「すべて包ませられよかし矣。」と彼れ、絵師の語るをさへぎりて叫びぬ。「明日ッタ、丁稚来たりて、運び去らんず。」となん。
「さるには及ばじな。」と絵師云ひぬ。「すぐさま、汝れにともなふべき運ぶ者、これ、見出でらるべきなり。」と。
さて、やうやう、寝台のうへに身をかゞめて、扉をひらきたるなり。
「思ひとゞまらず、うちつけに、寝台のうへなりと上がらせられよ。これに来たるべきひと、なべて、さなん仕う奉りぬ。」となん。
云ふに及ぶべきかは、K、何ぞ思ひとゞまるべき、さもさうず、はや片えの足、羽根の衾の真なかに乗りたりけり。
さるを、彼れ、空きたる扉の向かふを見遣りて、即ち、その足を引きそばめけれ。「あれなる、何ぞ。」と彼れ、絵師に問ひぬ。
「何しかも、驚くべき事かある。」と絵師もまた、Kの驚けるさまに驚きて問ひ掛けぬ。
「あれなるは、裁きの司事執り所よ。これに裁きの司事執り所のあるべきを知らざりしとか。
裁きの司事執り所は、およそ、いづれの屋根裏にもあるべく、何すれぞ、これにのみ在るべからざる事あるべけんや。
我れの絵描く室も、もとは裁きの司事執り所のものなるを、裁きの司、これ、我れにあてがはせ給ひしなり。」となん。
こゝに、裁きの司事執り所を見出でたる事に、さしたる驚きとては無かりしも、Kの驚きの主なりしは己れみづから、裁きの司と関はる事への己が心構への拙きにあり。
恒ねに心懸けを怠る無く、必ず不意を衝かるゝなどあるべからで、評定衆、これ、己が左にい立ちあるに、ほけほけしう右わたりを眺め暮らすなどあるべからずと云ふが、訴へられし者の心構へのあるべかしきさまと、彼れは思ひゐしなり━━
しかるを、あらう事か、このあるべかしきさまに、繰り返し繰り返し衝き当たらんとはするなり。
https://m.facebook.com/mitsuaki.yamaguchi.92?ref=bookmarks