書名:引っ越し大名三千里
作者:土橋章宏(どばしあきひろ)
出版:角川春樹事務所 時代小説文庫
内容:徳川家康の子、結城秀康(ゆうきひでやす)の直系子孫である松平直矩(まつだいらなおのり)は、生涯七度の国替えをさせられ、「引っ越し大名」と渾名された。天和二年(1682)、五代将軍徳川綱吉が「越後騒動」を再審査した余波で、直矩は国替えのうえ減封を命じられた。十五万石の播磨姫路藩から七万石の豊後日田(ぶんごひた:大分県日田市)藩となるのだ。翌日、江戸城に出仕した直矩は、賂(まいない)を用意して大老・堀田正俊(ほったまさとし)に執り成しを頼むが無駄であった。しかも、その際に柳沢吉保(やなぎさわよしやす)と因縁ができてしまう。江戸屋敷に戻った直矩は、江戸家老と五回目の引っ越しを相談する。すると、今まで引っ越しを差配していた板倉重蔵(いたくらじゅうぞう)が亡くなり、家を継いだ者もいないと分かる。姫路城でも重臣たちが板倉の代わりを誰にするか悩んでいた。国替えの差配は過酷なうえ失敗すれば切腹であり、誰も引き受けたがらない。そのとき末席の御刀番・鷹村源右衛門(たかむらげんえもん)が、「かたつむり」のあだ名で知られる片桐春之介(かたぎりはるのすけ)を推薦した。鷹村の幼なじみの春之介は、家格は良いものの書籍整理の仕事という閑職である。誰もが押し付けたいと思っていた役目であるので、これ幸いと決まってしまう。さっそく城の書庫に出向いた鷹村は朗報を告げた。だが、藩始まって以来の鈍才と呼ばれ、書庫係の役目に満足していた春之介は嫌がる。そんな春之介を鷹村は重臣たちの前に連れて行く。国家老・本村三右衛門(もとむらさんえもん)に「引っ越し奉行」の役目を言い渡された春之介は断ろうとするが、「ならば腹を切れ」と迫られる。仕方なく春之介は「書物も一緒に引っ越し」させる条件で役目を引き受ける。失意の春之介だったが、不出来な息子を嘆く母・波津(はつ)は出世を喜び祝う。翌日、登城した春之介は、次席家老の藤原修蔵(しゅうぞう)に国替えについて叱責混じりの説明をされる。国替えまでの猶予はふた月、一番大変なのは巨額の費用の捻出であるが、今回は減封なので藩士をすべて連れて行くことは出来ない。藩を辞めよと言い渡す役目も自分だと知り、春之介は重圧を感じる。落ち込んでいる暇もない春之介は、勘定奉行・中西監物(けんもつ)に声をかけ、金を貸してくれそうな御用商人の目録づくりを頼む。中西に目録ができるまで倹約を考えてはどうかと勧められた春之介は、十五年前の国替え費用の帳簿を受け取る。金の記録はあっても引っ越し手順の記録はない事に気付いた春之介は、前任である板倉の遺族を訪ねる。板倉重蔵の娘・於蘭(おらん)は、手順書は残っていないと答えた。春之介に同情したらしい於蘭は、亡父の激務を手伝って覚えていることを書きだすと申し出てくれた。夕食を御馳走になりながら話を聞いた春之介は、翌日、板倉が使っていた口入れ屋・川北屋(かわきたや)を訪ねる。代替わりしたという店の主人・儀兵衛(ぎへえ)は、物価が値上がりしたと前回の四割増しの費用を見積もる。驚いた春之介は話を決めずに帰り、鷹村に相談すると「お前が舐められているのだ」と笑われた。翌朝、国替えの際に提出する郷村高帳(たかちょう:年貢の取れ高)作成の依頼を郡代に頼んだ春之介は、他の口入れ屋も訪ねてみた。午後、鷹村がやってきて春之介を連れて川北屋に赴き、費用をふっかけた事を見抜いて凄む。すると、春之介が最初に提示した値段で引き受けると儀兵衛は申し出るが、春之介は相場を調べてもっと値段が安い事を知ったと反論し、さらなる値切りに成功した。次に春之介が着手したことは、藩士の家財道具の半減であった。引っ越しの荷物を減らすため、春之介は藩士の家を一軒一軒回って強引に捨てさせていく。だが、藩士たちから苦情が上がり、次席家老からは手本として書庫の本を捨てるべきだと迫られる。肩を落とした春之介は、城の書庫に引きこもった。そして、飲まず食わずで過ごした四日目の夕方、心配してやってきた鷹村の前に出てきた春之介は、中庭の炉で城の書物を次々と燃やした。焚書で怖いものがなくなった春之介は、重臣たちの家財道具も容赦なく減らしていった。春之介は苦しい仕事の合間に、於蘭の家を訪ねて相談や休息をとっていた。鷹村には「於蘭を娶れ」と焚きつけられたが、春之介はなかなか言い出せないでいた。荷物の件が済むと、春之介は中西とともに金策に出かける。ところが、訪ねた廻船問屋の和泉屋では、逆に次席家老に贈った賂の返還を求められる。進退窮まった春之介は土下座で頼むが、中西は播磨の名酒の販路を広げる取引を持ち掛け金を引き出す。国替えが七日後と迫ったなか、次席家老に墓の移転を相談される。さらに藩士を辞めさせる者たちの人事について春之介に尋ねる。春之介は藩士の俸禄を下げて辞めさせる人数を抑えるつもりだと答える。引っ越しの差配で春之介を恨む次席家老は、否定的な物言いをする。一方、江戸留守居役・仲田小兵衛(なかたこへえ)は、胃痛を抱えながら金策に走り回っていた。また松平家が出た後の姫路藩に国替えする福島藩本多家の留守居役・松井頼母(たのも)と情報交換を行う。そんな小兵衛に、江戸家老が引っ越し奉行の活躍を教える。引っ越し費用半減の話に希望を見出した小兵衛は国元に帰り、春之介と次席家老が話し合っていた場に現れる。藩主・直矩の意向は藩士を辞めさせないことだと聞いた次席家老は退散する。小兵衛と策を話し合った春之介は、書物で得た知識をもとに提案する。度重なって転封させられることが多い親藩は、減封も加増もある。ならば、ふたたび加増された時に再仕官できるよう、辞めた藩士に姫路で帰農してもらおうというのだ。さすれば藩の墓守もしてもらえる。こうして五百人の帰農組を残し、春之介たちは姫路を出ていくことになる。藩士たちを辞めさせた春之介は、自分だけ結婚できぬと於蘭に別れを告げに行く。だが、於蘭は自分で費用を捻出し、日田について行くという。遂に春之介も思いを告げ、共に旅立つ。しかし、港では嵐のせいで船に乗れず、藩士一行は立ち往生。乗船を待っているだけで宿代が……。果たして国替えは成功するのか?史実を基にした時代小説。
※本書は、『ランティエ』2016年2月号から4月号に掲載された連載を、大幅に加筆修正したもの。
郡代:領地領民をとりまとめる役目の者