彼れ、返り言に、二つ三つ、ほど良き言をいらへせしが、イタリイびと、これを受けて、またも笑まひて、
むさむさとしたる口髭の藍鼠なるを、せはしな気にそゝくり撫でける。
それなる髭には、匂ひ油など染ませあるにや、い寄りて嗅がま欲しうなりにき。
三たりの者らゐ着きて、さて、わづか口開けそめて物云ひけるに、Kには、
これなるイタリイびとの云ひ成す事の、たどたどしうのみ思ひ分くばかりなるを知りて、いとゞ心いられしたりき。
緩るかに穏ひかに話したらば、ほうど、ことごとく思ひ分くを得るなれど、かゝる事、わづかなるのみにて、
およそは、言さやぐ、から歌のうたてある物云ひにて、楽しき事、このうへなしと云はんさまに、かしら振り振りしつ。
しかるを、かゝるさまに話すうちに、掟あるにや、いづれか言の鄙びたるに紛れ入りにけるなり。
K、はや、かゝる鄙びたる言の、イタリイ言葉とは覚ゆる事あたはざりしが、出店の主は、聞くに聡きのみならず、みづからも話しもしたりける。
さはれ、こは、Kにも予て思ひ知るにあたはざるものにはあらざりし。
これなるイタリイびとは南イタリイの出いたり、出店の主もまた、二た、三とせがほど、それにありし事あればなり。
兎まれ角まれ、Kには、このイタリイびとゝ心のうちを共に為す事あたはざると、およそ覚らざるを得ずなりにける。
この男のフランス言葉も、いたう聞き分け難く、唇の動きを見ば、或ひは知れるやと思へども、髭の為に、これも隠されゐたりしなり。