「何ゆゑ、かくは在る。」と弁護の士問ひぬ、「悪しき時に来ぬる者よ。」と。
「御呼び参られしには御座るまいか。」とブロク、弁護の士に云はんより先に、己れ身づからに問ひ言して、
左右の手は身を守らんとするがにまへに立て、はや、逃げ出ださんとする構へなり。
「呼びけるは。」と弁護の士云ふ、「呼びしには呼びしかど、さはさりながら、悪しき時に来ぬる者よな。」となん。
さては、しましく間ありて、かく言を継ぎぬ。「いつのまさかも、悪しき時にのみ来ぬる者よな。」と。
弁護の士、話し出づるや、即ち、ブロクは臥しどの方へは目も遣らず、部屋の片隅かいづへに見入るが如く、
話し手の姿のまばゆくて目も当てられずと云はんさまにて、耳ばかり傾ぶけゐるさまなり。
しかはあれども、聞き取らんも難かりしものなるなり。弁護の士、これ、壁へ向けて話し、そのうへ更に声は低く口つき早ければなり。
「引き入るべう御望み参らせ候や。」とブロク問ひぬ。「来たりしうへからは、」と弁護の士云ふ、「をれとこそ矣。」と。
うたて、弁護の士、これ、ブロクの望みを叶へたりと云はんか、打ち撃たなんと威し付けたるにさも似たり。
しか云ふも、ブロク、まさに今や、真こそにふるひふるひつゝゐたればなり。
「我れや、昨日、」と弁護の士云ふ、「友たる、三たり目の判官殿のもとへとい行き、話をやをら爾が事に向かはしめつ。彼れが云ひし事、聞かんとするや。」と。
「お頼み申しまする矣。」とブロク云ふ。