さても、さ、したりなば、かくて訴への事、それまでより思ひ長閑まりて物せらるべきとなん、しか思ふがあるべき事なれ。
何んとなれば、弁護の士に口入れさせんと頼むは、訴への事の重荷を、己が身より、わづかにまれ除かしめんが為なる。
しかるを、あるべきにや、およそ逆しまなる事の出で来たりしか。
汝しに口入れさせんと頼みてより此の方、それまで思ひも寄らざるほどに、訴への事に心を懸けざるを得ずなりしはや。
己れのみなりしきはには、己が事のわづらひに何らの手もせざれ、さりとて、訴への事に思ひ及ぶ事、およそ無かりしか。
しかるを、弁護の士添ひたらば、かくて身の備へも調ひ、さてこそ、何ぞや手を入れられん事もあるべうこそあれ。
今や遅しと、いや頻きてふくらむる心ときめきを抱きつゝ、我れ、汝しが手配り為さんを待ちゐたりしが、あはれ、かたも無し。
如何にも、汝し、裁きの司の話を、様ざま語らはせ給へれ、こは、余のひとよりは得難き内うちの報せなりしやも知らず。
しかれども、事こゝに至りては、さばかりにては、はや、事足らざれ。
思ふべし、あたかも、訴への事、忍び入り忍び寄るかに、ひたひたと我が身に迫りつゝあればよ。」となん。
K、椅子を突き退け、もろ手を袂に入れて腕組みしつゝ、つと佇ちゐたり。
https://m.facebook.com/mitsuaki.yamaguchi.92?ref=bookmarks