人生。
もうすぐ息子の誕生日なんだよ。
あの日のことはよく憶えている。
小雨の降る肌寒い日だった。
買ったばかりのスリーブレザーのアワードジャケットのポケットに
手を突っ込んで、脚を組んで待合室でふんぞり返っていた。
30分ばかり待っていた。
あんまり息子が腹の中から出てこないので遊びに行ってしまった。
息子の生まれた病院のそばに高校の先輩の経営する美容院があったのだ。
完全予約制なので真昼間でもぽっかり時間が開くことがある。
午後2時のことだ。
あろうことにか、そこで酒盛りを始めたのだ。
ヱビスだ。
二人で中びんを5本。
つまみはミックスナッツだった。
息子がうまれたのだ。めでたい酒だ。
その美容院を経営していた先輩は
感動社より一回りちょっと上だったから、
いいオヤジだ。
しかしあまりでっかい冷蔵庫の
置いてある美容院はない。
しかも中にはいっているのは、
ヱビスとギネス、それにジャック・ダニエル。
あの頃はそんなふうに昼間っからよく二人で飲んでいた。
それで、そのまま二人とも仕事に戻ったのだ。
よき時代だった。
週に一度くらいは朝まで飲んでいた
夜中の美容院でだ。
古いジャズを流していた。
感動社はジャズには疎い。
なんでもブルーノートレーベルとか
いうものだったと思う。
そこでバーボンのロックをすすりながら、
昔のガールフレンドのことや
もっと昔のガールフレンドのことや
今のガールフレンドのことやらを
ようするに女の話を朝までしていたのだ。
平日だ。
そのまま二人とも仕事に戻ったのだ。
よき時代だった。
ただその美容院のすごいところは
完全予約制だから予約さえ入ればどんな時間でも店を開けることだ。
夜中の二時だろうが、明け方の五時だろうが、予約が入れば店を開け、きっちり仕事をこなす。
髪を結う。
そんなオヤジの経営する美容院だった。
だった。と書いた
今はもうその場所には無い。
そのオヤジは山の中に引っ込んでしまった。
一番、最寄のJRの駅からオートバイで40分ばかりかかる。
立派な山の中だ。
そこに美容院はある。
普段は奥方が髪を結っている。
どうしても、という客が予約した時だけ髪を結う。
それ以外の時は
夏は鮎釣り、冬は狩猟。鴨や猪をウィンチェスターの散弾銃で撃っている。
そんなほとんどリタイアみたいな生活を60歳を前に送っている。
ちょっとした物の見方の違いから
そのオヤジとは五年ばかり会っていない。
そんな人生もある。
そうじゃない人生もある。ってことだ。