審判奇譚 第八章20 | 神鳥古賛のブログ

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古典。読めば分かる。

 「しからば、爾、その頃は大い弁護の士の事を心に懸けざりしとかや云ふなる。」とK問ひぬ。


「久しうはなん。」と商うど云ひ、ふたゝび笑まひつゝ、「彼れらの事、ふつに忘れ去らんと云ふは、怨むらくは叶ふまじきよ。


殊にも夜ともならば、うたて斯くの如きの思ひ草、生はでやは。


しかるを、それがし、その頃は立ち所に果たされん事を望みたるものなれば、為に口叩きの士どものもとへと行きにけれ。」となん。


「あなや、何んぞ睦まやかにひたと添ひてゐたるは矣。」とレニ、折敷を手に取り持ちて帰り来たり、戸口のへにい立ち、かつそゝめきぬ。


宜べしかも、ふたり、ひたと寄り添ひてゐたれ。


わづかにも身の向きを変へんとするや、即ち、かしらを打ち付け合ひしほどなるに、


商うど、そも、さゝやけびとなるうへに、背な、まろめゐたれば、漏らさず聞き取らなんとせば、Kもまた、敢へて深くかゞまらざるべからざりき。


「待て、しばし矣。」とK、レニへ向けてをめき、拒むがに手を苛れがましう震はせしかど、もとの手はそのまゝに、商うどの手のうへに重ねゐたり。


「身共の訴へ沙汰の話を為せと申されしよ。」と商うど、レニに云ひぬ。「いざ、語り給へかし、語り給へよかし。」とレニ云へり。


商うどへのレニのものゝ云ひやう、親しう情け立ちたれど、しかしながら、思ひ朽たすやうなるさまも見え、これ、Kを苛れさせけれ。


今ぞ知る、これなる男よ、なかなか以て頼み所ありと云ふを得べし。


少なくも、これなる男、様ざま見集め来たりたれ、そをば、能くひとに語るを得たるなり。


レニ、これ、この男を、見損なひてゐたるなるべし。


レニたるや、商うどの置きも遣らで握りゐたりし蝋燭を取り上げ、その手を前掛けもて拭ひ、


更には、傍らに跪き、蝋燭の蝋、これ、稍や脚もとに懸かれるを掻き遣りゐたりけれ。


K、事のさま、いきさつを腹立たしくまぼりゐたる。


「口叩きの士の事を語つて聞かせんとしゐたるなれ。」とK云ひ、その余はものも云はずに、レニの手を押し払ひぬ。


「何をか為給ふ。」とレニ云ひ、Kをそと打つや、更に蝋取りの役を勤めたり。


「しかりしか、口叩きの士の事なりしなり。」と商うど云ひ、思ひ巡らさんとするがに、ぬかに手を遣りつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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