審判奇譚 第七章73 | 神鳥古賛のブログ

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古典。読めば分かる。

 彼れの目のまへには長き渡り続きをり、それより風吹き來ぬれど、これに比べなば、絵描きの室の気のほど、まだしさやけかりき。

 

Kのかゝづらへる事執り所の待ち合ひに似せも似せたれ、渡りの端手に長腰掛けの置かれつゝあり。

 

事執り所の物の置き所はつばらかに定められあるがに見えつ。

 

今し、行き交ふ、訴へられし者らのほども、これには、さして多くはあらず。

 

ひとりの男あり、半ら身を横たへ、腰掛けの背もたれにかひなを伸べて顔をうづめゐたれど、こは眠れるらし。

 

今ひとり男あり、渡りの深く奥まりたるきはの薄闇のうちに立ちゐたり。

 

K、寝台を乗り越えしかば、絵師、絵を手に取り持ち、彼れの後とに続きぬ。ほど無く、司の奴つこのひとりに行き会へど━━

 

今にして、K、司ひとの身なりならぬ身なりの恒ねなる鈕釦にうち混じる金の鈕釦もて、如何なる司の奴つこたるとも、たゞちにそれと見分きぬれ━━、

 

絵師、この男に、絵をたづさへて、これなる人に伴ふべうとて請ひぬ。歩みつゝあれば、K、やがてよろぼひ始め、手拭きもて口をおほひゐたり。

 

まさにかど口の間近に迫りたるに、例のをみな児ら、彼れらのもとへ、うごなはり馳せ来たりぬ。Kにも、この奴ばらより免る事あたはざりしなり。

 

をみな児ら、絵描きの室の異ざまなる扉の開かれしを見たりけん、道とりかへて、こなたより押して入り来たりしよ。

 

「はや、御供仕う奉らず矣。」とをみな児らに揉み立てられて、ゑ笑ひつゝ絵師叫びぬ。「さらばよ矣。いたく、な、思ひわづらふなかれ矣。」となん。 

 

K、絵師をば振り返り見んとも、はや為さゞりき。

 

彼れ、道にて真つ先に行き会ひし馬ぐるまに乗りつ。如何さま司の奴つこを追ひさけばやと思ひぬ。

 

思へらく、彼れのほかには何ぴとの目にも止まらざらんとはすれど、かの金の鈕釦ぞ、絶えずKの目に入つて、いたゝまれず。

 

相ひ務め申さんとてか、司の奴つこ、馬使ひの横に乗らんとはすれど、K、彼れを追つ立てけれ。

 

K、両替屋のまへに至りしは、はや日なかも半ら過ぎたる頃ほひなり。

 

絵は車のうちに捨て置かまほしかりしかど、いづれの折りか、絵を放ち遣らでもて扱ふさまを見するやう迫らるゝ事もやと思へば、これは事執る間に運ばせつ。

 

さはれ、少なくも、こゝ幾く日は、出だなの主の名代の目に入らざるやう怠るべからずと思へば、机の奥ざまなる抽斗に籠め、錠を鎖しぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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