「あるべかしうはあらざりしとや。」とレニ問ひ返しぬ。「あら、如何なればか。」と。
ブロクは、いとゞ険しきまなざしもて、をみなのおもてをまぼりしかど、
これなるをみなには、遙か昔にも云ひ渡されけん判官の言葉を、己れに勝りざまに導くを得る力、これ備へゐたると思ひゐるがさまなりき。
「あるべかしうあらざりき。」と弁護の士云ふ、「我れ、ブロクの事を云ふや、即ち、判官殿、ゆゝしと云はんばかりの面持ちさへしたりしか。
「ブロクの事は、な云ひそよ。」と云ひしは。「かの男よ、我れが頼み手なる。」と我れ云ひたり。
「汝しは、ならず者に使はれゐたるなり。」と云ひぬ。「かの男の事のわづらひを、ならずとて、諦めゐたる者には、我れあらず。」と我れ云ふ。
「汝しは、ならず者に使はれゐたるなり。」となん、更に繰り返されたり。
「さるものとは思はじ。」と我れ云ひ、「ブロクは公事に心を入れ、事柄の成り行きを、つぶさに尋ねゐたり。
我がいへに住まゐすると云ふとも、さま異ならず、常に常に新たなる事のさまを習ひなんとしゐたり。
かゝる心ばせ深きは、めづらかならずや。そは其れ、人のほど、好ましき奴ばらには、これあらず。
仕来たりには、およそ敵はず、卑しき奴つこなれど、公事に於いては、望月の欠けたる事はひとつとて無し。」となん。
望月の欠けたる事の無く云ひ成して、殊更に云ひそしけるは。しかりしかば、かく云はれしか。
「ブロクはあざときのみなるは。繁けく聞き合はせて、広く知り得、公事を延び延びに為すゝべを心得ゐたり。
さりながら、あやつの物知らずなるかた、あざときなるに増して、遙かに大きかりし。
己が公事、これ未だ緒にも就かずなどゝ聞きなば、更に、公事の始まりを告ぐる鐘さへ、未だ鳴らずなどゝ教へ立てなば、かの男よ、何とか云はん。」と。
控へてゐよ、ブロク。」と弁護の士云ひぬ。将にブロク、膝よりよろめきつゝ立たんとし、その心を問はんとする兆しを見せければなり。