第九十一話(三谷和助) | さらさの「粗野がーる」

さらさの「粗野がーる」

アメーバの携帯ゲーム「艶がーる」の主人公を、28歳・恋愛偏差値20の女性に置き換えた実験的小説を書いています。

あくまでフィクションなので、深く考えずに読んでください

「けいきさん」が、一橋慶喜だとの確信を得てから、数日。


秋斉さん連日、夜更けまで他出し、早朝の鍛錬から戻るともういない。

山崎さんともあれっきりだし、中川宮や越前福井の殿様に対する天誅予告が乱れ飛ぶ市中は、はなはだ危なっかしいのに、新選組の姿を見かけない。


もやもやはするが、黙った置いていきはしないという土方さんの姿を信じ、私は、自室で鞘を払った刀身を眺めていた。

正確には、「ハバキ」と言うらしい、柄と刀身の境部分の細工を。


慶喜さんに頂いた刀だ。

人の命を奪う道具だと思うと重すぎて、袋から出すことすらしていなかったものを、先日改めた。

おっかなびっくり抜いてみて、露わになったハバキを目にして、なんとも言えない心持になった。


そこには、慶喜さんの羽織に入っていたのと同じ、三葉葵が透かし彫りにされていた。

なにもあんな派手な身バレシーンを展開せずとも、この刀の鞘を払いさえすれば、慶喜さんの身元は割れていた、ということになる。

自身のことについては、何を聞いても、のらりくらりとはぐらかしていた慶喜さんは、本心では私に正体を明かしたかったのだろうか。

だとしたら、ずいぶん迂遠なやり方だ。そこにあるのは、迷いか茶目っ気か。


知って欲しい、でも、知られたくない―――相反する思いは、予想外に生々しく私に迫ってきた。

胸の中が波うち、うねる感情の名前を見つけられないまま、涙ぐむことすらした私は、毎日こうして刀を眺めている。

いまだ胸は騒ぐし、目頭が熱くなる理由も掴みかねてはいるが、ひとつだけ決めていることがある。


―――変わらずにいよう。

今まで通り、無闇にかしこまることなく、けれど感謝だけは忘れずに。


「おい」


突然、障子が開いて驚いた。

プライバシー意識などほぼない時代ながら、閉まっている障子を声もかけずに開け放つ人は、藍屋にはいない。

振り返って更に驚いた。


「三谷さんっ?」

「いかにも」

「なんで、ここに、えっ、あれっ、番頭さんは?」


私への来客があれば、帳場の番頭さんなり、彼に命じられれた男衆なりが知らせてくれる。

帳場を通らずここまで来れるはずもないから、もしかして帳場は空か。刀に見入るあまり、留守番依頼の声かけを聞き逃したかと、大いにあせる私を尻目に、三谷さんはズカズカと室内に踏み入ってきた。

我が物顔で腰を据えて、言い放つ。昼日中から釣りなどしていたから、太平楽な侍くずれかと思っていたら、腰の大小は外したが、左手に握ったまま。

わざわざ回り込んで、障子を正面にするのも用心深い。

極めつけは、言い放った言葉の胡散臭さ。


「屋根伝いに来た故、帳場は通っておらん」


おまわりさーーーーんっ、曲者です!


叫びたいのを、ぐっと堪えた。

桶一杯の魚の恩もある。とりあえず、言い分を聞こうじゃないか。


「なぜ」

「枡屋に聞いたのだ。藍屋に面白い女中がいる、と」


私は、なぜ屋根伝いに来たのかということを聞きたかったのだ。

でも、突っ込む気も吹き飛んだ。


「枡屋さんとお知り合いでしたかっ」

「ああ。まさか、あの折の魚女だとは」


魚女、とな。


「もしや、『藍屋のかっこええ男衆』というのも、お前のことか」

「―――なんですか、それ」

「祇園の舞子共が噂していたんだ。たまに使いにくる、「サクタ」なる島原藍屋の男衆が、役者みたいな男前だと」


さくた。おしいっ―――じゃなくて。

なんて嬉しくない噂なんだろうか。

さすがに島原では、私が女であることは知れ渡っているけれど、たまに届け物をするくらいしか接点のない祇園のお茶屋の舞子さんたちには、いまだ男と思われているわけだ。

がっくりと項垂れた私に、三谷さんはおかしそうに声をたてて笑った。

「そう気を落とすな。枡屋殿、『頭がよくてかいらしい』と褒めていたぞ。もっとも・・・・・」


一旦言葉を切って、私の視線を引きつけた上で、三谷さんはニヤリ笑いをして見せる。


「あの男は、どんな女にでも『かいらしい』ところを見つける天才だがな」
「・・・・・・」


上げておいてすぐさま落とす。
意地悪な人だ。さすが、悪人笑いが似合うだけはある。


「で、わざわざ見に来たんですか?随分お暇なんですね」
「絶対気に入るはずだと、枡屋に太鼓判を押されたんでな。そうまで言われては見にこないわけにいかぬだろう」


私の精一杯の嫌みにはとりあわず、三谷さんはずいと膝を詰めてきた。
詰められた分だけ思わず後ずさり、すぐに文机に突き当たる。

両脇に手をつかれて退路を断たれ、覆いかぶさる形で顔を覗きこまれた。

最初に声をかけられたとき、驚いて刀を鞘にしまってしまったのが悔やまれる。

荒削りだけど目を引き付ける魅力のある不敵な顔には、相変わらず人の悪い笑みが浮かんだままだ。

からかってやろうという意図が見え見えの三谷さんを、動揺してなるものかと、私は表情を消して見つめた。

お手本は、秋斉さんだ。

でも、やはり私では、役者が不足。秋斉さんのように、ブリザード召還はできない。

まったく怯んだ様子のない三谷さんは、無遠慮な視線を散々私に浴びせ、そろそろ拳で語ろうかと思い定めた頃、漸く体を離してくれた。


「お前、誠にに女か?」
「はあっ?」


うっすらとあばたの浮いた鼻を不満気に鳴らし、思いもよらない言葉を浴びせてきた三谷さんに、苛立ちがつのる。
あれだけ間近で眺めておいて、今更何を言い出すのだろう。永倉さんでさえ、この至近距離なら気づいたというのに。


「この俺に見つめられて、目も逸らさなければ赤くもならんとは。到底女とは思えん」
「どっ・・・・・・」


どっから湧いてくるんだ、その自信はーーっ!

「だが、面白い。肝の据わった女は好きだ」


絶句する私に、一人納得して、三谷さんは表情を改めた。


「時に、藍屋はいつ戻る?あれの難儀顔も拝んでおきたい」
「知りませんっ」

この人、あれだよ。

誰かに言動が似ていると思ったら、セクハラ原田にマイペース沖田を足したような人格だよ。
イコール、手に負えない。

関りたくない。


「私、忙しいので。帰ってくださいっ」


腕を取って引きずり立たせ、廊下に追い立てた。


そのままぐいぐいミセまで押し出すも、三谷さんは、「つれないことだ」などと、ニヤニヤとされるままになっている。

まるで堪えない様子にわなわな震えていると、又吉さんが塩壷を差し出してきた。

帳場から顔を出した番頭さんが、「なんや、誰や、いつのまにっっ」と騒ぎ立てるのとは逆に、又吉さんは落ち着き払っている。


「今日のところは帰るとする。まともに話もできなかったしな」
「それは、貴方のせいでしょうよっ」


噛みつく私をやっぱり全く意に介せず、「またの」と去っていく飄々とした着流しの後姿に、「二度とくるなーーーっ」と叫んだ私の声も、舞い散った塩の華も、微塵もダメージを負わせることなく虚しく地面へと落ちて行き―――男をこっそり連れ込んだ上、高い塩を無駄にした、と番頭さんに渋い顔をされた私だけが、怒られ損だった。


第九十二話に続く

幕間小話あり→「そりゃないぜ、兄貴」へ

※粗野がの三谷さんは、公式より、お武家っぽく話す。いいとこの坊だし、江戸暮らしもしたことがあるから。

でも、気を抜くと長州訛りが顔を出す。


そういえば、初出では、ちゃんと玄関から来ていたし、さくらは台所に一人でいた。

でも冒頭の刀の部分を加筆したので、ちょうどいいから、公式三谷さんっぽく不法侵入してもらった(・∀・)


そのことに、番頭さんはまったく気づかず、又吉さんは気づいているっぽいのもミソ(°∀°)b