審判奇譚 第八章30 | 神鳥古賛のブログ

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古典。読めば分かる。

 彼れ、「我れら」なる言葉を用ひしかど、こは、Kを手放さんとはすまじとの思ひをあらはすがにも覚ゆれ、


よし、おほやけざまに承け引きたる弁護の役にとゞまる事あたはずとも、せめては口添へする者とならばや、など云ふ心ばへを映すがにも覚えたり。


「急ぎ立ちたるにはあらず。」とK云ひ、ゆらりとい立ちて、ゐたる椅子の裏へとまはりぬ。


「いと深く案じたるうへなるは。久しうも案じ過ぐしてん。いや果てに思ひ定めてしか。」となん。


「さらば、今少し、言加へ仕奉らん。」と弁護の士云ひて、羽根の衾押し退け、臥しどの縁りにゐざりぬ。


白き毛生ひたるむき身の向か股、寒けきにわなゝき震ひたり。長椅子なる毛の衾、取りて賜べと、彼れ、Kに乞ひぬ。


K、それなる毛の衾、取り寄せて、かく云ひぬ。「さまで、風邪ひきぬべきさまに持て扱はん事、こればし要るまじきなれ。」と。


「事のほかにも重々しき事なるは。」と弁護の士云ひつゝ、羽根の衾もてむくろを包み、向か股を毛の衾に巻き入れぬ。


「汝しの叔父御は、我れが知りうとなり、汝しの御事も、この我れは、時を経て、やがて睦びてなん。


こは、つゝまず申し上げん。何ぞも恥づべき事にもなりやすまじ。」となん。


かくの如く、老いびとの涙もろき話をかき口説かるゝは、Kにはうたゝなる持て悩みぐさなりけれ。


しか云ふも、かゝる話を聞かされなば、それに踏み込むまじと思ひゐたるにもあれ、巳むに巳まれず、くだくだしき話になりもやせん、


それのみならず、此方の思ひをも、様ざま惑はさるべう事、有りていには否まれざりし事なりき。


さはれ、かゝる話に心惑はされんとするとも、思ひ定めたる志しを翻さん事、あり得べからざるなり。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

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