はりねずみのジレンマ

はりねずみのジレンマ

最初に決めた二人の約束は、破られてしまいました。

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「ムカつかないの?」
   ぜんぜんとは、言わないけど。もうそういう次元じゃなくなった。

「この女と最近あってるらしいの。」
   そうなんですね。楽しそうで良かったです。

「・・・なんとかしなさいよ。」
   いや・・・なぜ、私に言うんですか?なんで、私に。

「あなたのせいだから。絶対に逃さないから」
   大野くんと私、もう関係ないですよ。連絡先も知らないし。

「だから、なに?」
「あんたのせいだから。あんたのせいだから!!」


急に大声で同じ言葉を繰り返す目の前の人は、もう戻ってこれないのかもしれない。
人だかりが出来始めたけれど、私は周りからの問いかけにも答えられなかった。
しばらくすると、誰かが呼んだ警察官がやってきた。


   

 
大野くんのことも貴子さんのことも、結局、どうなったかわからないまま、
時間だけが過ぎました。
ふと思い出すときもあったけど、日々の生活の中ではそんなに重要なもの
ではなくなった、と自分でも感じるくらいにまでは、遠いことになっていました。

それが、急に現実の出来事として、
貴子さんが私の職場にやってきました。

私の職場は、受付で呼び出しを受けて初めて対応できるのですが、
「妹」と名乗ってきたあの人に困惑しました。
だって本当に妹の名前を名乗っていたので。

「なんで、ここに?」
私は、どんな顔をしているのか自分でもよくわかりません。
「私のこと、無視するから」
貴子さんは、そう言って写真を差し出しました。

そこには、大野くんと知らない女の人。遠目の写真でしたが、二人は笑い合っているように見えました。
その年の終わり、貴子さんは女の子を産んだ。
なぜか、私に名付け親になってほしいと、手紙が届いた。

その日は、忘年会で私はしたたかに酔っていた。
差出人は苗字だけで、誰だかわからなかった。
わかっていたら開けなかったかもしれない。

貴子さんの意図がわからなくて、このままほっておこうかとも思った。
生まれたら、名前を役所に出すのに締め切りがあるはずで、返事をしなければどうにかなると思った。消極的解決だけど。

正直、関わりたくなかった。
貴子さんを置き去りにして、私は車を出しました。

なんだか心の置き場所が安定してなく、自分のなかでいろんな形に変化している。

とりあえず、お腹が空いた。
手近な店で、ミートソースを頼もう。

実際、ミートソースを目の前にすると、全然食欲はなかった。
それでも、食べようとすると、真っ赤なソースは私の服に飛び跳ねた。

こすっても落ちないそのシミは、もうどうでも良かった。

理不尽だとも思ったけど、大野くんのこと、もうこれまでにしようと思った。

クライマックスは案外盛り上がらないなと、思った。
くっついたとしても温度が低いといびつになって、外れる。
私は、結局だれも本当には愛せない。笑いしかでなかった。

その日の夜、自宅に帰った私をなおちゃんは何も言わず、抱きしめてきた。
全部、知っていたんだなと思った。

私となおちゃんは、まだ。
今も。
一緒にいる。
しばらく続いた貴子さんの言いたかった言葉たちは、それしか愛される方法をしらない女のセリフで。

私は、電話をかけました。すぐに「かのさん」と応答がありました。
「ねえ、大野くんは、貴子さんの事情、いつから、知ってたの?」
息を飲む音。
沈黙。

「・・・結婚した、その日から」

愛は、苦しいだけなんだろうか。
なんで、こんなに、幸せになれないんだろう。

大野くんから聞いた貴子さんとの話。あれはどこまで本当だったんだろう。
あれは彼の思う理想の結婚生活だったんだろうか。
沈黙を守って結婚生活を続けることが、大野くんの「愛」だったんだろうか。

「あなたの愛は、わからない。」私は、つぶやいた。
大野くんの愛は、奇妙だ。無理やり飲み込むくせに、欲しがりだ。



「妊娠してるでしょ?貴子さん」

あの人は、急に押し黙りました。
無意識なのか歩く時、お腹をかばう感じがして、カマをかけたつもりだったけど。


「お兄さんの子ですか?」


本当は、こんなこと言うつもりはありませんでした。
でも。


「それがなにか?」

あの人は、普通に答えてきました。

大野くんの悲しみがそこにあった気がした。
これが、現実だったんだ。

私は、たぶん、すごくあわれむ目であの人をみたんだと思う。
思いきり、ひっぱたかれ、呪いの言葉をずっと吐き続けられた。
そして、お兄さんとの関係を一方的に聞かされた。

もう、気持ち悪い何かにしか見えなかった。
それから しばらく無言でした。

実際、なにをしゃべったらいいのかわからない状態でした。

まず、あやまるべきなのかもしれない
それとも、なんで呼び出したんですか?と聞くのか。
それとも、それとも・・・

「大野は、どんな様子ですか?」

え?
あの人の言葉にちょっとびっくりしました。
「え・・・どんなって・・・昨日、友人の結婚式であった時は、痩せたかな?とは思いましたけど。喋ってないから、どんな様子・・・すみません。わかりません。」
質問された意味がわからなくて、つい謝ってしまいました。

私の言葉が変だったからか、あの人にフッと、苦笑いされてしまいました。
「あなた、ばかでしょ?」

あ、言われてしまいました。それはうすうすわかっていたから。

「大野は、あなたに言ってないのね。私たち、別れたの。」
「奪いたいなら、もっとガツガツ来なさいよ。あんた見てるとむかつく。」
「なんなの二人して私をばかにして!」
「心でつながる?あたしが、大野を育てたの!なのに。」
「あんたにあたしの代わりがつとまるわけがない。」
「他に男なんていくらでもいるでしょ。」「兄も大野も私のものなのよ!」

私は、あまりの剣幕にびっくりしたけど、でも聞けば聞くほど、冷静になれた。
本当に大野くんのことをこの人はこの人なりに愛してたんだろうなと思う。でも、
「すみません。別れたということ知りませんでした。私、あなたの代わりをつとめようとは思ってません。」

私、この人を今、すごく傷つけようとしている。
「私、大野くんとは一緒に暮らしたり、妻になりたいとは思ってません。」
「それに、お兄さんのことは私に関係ないです。」

本当に、なんかすごく毒を吐きたくなった。
約束の時間ちょうどに電話はかかってきました。私は自分のいる場所を説明しました。
ツアー客に混じって、あの人が近づいて来ました。
地元の駅で会って以来、何年たっただろう。かわいい人は変わらずかわいい人でした。
私が会釈すると、あの人も立ち止まり会釈をかえしました。お互い何も言わずしばらく相手の顔を見ていました。

最初に、口火をきったのは、あの人でした。
あさみさんですね?
私は、小さく深呼吸してはい。とだけ答えました。

あの人は、私は貴子です。
ご存知ですよね?
口元だけにかすかに笑いがありました。
今帰仁城跡には、行ったことがなかった。
ここから、どのくらいかかるかわからないから、まずはパソコンで調べて。

時間をみると、最低でも8時にはここをでないといけない。

身支度をして、レンタカーの予約をして、ロビーに降りようとエレベーターに乗った時、ふと中の鏡に映った自分と目があいました。

・・・かっこわるい。
眉間の皺が神経質そう。口がへの字。なんだろう。この服ヘン。
化粧が濃い。

・・・部屋に戻ろう。
仕切りなおそう。私らしくない私で行っても、きっと私が後悔する。

30分後、力の抜けたいつもの私で、ハンドルを握りました。
そして今帰仁城跡、着きました。
自然に目が覚めたのが、朝の5時。
まだ、ほんのり薄暗い室内に携帯のピカピカと低い振動音。

私の良くないところは、確認せずに出てしまうところ。
「はい」

「・・・これで満足かしら?あさみさん」
誰??

「10時に今帰仁城跡に来てくれますよね?」
「また、その頃に、電話します。絶対に来るわよね?」
ガチャ。


・・・きっとあの人。修羅場は突然くるの?
とりあえず、腹はくくった。