神護寺(京都市右京区) | 三日月の館

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所在地  京都府京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
山号   高雄山
宗派   高野山真言宗
本尊   准薬師如来(国宝)
創建   天長元年(824)
開基   和気清麻呂

 

和気氏の私寺に端を発する寺で紅葉の名所です。

 

【神護寺】

高雄山と号し、高野山真言宗の別格本山である。
当寺は起源は、もと高雄山寺といい、天応元年(781)愛宕五坊の一つとして建立されたといわれ、また和気清麿が河内国(大阪府)に建てた神願寺を天長元年(824)この地に移し、空海(弘法大師)が住持となって、神護国祚真言寺と改稱した。
その後寺運は次第に衰え、寿永3年(1164)文覚上人の中興もあったが、応仁の乱で再び衰え、豊臣・徳川氏などによって漸次修営され、現在に至っている。
大師堂(重要文化財)は桃山時代に再建されたもので納涼房といって、もと空海の住房であったと伝える。
また鐘楼にかかる銅鐘(国宝)は貞観17年(875)の鋳造で橘広相の序詞・菅原是善の撰銘・藤原敏行の書で古来三絶の鐘といい、著名である。
金堂内の薬師如来立像・多宝塔内の五大虚空蔵菩薩坐像(いずれも国宝)のほか、多くの重要文化財を有する。

京都市

 

神護寺へは、京都駅からJRバスに約1時間乗り山城高雄バス停下車。

階段を下りて行きます。

朝一番でやって来たので、途中の茶屋はまだ開いていなかった。
もみじの天婦羅が食べれるらしい。

11月後半はちょっと遅かった。

九十九折の階段。

夜はライトアップされます。

高雄橋。

清滝川を渡ります。

パンフレットの境内略図。

下乗石の所から階段。

高雄茶屋のヘアピンカーブ。

登って行くとまた高雄茶屋。

麺に自信あり。

でも、おすすめは「もみじセット」。

お地蔵様。

硯石。
空海が神護寺にいた時、勅額の依頼を受けるも突然の五月雨で橋が流されてしまい書きに行けなくなってしまった。
そこで、この石を硯として筆に済を含ませ、対岸に立て掛けた額に向けて筆を投げた所、見事に「金剛定寺」の四文字が書かれたと云う。

さらに登る。

高雄茶屋を見下ろす。

楼門が見えてきました。

楼門。

楼門脇に本坊。

覗いてみる。

ここで入山料を払って入ります。

楼門から見た境内。

境内絵図。

入ると北側に書院。

書院の西側に宝蔵。

宝蔵の西側に和気公霊廟。

霊廟の様子。

霊廟と明王堂の間を登ると、

鐘楼がある。

明王堂。

扁額は七代目市川団十郎が揮毫。

五大堂へ向かいます。

五大堂と毘沙門堂。

五大堂。

毘沙門堂。

近くに大師堂。
国の重要文化財。

ちょっと地蔵院へ寄り道。

竜王堂。

途中に閼伽井。
弘法大師が灌頂の浄水として使用するために掘ったと云う。

地蔵院。

地蔵院付近の紅葉。

ここでかわらけ投げ。

かわらけ投げ発祥の地と云う。

山にむかって、

えいっ!

スッキリしたので戻ります。

金堂へ向かう。

振り返る。

金堂。

金堂の奥に、

多宝塔。

さらに奥へ進む。
まず右へ。

静寂につつまれた森の奥に、

和気清麻呂公の墓。

墓の上部に碑が建つ。

戻って、今度は左へ進む。

さらに心細くなる山道を歩く。

約15分で性仁法親王墓と文覚上人墓に着く。

性仁法親王墓。

文覚上人墓。
俗名は遠藤盛遠といい、神護寺中興の祖。

墓所からの眺め。

遠くに京都タワーが見えた。

あとちょっと登ると高雄城に行けたらしいが戻る。
最後に御朱印。

硯石からバス停付近を見る。

付近の案内図。

せっかくここまで来たので、名物高雄だんごを食べて、

西明寺へ向かいました。

 

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