場所 高知県南国市比江
土佐国の国府は南国市にあったと云う。
土佐国分寺境内の西側。
総社が鎮座。
元は国分新町の南方にあったと云う。
県立歴史民俗資料館で購入した本。
この本が大変役に立った。
まずは国分新町の南へ向かいます。
土塁。
土佐国分寺境内の東南隅に案内板。
←岡豊城跡(岡豊山)2.8km 土佐国衙跡→
距離の明記は無かったが、岡豊城跡程遠く無いはず。
東へ進む。
南に地蔵渡しが見えた。
北を見る。
かつて総社が鎮座していた辺り。
突き当たった県道45号線を北上。
土佐国府跡地名図によると、この辺りは「仏堂寺」。
水路の西側が「門田」で、こちら側が「神主ヤシキ」。
と言う事は、この北側に総社があった。
笠の川通バス停付近が「国分新町」。
県立歴史民俗資料館にあった航空写真。
東へ進む。
畦道の北側が「九日田」。
南側が「南屋敷」。
「九日田」。
畦の東側は小字が「堂ヶ内」。
「南屋敷」。
ここに屋敷があったなんて…
内裏南西隅。
ここから北へ。
「本屋敷」の北側。
「内裏」の北西隅。
「内裏」の北半分には紀貫之邸跡(国司館跡)がある。
説明板。
古今集の庭。
説明はココ。
国府の碑。
南側。
千載不朽の碑。
紀子旧跡碑。
月。
土佐日記の碑。
紀貫之説明板。
「内裏」の北東隅。
「内裏」の南へ戻り、南下。
右、「南屋敷」。
左、「松ノ下」。
「内裏」を振り返る。
鍵曲り。
「南屋敷」、「松ノ下」。
「直道」、「神木」。
正面の田んぼの小字は「太郎三郎ヤシキ」。
右、「府中」。
左、「内日吉」。
ここが「府中」。
町があったのかな?
十字路。
「府中」、「内日吉」。
「金地武士供」、「国庁前」。
グランドのある所が「国庁前」。
「国庁」の南西隅。
北へ進む。
右、「国庁」。
左、「内日吉」。小字は「オノ武士供」。
ビニールハウスがある所の小字は「宝憧寺」。
ここに説明板があります。
田んぼの中に国庁跡の碑がある。
畦道を進む。
土佐国衙跡の碑。
「国庁」を見渡す。
「国庁」の東側から土佐国衙跡を見る。
右、「新田」。
左、「神ノ木戸」。
右、「矢取田」。
左、「神ノ木戸」。小字は「上村武士供」。
国府域の北。
右、「宮ノ前」。
左、「辻」。
日吉神社参道入り口。
近江坂本の日吉神社を勧請したと云う。
一周しました。
地名図が無ければ、ただ碑を見ただけで立ち去ってしまったことだろう土佐国府跡でした。





















































