこやり)に胸を貫かれて死んだのだ。ヘスターが不運な事故死にお悔やみを述べると、イーディスは就職の相談をする。未亡人のイーディスは実家で暮らしており、経済的に自立したいのだという。ヘスターが紹介できる仕事を探すと約束すると、イーディスに来週の土曜日のお茶に招かれる。5月2日の午後、ヘスターがカーライアン家を訪ねると、出迎えたイーディスは警察の調べで兄が殺害されたと分かったと話す。さらにお茶の最中に執事が入って来て、カーライアン将軍の妻アレクサンドラが夫殺しの容疑で逮捕されたという手紙を持ってくる。義姉の犯行が信じられないイーディスに相談されたヘスターは、辣腕の法廷弁護士オリヴァー・ラスボーンと、元警官で私立探偵のウィリアム・モンクを紹介する。事件の調査を引き受けたモンクは、失われた記憶の一部である夫殺しの容疑者だった女性の姿を思い出し……。ヴィクトリア朝ロンドンが舞台のミステリ。『ウィリアム・モンク』シリーズ第三弾。
※原書初版1992年
アレックス:アレクサンドラの愛称
カス:カッシアンの愛称
ヴァル:ヴァレンタインの愛称
バッキー:バカン(姓)の愛称
気疎(けうと)い思い
家族の女性だけが使う部屋なので、婦人用の居間と呼ばれている。
大きな黒板
「わたしが紫色の喪服を着るのは、おいやでしょう」
「紫は正式な喪の装いではありません。お兄さまはやっと埋葬されたばかりではありませんか。服喪のあいだは黒い衣装で通すものです。確かに葬儀は終わりましたがミカエル祭もこないうちから屋敷の外で藤色や紫色を着るなんて、非常に見苦しいことです」
「晩餐会の仕事についていたのはどの使用人でしたか?」
「厨房と食堂をあずかる者たちです」
「わたしと、従僕がふたり」執事は答えた。「わたしが客の応対に出ている場合には、ときおりパーラー(客間)メイドと階下の仕事をするメイドが給仕をしますがね。厨房にいたのは料理番がふたりとキッチンメイドがふたり、スカラリー(皿洗い)メイドがひとり――それからブーツ(靴磨き)ボーイですよ。この者は必要があれば荷物を運んだり、ときには頼まれ仕事をしたりするものですから」
「屋敷じゅう、どこへでも出向くのですか?」
「普通ではあまりないことですね」
「従僕と話がしたいのですが」
黒いズボンにシャツ、上には縞柄のベストという、よくある昼用の仕着せ姿だ。年齢は二十代前半