審判奇譚 第八章5 | 神鳥古賛のブログ

神鳥古賛のブログ

古典。読めば分かる。

 K、未だ厨には行きたる事なかりき。驚くばかりの大いさにて、道具立ても能く整ひあり。


かまどのみにても、並みのかまどを三つ合はせたるほどの大いさなれど、余の所はつぶさには見ゆるなし。


厨のうち、這入りの口に掛かれる、わづかひとつの、さゝやかなる灯しにて照らされあればなり。


かまどにはレニあり、つねの如く白き前垂れ掛けて立ち、酒精の灯しの火のうへに鍋を懸け、卵を割り入れゐたり。


「今晩は、ヨゼフ。」とをみな、横目に見さしつゝ云ひぬ。


「今晩は。」とK云ひ、片わきなる肘掛け椅子を手もて其れと、商うどに座るやう促しぬ。商うど、仰せらるゝまゝに為しつ。


しかして、K、レニの後ろにひたと着き、肩のうへに身をかぶけて問ひぬ。「誰そ、彼れ。」と。


レニ、片手にてKを掻きむだき、片手にて汁を掻き混ぜつゝ、彼れの身を掻いさぐり引き寄せて云ひぬ。


「幸ち薄き者なる、あはれなるあきんどの、ブロクとかや云ふなる。かのさま、見給へよかし。」と。


ふたり、ともに振り返り見ぬ。商うどはKに仰せられし椅子に座りゐたりしが、はや、要らざるとて、蝋燭を吹き消し、芯を指もて揉みて、けぶり立たざらしめんとしゐたり。


「下着ばかりの姿なりけれ。」とK云ひ、更に、手もてをみなのおもてをかまどへと向けしめつ。をみな黙だしゐぬ。


「汝れが思ひゞとや。」とK問ひぬ。をみな、汁の鍋をつかまんとしたるを、K、そのふたつの手をとらまへて云ひぬ。


「いざ、答へせよ矣。」と。「支度部屋へ来たれよ、すべて説き明かさめ。」とをみな云ふ。


「否とよ。」とK云ふ、「これにて説き明かさめや。」と。


をみな、彼れの身にしなだれ掛かり、くちづけせんとす。


しかるを、K、これを否び、かつ云ひぬ。「くちづけなど、今こゝに欲するものならず。」と。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

https://m.facebook.com/mitsuaki.yamaguchi.92?ref=bookmarks

 

フォローしてね!フォローしてね…フォローしてねアメンバーぼしゅうちゅうペタしてねペタしてね