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プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-年賀

 皆さま、年賀状の投函はもうお済みでしょうか。去年と違い今年は何とか緊急入院する事もなく無事に一年を終わらせる事が出来、内心ホッとしております。

 昨年の12月に心不全の為、三井記念病院へ緊急入院した事は『闘病記録2010』でお伝えした通りでしたが、結果的に退院した後もあまり予後は芳しくなく、主治医よりドクターストップがかかり、仕事も辞めて自宅静養となり現在に至っております。

 28日は今年最後の循環器外来となりましたが、年末ともなりますと、病院も普段の倍ほどの患者が押し寄せ、ロビーで座る場所を探すのも手間がかかるほどで、わたくしなんぞは見た目が健常者と殆ど変らないことと、数多くの患者の中ではまだまだ若い部類に入るので、席を探しているお年寄りがいれば、つい自分の席を立ち譲ってしまいます。

 今年一年を振り返れば、3月11日の大地震と巨大津波、そして予想だにしていなかった福島原発事故発生…。日本は戦後最大の国難に見舞われ、そのような極限とも言える事象の中から人間の善悪が垣間見える事も度々ありました。

 人は社会と同じで一つで成り立っているものではありません。お互いが助け合い、譲り合う精神を持たなければ人間社会はバランスを失い崩壊してしまうのです。

 隣の国、韓国と北朝鮮は同じ民族でありながら今もなお、その憎しみの連鎖から解き放たれる事もなく調和から程遠い道を歩み続けている…。

 双方が譲り合いの気持ちを尊重し、平和的解決の道に向け一歩ずつ歩み続けなければ負の連鎖を断ち切る事は出来ない。

 金正日総書記の死去は朝鮮半島に新たな緊張を齎すのか、それとも融和に向けた希望の兆しになるのか『賢者』か『愚者』のどちらを選ぶのだろうか。

 2012年が全ての人々にとって『賢者』であれとわたしは願う。ひとり語とはこの位にして、皆さん、今年一年当ブログを応援して頂きありがとうございました。全てのブログがそうであるように、一人ひとりの思いやりで支えられているものであり、だからこそ何年も続けて来られたのだと思います。

 3日、薬を飲まないでいると死んでしまうわたしではありますが、来年も今年同様によろしくお願い致します。29日、冬休みを利用して息子が上京して来ます。おそらくパソコンは息子に占領されてしまう可能性が高いと思いますので、コメントのお返し、記事更新が若干遅れると思いますが、ご了承のほどよろしくお願い致します。それでは皆さん「Best wishes throughout the coming year.」。

 

プールサイドの人魚姫-冬枯れ

 

 
 

西に沈む夕陽が、わたしの影を四角に作る。

外が冬だったことに、気づいてわたしは驚いていた。

わたしの部屋には、季節が訪れない。

残り少ないカレンダーだけが、冬をわざとこじつける。

くちびるを突き出して息を吐く。

それは白く色付いて、寒さに震えて凍えそう。

長い間、忘れ去られたクリスマス・ツリーが、一斉に輝き出す。

深い夜の淵に腰掛けて、嘘を数えてみたりする。

するべきことなど、何一つありもしないのに。

暗いばかりの冬空は、わたしを不安に駆り立てる。

歩いても、走っても、何処へも辿り着けない。

居心地の悪い解放感だけが、わたしを包み、

心は、不自由な暮らしへと帰りたがるばかりで。

 


プールサイドの人魚姫-キム

 19日、正午のNHKニュースが始まった矢先の事だった。ニュース速報のテロップが流れると同時に、アナウンサーの顔に緊張が走った。

 「たった今入ったニュースです…金正日(キム・ジョンイル)総書記が死亡しました。」TV画面が朝鮮中央テレビの映像に変わり、喪服と思われる黒い民族衣装を纏った、あの看板アナウンサーで有名な女性リ・チュンヒ氏が悲痛な面持ちで訃報を語り始めた。

 「偉大なる領導者(指導者)金正日同志が2011年12月17日(午前)8時30分に、現地指導の途中、急病により逝去されました…」。

 彼女はこれまで、キム総書記の動静など重要情報を担当していたが、10月以降、同テレビから姿を消しており、その動向がネット上等で話題に上っていた。

 この突然の訃報には、さすがのわたしも「えっ?」と思わず声を上げてしまった。訃報が流れた時点ではその死因などには一切触れておらず、世界中の誰もが耳を疑ったのではないだろうか。但し、キム総書記死去のニュースを事前に知っていた中国だけを除いてではあるが。

 その後の報道で、専用列車で移動中、急性心筋梗塞を起こし死去したとされているが、その死については多くの謎が残されたままである。

 ある報道では列車は駅に止まっており、キム総書記お気に入りのホテル内で死亡したという説や、暗殺説まで飛び交っている。

 わたし自身も『列車内での死亡』については疑問を抱いている。北朝鮮にとって、金総書記の健康管理と維持は『最優先課題』である筈。

 急性心筋梗塞が起こった場合、『へパリン』の投与が効果的であり、死亡率は20%減少し、再発する確率も30%減少する。発作時にどのような処置が施されたのか詳細は不明であり、列車内に医療従事者が常駐していたのか、十分な医療機器が揃っていたのか等、疑問点が多すぎる。

 健康不安を抱えながら、現地視察など過密スケジュールをこなす場合は、側近が常に体調の変化に眼を配らせていなければならず、僅かの変化でも見逃すような事があればそれは重大なミスに繋がり、国家の存亡に発展する可能性をも秘めている。

 北朝鮮は何が起こっても不思議ではないほど、わたしたちの想像を超越しており、世界の常識が全く通用しない唯一の国でもある。

 秘密裏に軍事クーデターが起こっていた可能性も捨て切れないし、後継者の金正恩(キム・ジョンウン)自らが一部の造反者に唆されて父親を殺した…と言うのはさすがに考え過ぎだろうか。

 安置されている金総書記の遺体が不自然であり捏造との噂も飛び交っているが、それら全てを含めて『北朝鮮』なのである。

 拉致問題を抱える日本にとって、彼の死が今後の問題解決に結び付くのか、遥か彼方に遠のくのか、現時点では全く将来像さえも見えて来ないが、政治力の弱い日本にとってはある意味でのチャンス到来とも受け取れる。

 飴と鞭を上手く使い分けて交渉に臨む、機動力のある外交政策を期待したいところではあるが、それを実現出来る政治家・政党が存在しないのが実に歯がゆい。

 それにしても中国と北朝鮮の親密な関係を今回の事で改めて思い知らされた。金正日死去がトップシークレットとしてまる二日間に亘り一切漏れて来なかった事。徹底した情報操作の裏で、朝鮮戦争の当事者である韓国でさえもが知らなかったと言うのは、日本と同様に危機管理意識の低下を浮き彫りにしたようなものである。

 金日成と金正日それぞれの遺言は北朝鮮人民全てに伝わっているかどうか、それが鮮明になるまではもう少し時間がかかる事だろう。まさか『テポドン』が飛んで来ることはないと思うが…。


プールサイドの人魚姫-ブータン

 ブータン国王が来日した時に記事にするつもりでいたのだが、タイミングを失ってしまいすっかり遅くなってしまった。

 美形で話題のブータン国王を見て、誰かに似ていると思った人は少なくない筈。そう、あの若かりし頃のアントニオ猪木に似ているのである。ブータン国王の顎がもう少し長ければ瓜二つだと苦笑してしまった。

 まあ、そんな事はユーモアと理解して頂いて、国王の来日により『国民総幸福量』なる言葉が注目され始めている。

 国民の97%が幸福だと感じているブータンと他国を比較するのは余りにも強引過ぎるし、幸福の尺度もその国々によって異なって来る。

 ブータンが提唱している幸福とは、経済的・物質的豊かさを目指すものではなく、精神的な豊かさを指し示すものである。

 ブータンに於ける宗教観、気質、慣習、文化などは、隣人との関係を重んじる深い信頼関係を築くといった人間関係重視が背景にあるように思える。

 さて、気になる日本の幸福度であるが、既に皆さんもご存じかと思うが65%だそうである。最も幸福度の高かった都道府県は福井県の70%らしい。因みに最も低かったのは大阪だったと記憶しているが、橋下さんが頑張ってくれればそこから脱出する事も可能であるだろう。

 但し、この幸福の尺度を日本全体に反映してみると、年間自殺者3万人という自殺大国日本がとても幸福だとは到底思えないのである。

 生活保護費は3兆円を超え、失業者は増大の一途を辿るばかりであり、大学生の就職内定率は依然として低い水準のままである。

更に追い打ちを掛けているのが弱者を無視した年金問題であり、公務員の特権『職域加算』を残したままの制度では国民の理解を得られる訳がない。

 政府の一方的な原発事故の収束宣言は、苦悩する福島住民を置き去りにするものであり、甚だ遺憾の極みである。

 幸福論を云々言う前にこれら数多くの問題解決や、自殺者を一人でも多く減らす眼に見える努力をして頂きたいものである。

 寒風吹き荒ぶ高層ビル群の合間を縫って、リクルートスーツに身を包む大学生の後ろ姿に悲哀を感じる今日この頃であった。

 

プールサイドの人魚姫-鍵

 

 
 
 

この愛が

逃げ出してしまわぬよう

この手の平を

すり抜けてしまわぬよう

愛鍵を作ったの

心の奥に

閉じ込めておきたくて

二人の愛が

これ以上

離れ離れにならぬよう

二度と壊れてしまわぬよう

祈りを込めた愛鍵が

二人を繋ぎ止めてくれますように

 


プールサイドの人魚姫-浅田真央

 女子フィギュアスケート界のプリンセス浅田真央。その彼女がいま悲しみの淵に佇んでいる。彼女の母である匡子(きょうこ)さんが『肝硬変』の為、9日早朝に亡くなったからである。

 浅田真央選手については、これまで何度か記事として取り上げて来たが、彼女の家族については一切触れる事がなかった。

 それは興味の本質が浅田真央自身に注がれていたからであるが、彼女のスケートの原点に眼を向けて見れば、そこには必然的に家族の姿が垣間見えて来るのである。

 『舞』、『真央』という東洋的美人姉妹スケーターを育て上げたのは、『リンクママ』として表に顔を出す事なく、黒子に徹した母親『匡子さん』の存在を今更ながらに思い知らされるのである。

 匡子さんがいつ頃から『肝硬変』を患っていたかは知らないが、スケートにかける娘たちに余分な心配を掛けまいと、病に対する弱みを一切断ち切って『舞』『真央』の滑りを影ながら力強く見守っていた。そしてまたその熱い母の視線を彼女たちは感じ取っていた筈である。

 世界の頂点に近づく真央選手もまた、自分自身と母の為、そして多くのファンの為にこれまで幾度となく華麗な滑りで自分を表現して来た。

 母やファンの期待に応える為と言うよりも、おそらく真央自身の心の中には、『自分のスケートが母の病を治す』という気持ちがあったのかも知れない。

 わたしの父も42歳の時に『肝硬変』が原因で亡くなったが、父の場合は酒が要因であったから自業自得の死であった。

 匡子さんが患っていた『肝硬変』がどのような過程を辿ったのか定かではないが、助かる術がなかった末の死だったのか…。

 母と二人三脚で歩んで来たフィギュアスケート、そして二人の目標である『五輪金メダル』、匡子さの夢は潰えてしまったが、フィギュアスケートで培った精神力で真央選手自身も必ずや復活するものと思うし、そしてまた心の奥深くにその目標は熱く刻み込まれた事と思う。

 今年は大震災で多くの魂が失われて行った。親を亡くした子、子を亡くした親、家族全てを失った身内や友人・知人などなど…。

 あらゆる『死』を眼の前にして、わたしたちの心は粉々に打ちひしがれてしまったが、遺された者はその痛いほどの悲しみを乗り越え、全ての人の思いが報われる事を願って、これからも生きて行かなくてはならないと思う。


プールサイドの人魚姫-橋下

 『リーダーが最も必要な時にその国のリーダーたる人物が不在と言うのは、その国にとって悲劇の何物でもない』。

 大阪都構想を全面に掲げ、大阪ダブル選挙で圧倒的な勝利を収めた大阪維新の会と橋下徹・新大阪市長は、良くも悪くもいま最も勢いのある政治家の一人である事は間違いないだろう。

 彼がここまで大阪市民の支持を得る事が出来たのは、府知事時代に築き上げた実績と、場合によっては毒舌とも受け取れる『タレント弁護士』としての長けたその話術にあるのかも知れない。

 橋下氏は日本社会の中では明らかに『非主流派』であるが、既成政党の相も変らぬ野次ばかりが飛び交う永田町は、実行力の伴わない議員たちのストレスの捌け口状態に陥っている。

 そんな厭世観が漂う中で、唯一独自の路線を歩んで来たのが、橋下氏と彼が作り上げた地域政党の『大阪維新の会』である。

 『大阪を制する者は日本を制す』などと大胆な事を橋下氏が考えているかどうかは別としても、この地域政党の今後の動きを黙認出来ない既成政党の議員たちが、金魚の糞の如く橋下氏の動向に注目し、場合によってはその勢いに便乗しようと、虎視眈眈とその機会を狙っているのも事実である。

 彼の言う『大阪都構想』が大阪の単なる理想郷で終わるのか、現実として生まれ変わるのかは全くの未知数ではあるが、クリアしなければならない難題・課題が数多くあり、都構想の根本にある『行政の無駄を無くす』は、国政としても重要な課題であるだけに、大阪市民だけでなく日本国民全体がこの構想に着目しているのは無視出来ない。

 今では彼のキャッチコピーとなっている『独裁政治』は言葉の綾であり、特に問題視する必要もないだろう。

 今の国会運営を見据えていると『衆議院解散』の動きが来年早々にはあり得るのではと思えて来る。そうなれば、当然の事ながら『維新の会』がそこに切り込んで来るのは必至。

 永田町の行く末は橋下氏の手中に墜ちるのか、いずれにせよ挑戦者としての橋下政治を暫くは見守って行こうと思っているが、話題の映画『プリンセス・トヨトミ』が脳裏を過ぎっているのはわたしだけではないかも知れない。


プールサイドの人魚姫-立川談志

 古典落語を音楽に例えるならばクラシック、その古典落語を現代音楽風にアレンジしたのが立川談志であるだろう。

 古典落語の名手として、落語界に敢然と異彩を放ち続けて来た彼は、落語の枠には収まり切らない圧倒的な存在感とその天才的とも言える多彩な芸風で、あらゆる分野に多大な影響を与え続けて来た。

その彼の生き様は、まさにハードロックと表現しても差し支えないとさえ思う。彼の持ち味の一つである毒舌トークは、研ぎ澄まされた感性と事の本質を見抜く鋭い洞察力に裏打ちされた、まさに言葉のロックなのである。

 日本を代表する長寿番組『笑点』の初代司会者が談志師匠であった事を、わたしは「立川談志、死去」の件で初めて知ったのであるが、『笑点』を初めて見た時は既に3代目司会者の「三波伸介」であった。

 そしてまた『笑点』と言うタイトルも、三浦綾子の小説をテレビドラマ化した高視聴率番組『氷点』をもじって談志師匠がつけたというのも初耳であったから驚きも尚更である。

 毒舌家としてもう一人忘れてならないのが『毒蝮三太夫』であるが、このネーミングの名付け親も立川談志であると言うのは有名な話である。

但し、わたしくらいの年代になると毒舌家と言うより、初代ウルトラマンの『アラシ隊員』や、ウルトラセブンの『フルハシ隊員』のイメージが強すぎて、毒蝮=毒舌と結びつかない部分も多い。

 癌や糖尿病といった病と闘いながらも、生涯現役に拘りそれを貫き通した崇高なる噺家の死に触れて、こんな逸話を思い出した。

 立川談志がまだ若かった頃、三遊亭円楽と二人で海に遊びに行った彼。途中で円楽が沖の方で溺れてしまった。しかし談志はそれを見ながら、まったく助けようともしなかった。結局、他の人に助けられて事なきを得た円楽。

 後でみんなは談志に「なんで助けに行かなかったんだ」と詰め寄ると、談志はこう言った。「俺と円楽の二人が死んだら落語界は終わる。俺一人でも生きていれば何とかなる。」当時、落語と言えば円楽と談志だと言われるほど二人の才能は評価されており、嘘とも本当ともとれる言い訳として、周りも納得せざるを得なかった…。

 落語を愛して止まない彼の深い想い出話しであるが、この二人の落語家はもうこの世にはいない…。

 きっと今頃、この広い空のどこかで円楽師匠と座布団の奪い合いでもしているのではないだろうか。


プールサイドの人魚姫-大関

 元横綱の朝青龍が現役で活躍していた頃、相撲は確かに人気があった。様々な問題を土俵の内外で起こし、相撲界の問題児として角界を悩ませ続けた彼ではあったが、相撲界の人気を牽引し続けて来た事も事実であり、恐いもの見たさに朝青龍を一目見ようとその場所に足を運んだ人たちも多かった。

 場所中は連日満員御礼の幕が垂れ下がり、多くの座布団が宙に舞う日も度々あった。しかし朝青龍が去った後の相撲界は、一人横綱となった白鵬の強さばかりが際立ち、そしてまた彼の連勝記録と、白鵬自身の横綱としての孤独な土俵がその責任感として積み上げられて行くばかりであった。

 日本人力士は衰退の一途を辿り、浮かび上がるのは閉鎖的な相撲社会の闇ばかりで、ファンの相撲離れに追い打ちをかけた八百長疑惑。

 不信感ばかりが募る中その疑惑を払拭しようと、相撲協会も漸くその重い腰を上げ本格的に相撲界の改革に乗り出したが、手詰まり感の漂う角界に新風を吹き込むまでには至らず、結局のところ力士たち一人ひとりの「やる気」に任せるしかなかったように思われる。

 今年の新語・流行語大賞に「なでしこジャパン」が選ばれた事からも言えるように、スポーツが人の心に訴え、与える力は限りなく大きい。

 相撲がスポーツかどうかは別としても、多くの相撲ファンが存在し力士たちのぶつかり合う巨体に真剣勝負を期待しその迫力に魅入られるように、土俵の中は神聖な闘いの場所であるのだから、そこに相撲以外の打算や疑念を持ち込むべきではないとわたしは思う。

 様々な紆余曲折を経て、生まれ変わろうとしている相撲界に明るい兆しが見え始めたのは、今年9月の秋場所を大いに沸かしてくれた琴奨菊の新大関誕生であった。

 日本人力士で唯一大関だった魁皇が大記録を土産に引退した後の土俵だっただけに、多くの期待が琴奨菊に注がれており、それを見事に実現した彼の力強い「がぶり寄り」が「万里一空」を生みだしたのである。

 その琴奨菊を追い掛けるように稀勢の里が大関昇進を決めたばかりであるが、2場所連続で日本人の大関誕生は、今後の相撲人気に火を点ける起爆剤になる事は間違いないだろう。

 強い日本人力士が活躍している場所は見ていてもやはり面白い。力士或いは、力士を目指している者にとって横綱は憧れであり、誰もがその地位を目指して日々精進に励んでいると思うが、横綱になる事よりも難しいのが大関という地位ではないだろうか。

 大関に昇進出来る条件は、「3場所連続で三役の地位にあり、その通算勝ち星が33勝以上」となっているが、勝てばそれで良いというほど単純なものではなく、その相撲内容にも大きく左右されるからである。

 横綱は相撲の頂点ではあるが、優勝と勝ち続ける宿命に追われるその果てにあるのは引退だけであり、格下げになる事はない。大関の場合は勝てば天国、負ければ地獄という過酷な位置にある。その意味でも自分の相撲道を最も問われるのが大関である。

 稀勢の里は33勝に一歩届かなかったが、安定した相撲内容が良しとされ大関に相応しいと判断された事から大関昇進となった。現在の幕内力士の中で白鵬と互角に勝負出来るのは、稀勢の里だけではないかとさえ思えて来るのだ。

 土俵に上がった時のふてぶてしさや、その眼光鋭い眼力で相手を威圧する様は勝つ事への拘りが如実に表現されているのである。そしてまた既に横綱になれるだけの素質と身体を持ち合わせている事から、いま最も横綱に近い力士とも言えるのではないだろうか。

 66代横綱の若乃花が去ってから一体何年が過ぎただろうか…。相撲ファンの誰もが期待している日本人横綱の誕生、相撲人気と一緒に日本に相撲が帰って来てくれる事を願うのみである。

 余談ではあるが、元横綱朝青龍が詐欺に合い1億円を騙し取られたというニュースを知った時、本人には悪いが真っ正直な性格の彼らしいと、つい苦笑してしまった。



プールサイドの人魚姫-PC

 Vistaから7にアップグレードしてからというもの、PCのトラブルが頻発するようになってしまった。

 ブラウザを起動中にフリーズしたり、コメントを書き込んでいる内に固まってしまい、マウスもキーボードも無反応。

 エラーメッセージが出てくれれば、対応の仕方もあるのだが、そのメッセージさえ出ない。仕方がないから主電源を切るしかなく、強制終了の連続。

 こんな事を繰り返しているとハードディスクが傷つき、取り返しの付かない事態になるのは時間の問題だろうと思いつつも、OSの再インストールかまたはVistaに戻すか迷っている。

 Vista上では何の問題もなく使えていたアプリケーションの一部が正常に起動しなかったり、使用中に突然動きが止まってしまうのは一体何故か?

 マザーボードとCPUの相性がWindows7とマッチしていない可能性もある。いずれにせよ、データのバックアップだけはこまめに取っておく必要がある。自分の心の在り方が不安定だと、それがパソコンにまで伝染するのかも知れない…。