プールサイドの人魚姫 -39ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


プールサイドの人魚姫-防衛大臣

 先月、心不全のため自宅静養中に有り余る時間を持て余しており、日中の時間潰しの積りでNHKの国会中継にチャンネルを合わせると、田中直紀防衛大臣と野党の間でおかしな珍問答を繰り広げていたのでつい見入ってしまった。

 普段であれば退屈極まりない議員たちの他人事のような国会答弁などに見向きもしないのだが、田中防衛相のお笑いトーク番組ばりの陳腐な的外れ答弁と、野党議員たちの嘲笑的な追究にしどろもどろする田中氏が国会中の晒し者になっている様子に、同情を通り越して憐れみさえ抱いてしまった。

 然しながら、国の防衛を司る要衝のトップに位置する防衛大臣として、日本が抱える普天間基地移設問題や自衛隊の国外活動(PKO)等について余りにもその知識が欠如している事に、国民目線から見ても明らかに田中氏を防衛相に任命した野田首相の人選ミスとしか言いようがない。

 更に呆れたのは、審議の最中に無断で約20分以上も『行方不明』になるという前代未聞の『珍事件』とも言えるような行動に審議が中断するというハプニングまで引き起こす始末。

 小学生でも授業の途中で具合が悪くなったり、トイレに行きたくなれば教師に断ってから離席するというもの。

 国会審議や政治そのものの重要性について全く理解していないと思われても致し方ない、まさに消えたり現れたりする存在感の無さは亡霊そのものだとは言い過ぎだろうか。

 田中直紀氏を支持する人たちには悪いが、この人は全く政治家に向いていない、政治家ではあるがこのような人を『うどの大木』と言うのかも知れない。

 夫人の田中真紀子氏がいなければ、おそらく政治家にはなれなかっただろうし、本人も政治家の道を歩むような事はなかったのではと思える。

 もちろん、彼は彼なりに努力はしているだろうし、田中氏の長所とも言える人の良さは個人の人間性を際立たせるものではあるが、視点の置き場所が大きくずれているような気がしてならない。

 おそらく防衛大臣というポストではなく、彼の長所を最大限発揮出来る場所が残念ながら現在の日本の政治の中には存在しないのかも知れない。

 それはさて置き田中防衛相の素人振りに対し、自民党のいじめにも似た専門用語を次から次へと並べ立てる様はクイズ番組か果ては学力テストかとさえ思わせるようで、日本の低レベル政治の行き着く場所が不毛地帯と言うのは余りにも虚しすぎるのではないだろうか…。

 

プールサイドの人魚姫-ライター

 

 

 空気がカラカラに乾燥する冬場は、春や夏など他の季節と比べて火災の発生件数が圧倒的に多い。放火、不審火、自然発火などは別として出火原因は様々であるが、不注意による人為的なものが大半を占めている。

 

 原発事故が発生した昨年以降は節電モード一色に染まり、電気使用量を減らす為にエアコンの使用を止めて、倉庫の奥に仕舞い込んであった石油ストーブが暖を取る主役に変わるなど、日常生活そのものが大きく変化し始めている。

 新品を購入した場合は特に問題はないのだが、古いストーブなどを使う時、手入れを怠りそのまま使用して思わぬ事故を招いてしまうというケースも目立っているようだ。

 先頃、大阪市北区角田町の市営地下鉄ホーム内にあるゴミ集積倉庫で火災が発生し、一時、駅構内が騒然となり当時ホームにいた乗客約3千人が駅員の誘導で全員避難、御堂筋線の上下で運行を一時ストップし、約12万人に影響が出た。

 その後の調べによると清掃作業員らが「火が出る30分ほど前に倉庫内で煙草を吸った」と証言しており、確証はないものの出火原因が煙草の火の不始末による公算が大きいと思われる。更に、倉庫で煙草を吸う行為そのものが日常的になっていた事実も判明しており、一歩間違えれば大惨事を招いた可能性もある事から、清掃業務を委託した側として、橋下大阪市長自らが最終的責任を果たし、然るべき対応を考えていくものと思われる。

 この火災発生より数日前には、東京都板橋区で幼児2名が死亡した住宅火災があった。出火元とみられるリビングで、煙草の吸殻やライターが見つかっている事から、火の不始末、或いは火遊びが原因ではないかと思われる。

 死亡した姉妹の死因は一酸化炭素中毒とみられているが、「煙草を吸っていない、室内に火の気はなかった」と説明する母親の言葉に偽りがないとするならば、やはり姉妹の火遊び説が濃厚になって来る。

 2010年以降に義務化された『チャイルド・レジスタンス』は、ライターを原因とする幼児の焼死事故が多発した事が背景となっているが、この家で見つかったライターにはCR機構のない古い使い捨てライターだったようである。

 煙草を吸う吸わないに関わらず、ライターはどの家庭にも一つ位はあるものである。昔は火を起こすのにマッチが必需品であったように、現代ではその燐寸に代わりライターが主役となっている。発火原因となる物を挙げれば電化製品に囲まれた現代社会では、至る所に火災のリスクが潜んでいる事がよく分るだろう。

 皆さんも火元には十分気を付けて頂きたいが、わたしも実は過去に2度火災に遭遇している。過去の記事で話した記憶もあるのだが、1度目の火災は23歳の時、上京する前に横浜に半年ほど住んでいた時期があった。

 その年の暮も近い12月の事だったが、藤枝の実家が全焼してしまった。出火原因は神戸家の裏にある貸家に住んでいた住人の寝タバコであった。強い北風に煽られた業火がまたたく間に100坪近くあった実家を焼け野原に変えてしまったのである。

 然しそんな大火にも関わらず、燐家の『小川国夫邸』には一切飛び火せず、他の家にも影響は全くなかったのは不思議であったが、神戸家の庭には樹齢数百年と思われる大木が数本立っていたり、庭の中央辺りには『お稲荷さん』を祭ってあったのだが、なんと、このお稲荷さんだけが全く焼けずに残っていたのである。

 そしてこの火災が『お稲荷さんの祟り』だと言う噂が流れ始めたのであるが、祖父が他界してからというもの、お稲荷さんの管理を怠り、放置したまま荒れ放題になっていた事から、この祟り説が不気味な現実味を帯びて来たのは想像が付く。

 そして2度目の火災は33歳の時、大田区蒲田に住んでいた自分の部屋から出火し全焼…。この時もまた同じく他の部屋には全く影響はなく、自分の部屋だけが黒焦げ状態に。国から届いた援助は赤十字のマークが入った毛布一枚のみであった。

 この時、初めてわたしは『難民』の気持ちを理解したのである。出火原因は結局分らず、蒲田警察署に呼び出され、屈強そうなガタイの大きい刑事に散々説教を食らった時の事を鮮明に覚えている。

 然し、全焼した筈の黒焦げの部屋から、ある大切な物が燃えかすにもならず無傷のまま残っていた、それが『詩集・天国の地図』の手書き原稿であったのである。これはもしかするとこの詩集が世に出る為の執念を原稿自体が持ち合わせていたと言うある意味奇跡的な事象だったのかも知れない。

 現代社会の核家族が叫ばれるようになってから久しいが、わたしが子どもの頃によく聞いた『火の用心マッチ一本火事の元』が、今では殆ど聞かれなくなった。この世に火事ほど恐ろしいものはなく、自分たち家族だけではなくよそ様まで不幸の渦に巻き込んでしまう事に対し、地域全体で協力し合いながら災難を防ぐと言う防災の在り方が、昨年の震災以降には大きく見直されつつあるものの、東京のような大都会では、隣人の顔や名前さえ知らないという、『無関心』が孤独死や餓死などといった惨い状況を作り出している。

 「火の用心」カチカチと拍子木を叩く樫の木の音色が人の心に響くような社会になって頂きたいものである。

 因みに、『火の用心マッチ一本火事の元』は昭和28年(1953)に東京消防庁によって選ばれた標語である事をお伝えしておきたいと思う。そしてまた、『火の用心』は徳川家康の命を救った『本多作左衛門重次』という武将が戦場から妻へ送った手紙の内容『一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ』から来ている事も付け加えておく。

 

プールサイドの人魚姫-あの世

 

 
 

コップに注がれた

何の変哲もない

ただの水を

口に含んで飲み干すと

ついさっきまで

魚の骨のように

喉の奥にしつこく

引っ掛かっていた

この世への未練というやつが

きれいさっぱり取れちまって

これで心置きなく

あの世へ行ける

気がしたのさ
 

 


プールサイドの人魚姫-ホイットニー

 アメリカはあらゆる意味において先進国であり、そのアメリカがくしゃみをすれば(日本)世界が風邪を引くと言われるほど、多大な影響力を持っている。

 世界の頂点に君臨する超大国のアメリカは、軍需産業を初め、航空宇宙学、科学、情報、医療など様々な分野で最先端を走り続けている。

 映画や音楽など娯楽性と芸術性を併せ持つ分野においても、他国の追随を許さず常に世界をリードし数多くの偉大なるアーティスト達を輩出しており、それは今後も続く事であろう。

 然しながら、超大国であるが故の底知れぬ深い闇をも含んでいるのも事実ではないだろうか。先日、急死した歌手のホイットニー・ヒューストンに、言い知れぬ病んだアメリカの姿がわたしにはだぶって見えたのである。

 当初その死因について『溺死』との報道があったが、それは彼女がバスタブに沈んだ状態で発見されたからであり、直接の死因については謎の部分が大半を占めていたが、検証の結果、処方箋の薬とアルコールを一緒に摂取していた事が判明した。

 薬の内容は、不安・パニック障害などに用いられる『アルプラゾラム』と、それに加えて鎮痛剤など複数に及ぶものであった。

 輝かしい栄光を手に入れ、アメリカ音楽界のトップスターとなった彼女は世界中から『歌姫』と呼ばれ、絶賛の言葉を欲しいままにして来た。

 そんなスーパースターの彼女には余りにも似つかわしくない『死』の姿であるのだが、人生の螺旋階段を踏み外し、転げ落ちるように底の見えない深い闇の中へと吸い込まれ、その果てに死の扉をノックしてしまったのである。

 彼女の人生が狂い始めたのは、1992年にR&B歌手の『ボビー・ブラウン』と結婚してからの事であった。一人娘を授かり一見幸せそうに見えてはいたが、夫のDV・薬物中毒、アルコール依存症、セックス中毒などにより、瞬く間にその頂点から転落。2006年に離婚後、麻薬中毒の治療を開始する事となった。

 2009年に復帰作アルバム『I Look To You』がヒットし、歌姫の完全復活かとファンを喜ばせたのも束の間、薬物とアルコール依存から脱し切れずに2011年から治療に専念する事となる。

 今年に入ってからは、破産寸前である事が発覚し、関係者の支援に縋りながら生きていたと言われている。

 1992年に初主演映画『ボディガード』で、ケビン・コスナーと共演し、女優としての片鱗を見せつけ、そしてまた映画の主題歌『オール・ウェイズ・ラブ・ユー』が彼女自身の最大のヒット曲となっている。

 薬物によってその輝かし人生を棒に振ってしまったアーティストは他にも大勢いる。2009年に死亡したマイケル・ジャクソンの場合は強力な麻酔薬『プロポフォール』を投与された事が直接の死因だったようであるが、正式には『他殺』であった事が判明している。

 アメリカの音楽シーンを振り返ると、『ジャニス・ジョプリン』『ジミ・ヘンドリックス』『ジム・モリソン』など、偉大なアーティストたちが若くして、やはり薬物により命を落としている。

 白人ギタリストの大御所『エリック・クラプトン』もまた、薬物・アルコール依存で長きに渡り苦しんだが、見事に復活を遂げている。

 資本主義、合理主義、個人主義などが混在したアメリカ社会の象徴が、病んだ自由の女神であってはならない。

 ホイットニー・ヒューストンの死は防ぐ事が出来なかったのだろうか?奈落の底でもがき苦しむ彼女の姿を多くの人間が知っていた筈である。

 余りにも簡単に手に入る薬物、それはアメリカだけの問題ではなく、日本に住むわたし達の身近に起こり得る危険性を十分に孕んでいる事を忘れてはならないと思う。


プールサイドの人魚姫-くすり

 皆さまには『命のタイムリミット』で大変心配をお掛けしましたが、何とか入院を回避し自宅静養という形で順調に回復しております。

 これは多くの方々から頂いた善意のコメントやメッセージが何物にも代え難い『特効薬』だったからだと思っております。

 猫の件につきましても、数人の方々から申し出を頂き、安心して静養に専念する事が出来ました。まだ十分な回復とはいきませんが、わたしが皆さんにお返し出来る感謝の標は『ブログの更新』だと思いました。

 先日、三井記念病院に依頼しておいた『診断書』が手元に届いたのですが、傷病名が5つも付いていたので我ながら唖然としてしまいましたが、自分の病歴を振り返ってみると小学生の頃、祖母に言われた言葉を懐かしく思い出しました。

 「俊樹は身体に爆弾を抱えているのだから、絶対に無理をしてはだめだよ」。その爆弾がいつ爆発するかも知れないと言う『恐怖』を常に抱きながら、蓮華寺池のマラソン大会に出て最後まで走り切った時、池の水面を走る風を見詰めながら「このまま死んでもいい…」と、地面に蹲ってしまった事など、思い返せば『死の淵』を幾度となく経験しつつも、こうしていまだに生き永らえている。

 そうやって気付くといつの間にか『僧帽弁置換術後』『心房細動』『三尖弁閉鎖不全症』『収縮性心膜炎』『虚血性心臓病(冠動脈ステント留置後)』と病気は増える一方だった。

 病気が一つ増える度にそれに比例して増えていく薬たち。この多くの薬によってわたしの命は繋ぎ止められているのは確かだけれど、薬だけに頼っていては『Quality of Life』は得られない。

 病気は治らないかも知れないけれど、今の自分に出来る事は限られてはいないという事。患者と医者は持ちつ持たれつの関係であり、自分の病気の症例が将来の医学に少なからず貢献している筈だというプラス思考で捉えてみれば、人生に於いて無駄な病気は一つもないという結論に到達するのである。

 わたしは心臓病のお陰で『詩』に出会い、そして詩が書けるようになった。天国の地図の冒頭を飾っている『手術台に上がれば』は、まさにその記念すべき作品でもあるわけで、病気によって失ったものは数多くあるけれど、神様はその代償としてわたしに『詩』を与えてくれたのである。

 先日、太平シローさんが『難治性心室細動』が原因で急死したと言うニュースを聞き、心臓病を患っている身としては他人事ではなく、今ある自分の命の有難さを痛切に感じたものであるが、彼がもう少し医者や薬と仲良くしていれば、55歳という若さで命を落とす事もなかったのではないかと残念でならない。謹んで心よりご冥福をお祈り申し上げます。


プールサイドの人魚姫-タイム

 もし私が猫と一緒に暮らしていなければ、今頃は三井記念病院入院棟17階のいつもの大部屋で点滴を打ちながらベッドに横たわっている事だろう。

 25日の循環器外来で私を待ち受けていた診断結果は意外な内容であった。検査結果を気にしながら診察室に入ると、もの思わしげな表情を浮かべながら主治医の方から話を切り出して来た。  

 「神戸さん、調子はどうですか…」ドクターは私の心臓が悪化している事を既に確認済みのようだった。「はい、実はあまり調子が良くなくて…」。

  診察室にはキーボードと大きめのモニターがあるだけで、カルテ等は全て電子化されており、百科事典のように分厚くなった紙のカルテは既に存在しておらず、殺風景な机の上には血液検査の結果を記した一枚の紙切れがあるだけだった。  

 「クレアチニンの値は前回に比べて下がっているので腎臓への負担は軽減しているので心配ないですが…」と説明しながら電子カルテのモニターに胸部レントゲンの画像を映し出した。

  「左が前回の心臓、右が今回のものですが、前回に比べて大きく肥大しているんですよ。」それは素人の私が見てもその違いがはっきり確認出来るほど鮮明に映し出されており、一周り大きく肥大化した心臓が痛々しかった。  

 「この心臓の状態だとかなり苦しいでしょう、心不全の症状が出ている筈ですよ」確かにドクターの言う通りだった。

  都営新宿線の岩本町駅から三井記念病院まで徒歩12、3分の距離であったが、その僅かな距離を私は一気に歩いて行く事が出来なかった。  

 激しい息切れと踊り狂う心臓の動悸に襲われ、途中で何度か道にしゃがみ込み呼吸を整えなければ先に進む事は出来なかった。

  「この状態では入院と言う事になりますが…」入院の事は全く考えていなかったので、主治医の言葉に私は動揺し、ショックを受けた。  

 「猫を飼っているので、今直ぐに入院は出来ません…」。これが4年前の6月に不安定狭心症で緊急入院した時のように一刻一秒を争う事態であれば、「猫と自分の命とどちらが大事ですか!」と一喝されるところであるが、虚血性心疾患の心筋梗塞とは違い、うっ血性心疾患の場合は命のタイムリミットに若干の余裕がある為、急性心不全の場合を除き病状の進行は緩やかであり即座に入院を要する事はないが、その代わり長い時間に渡り苦しみが持続する。

  早い段階で入院し適切な治療を受ければ回復もそれだけ早くなるが、適切な処置を施さず放置しておけば、症状が固定してしまい回復の見込みがなくなり、やがては他の臓器に悪影響を及ぼし多臓器不全で死に至る事もある。  

 どちらにしても主治医の指示に従い入院する事が最善の処置ではあるが、猫の件を理由に私は入院を断った。その代わり心不全の特効薬である『セララ』を25㎎から50㎎に増やしてもらい、暫くそれで様子を見る事にした。

  但し、薬だけに頼っていては回復の望みは薄れるので、『食事制限』『水分制限』『安静』の3点を守り入院時と同様の環境を自宅で再現するしか方法はない。それでも回復しなかった時には入院を覚悟するしかないが、その前に猫の世話をしてくれる人を見つけ出さなくてはならない。  

 ペットホテルに預けるという方法もあるが、猫の場合1泊3千円と高額であり、短期の入院ならばそれもあり得るが1ヵ月に及ぶ長期入院となれば、経済的余裕がなければとてもじゃないが利用出来ない。

  どうしても預かってくれる人が見つからなかった場合は、十分の食糧と水を与えて一旦入院し、餌が無くなった頃を見計らって外出許可を貰い、猫の様子を見に自宅へ戻るしか方法はないだろう。しかし、その分自分の回復は遅れる事になるかも知れないが仕方のない事だ。  

 病気が悪化し苦しんでいる時は集中力も欠けてブログの記事を書く事すら憚られるが、何も書かないで更新しないでいるのも辛い…。

  私に残された時間が後どの位あるのか知らないし、知りたくもないが『命のタイムリミット』は必ず訪れる。然し、その時間を延ばすも縮めるも自分の判断次第である。  

 もし入院中を除き2週間以上に渡りブログの更新がなかったり、『なう』の投稿に変化がなかった時には私の身辺に何らかの異変が起こっている可能性が高いので、その時はどなたか安否の確認をして頂ければ有難いのだが、お願い出来るだろうか。


 

プールサイドの人魚姫-カクテル

 

 
 

雪で作ったカクテルは

実らぬ想いの味がする

恋の名残りが凍りつき

あたしの吐息が

未練を溶かす

雪のカクテル

飲み干せば

酔って振られて

雪が舞う

あたしは

破れた恋の雪だるま

流す涙で

自ら溶ける

だからお願い

雪のカクテル

もう一杯…

 


プールサイドの人魚姫-プリズン

 刑務所や収容所を舞台とした映画は数多くあるが、それは映画を作る上で刑務所そのものがモチーフになり易い場所であるからだろう。

 古い作品では『大脱走』『アルカトラズからの脱出』『ミッドナイト・エクスプレス』などが印象深いが、割と最近の映画では、『グリーンマイル』『ショーシャンクの空に』『シャッター・アイランド』『完全なる報復』『スリーデイズ』等など数え上げたら限がないほどであるが、私的に言えば最高傑作は何と言っても1974年に公開された『パピヨン』である。

 これは実話を元にして作られており、無実の罪で終身刑となった主人公が脱走不可能と呼ばれる小さな孤島から脱獄に成功するまでの過程を描いた作品であるが、囚人である男同志の熱い友情や固い絆が観る者の心を熱く揺さぶるヒューマンドラマでもある。

 陽も射さないような独房で「ゴキブリ」や「ムカデ」さえも食べてしまうシーンでは、脱獄(生きる)の為にはあらゆる行為も惜しまない極限の執念をリアルに表現しており、そしてまた、いよいよ脱獄を決行する時の場面では、主人公扮するスティーブ・マックイーンが相棒のダスティン・ホフマンに一緒に来るよう何度も促すのであるが、相棒はその声に全く耳を傾けようとしないのである。

 ヤシの実を詰めた袋を絶壁から海へと落とし、押し寄せる波のタイミングを見計らって数十メートル下の海面へと飛び込む主人公。

 ヤシの実で作った袋が浮き輪となり、それに掴まる事に成功した主人公が絶壁から自分を見守る相棒に手を振るラストシーンでは、相棒であるダスティン・ホフマンが何度も小さく頷きながら彼を見送る哀愁漂う笑顔が涙を誘うのである。

 刑務所から脱走するというのは『リアルプリズン・ブレイク』のように海外だけの話かと思いきや、なんと広島刑務所からいとも簡単に脱走し、13日に逃亡容疑で逮捕された李国林容疑者が世間の話題をさらったばかりである。

この中国人が過去に何度も凶悪事件を犯している事実もあり、そのような男が数日間に渡り広島市民を脅かした事は刑務所内の管理・監視・初動態勢の不備が招いた結果でもあり、日本の治安を守り切れていない警察の防犯に対する姿勢そのものが問われる事件である。

 李容疑者の逃走ルートなど脱走した後の行動から察すると、脱獄そのものは計画的犯行ではなく、一か八かの場当たり的な犯行であったようであるが、彼が『怒羅権(ドラゴン)』のメンバーであり、中国マフィアとの繋がりも背景にある事など、窃盗団のリーダー的存在という立場から察するに、メンバーの一味が脱走を支援した可能性も捨て切れない。

 民家に押し入り、中国に電話を数回かけるなど本国に逃走する手助けを依頼したという情報もあり、広島県警はその割り出しも急いでいるようだ。

 事の成り行きによっては、追い詰められた李容疑者が一般市民(特に子ども)を人質に取り籠城すると言う最悪のシナリオも想定出来た訳であるが、幸運にもそれだけは回避出来た事に警察関係者は胸を撫で下ろしているのではないだろうか。

 現在の日本にはあらゆる国から外国人が訪れ滞在するようになり、国際色豊かな国になった一方で、外国人による犯罪も急増している。

 日本国内の刑務所はおそらく囚人一人ひとりの監視にも手を焼くほど満杯状態になっているのではないだろうか。

 今回の脱走劇を海外メディアがどのように扱っているかは知らないが、日本の刑務所は監視が甘いという噂が広まってしまうような事があれば、外国人による犯罪は今後益々増加の一途を辿るという危うい状況が発生する可能性は高い。

 領土の狭い国内に新たな刑務所を建てなければ対処出来ない状況も生まれて来るだろうし、広大な敷地を必要とする刑務所の建設場所が見当たらないとするならば、いっその事、大昔のような『島流し』でも復活させるか、父島や八丈島といった場所に刑務所を建てるという方法も考慮すべきではないだろうか。

 島民から見れば余り有難くない話かも知れないが、刑務所が新たな経済を生む可能性もある訳で、国に貢献するという意味では価値のある方法論と思えるのだが皆さんの考えはどうだろうか…。


プールサイドの人魚姫-平田

 もし、自分の愛する人物が犯罪者だったとしたら、あなたならどのような行動を取るだろうか。選択肢は大きく分けて4つある。

 1.自首するよう促す 2.一緒に逃げる(援助) 3.諦めて別れる 4.心中する これらのどれを選んだとしても間違いではない。

 『愛』にはこれと言った形があるものではなく、それらの全ての行動が必然的に『愛する』事へと結び付いているのである。

 地下鉄サリンなど一連のオウム裁判は、16年という長い時を経て189人が起訴、その内13人に死刑が宣告され事実上幕を閉じたが、事件の核心部分では依然として謎の部分も多く、その動機に至っては解明されぬままであった。

 時の流れは急流の川の如く事件そのものを風化させ、わたしたちの記憶の片隅にも留めようとはしない。置き去りにされた被害者たちの憂いと悲しみだけが時を止め、一歩も動く事はなかったかに見えた。

年明け早々に連日トップニュースで伝えられたのは、平田信(まこと)容疑者の顔顔顔…。日本中の誰もが一度は眼にしたであろう、平田容疑者指名手配のポスターも色褪せて長い年月を物語っていた。

彼の出頭により、記憶の奥深くに眠っていたあの忌まわしい事件が長い時を手繰り寄せ動き始めたのである。

 元オウム真理教幹部、平田信容疑者は目黒公証役場事務長であった仮谷清志さん監禁致死事件で、警察庁から特別手配されていた重要人物である。

 彼が逮捕された事により、一旦幕を閉じたオウム関連の捜査に再び注目が集まり、新たな事実などが判明すれば事件の全容解明に大きく前進する事もあり得るだろう。

 約17年に及ぶその逃亡生活には多くの謎があり、誰もがその一部始終に興味を抱いている。平田一人の力でそれほど長く逃げ切れる訳もなく、当然の事ながら平田の影に逃亡を手助けした人物の姿が少なからず見え隠れしていたが、先日1月10日、平田の後を追う様に大崎警察署に姿を現したのは、元教団看護師の斎藤明美(さいとうあけみ)であった。

 本名を隠し、吉川祥子(よしかわしょうこ)と言う偽名を使い続け、己自身を偽って半ば世捨て人にも似た生活を平田自身の為に捧げていたのであろう。

 「尊敬から芽生えた愛」によって斎藤自身もその呪縛に苦しんでいたに違いない。それにしても偽名で健康保険証などの公的証書が簡単に作成出来てしまうというこの国の杜撰な管理には呆れてしまったが、平田容疑者逮捕についても出頭が相手にされず警察官から門前払いを受けるなど、警察署を3件回るという「たらい回し」には開いた口が塞がらない。

 台湾人留学生殺害で指名手配されていた張容疑者の自殺についても、手錠の意味を殆ど理解していない署員の行動には疑問が残る。

 手錠は犯人逮捕に欠かせないアイテムであるが、犯人の逃走を防ぐ為だけではなく、容疑者の安全確保も含まれているのである。

 広島の刑務所では中国人受刑者が脱走し、いまだに手掛かりもなく捕まっていない…。立て続けに続く警察関係者の不祥事に前途多難な2012年が見え隠れしているのだが…。


 新年のご挨拶がすっかり遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。改めまして、皆さま新年明けましておめでとうございます。

 1月2日に息子が新潟へ帰った後、父と子の適度な緊張感から解放され、気が緩んでしまった為か風邪を引いてしまい、それが要因となって心不全を起こし数日寝込んでおりました。

 正月早々にこのような状況になり、これからの一年もまた昨年と同様に病に悩まされる事は想像が付きます。わたしの心臓病はどんな名医の手に掛ったとしても、そしてまた現代医学の粋を集め、出来る限りの薬を使おうと治るものではありません。

 心不全と不整脈がセットとなって襲って来るし、心拍数は安静時でも100を軽く超えてしまうほどに頻脈である。

 この状態の時に『サチュレーション(SpO2)血液中に溶解している酸素量』を計ればおそらく95%を切っているだろう。当然ながらこの数値では緊急入院して然るべき治療を行わなければならず、酸素吸入が必要になってくる。

 心不全を改善する為に新しく追加された薬『セララ』は、予想以上の効果を発揮してくれたが、これもまたラシックスと同様に諸刃の剣であった。

 この『セララ』を使うに当たり主治医は腎臓への負担を考慮して、最低量の25mmを投与し一ヶ月間様子を見る事にした。

 そして昨年12月28日の循環器外来にて血液検査をしたところ、BNP(心不全の診断基準値)11月30日の時点で25.8だったのものが、19.9へと大きく改善されていた。

駅の階段を上ってもさほど息切れを感じる事がなかったのは、この薬の効果である事は理解出来たのだが、主治医が懸念していた通り、腎臓への負担が増大していた。

数値を見る前に「セララの量を増やして欲しい」と主治医に頼んでみたのだが、CREAT(クレアチニン)が前回の1.41から1.78へと増え、更にUA(尿酸値)は7.7から10.5に跳ね上がっていた。

BUN(尿素窒素)も23から26へと若干ではあるが増加。心不全は改善し、心臓も楽になり肩で息をする事もなくなって喜んでいたのだが、この腎機能の数値では薬を増やすどころか、減らさなくてはならない…。

然し一つだけ救いだったのは、K(カリウム)が4.1と前回とほぼ同じで正常の範囲に収まっていた事である。更にもう一つ付け加えるとするならば、血圧が人工弁置換術のオペを施した時から殆ど変っておらず正常値であることだった。

 セララの量は現状のまま、もう暫く様子を見る事にしたのだが、やはり普段の生活の中で最も注意しなければならないのが食事と水分摂取。

 塩分の多い外食は出来るだけ避ける事、水分は一日1リットルまで(夏場は1.5)という内容さえ守って生活してさえいれば、苦しい心不全に悩まされずに済むのであるが、『収縮性心膜炎』と言う、これまで何度か話して来たこの心臓疾患が進行性であり、完治させる唯一の方法は手術しかないと言う事。

 然し3回目の手術には大きなリスクが伴う事や、確実によくなる保障は無いという現実、そして再発する確率も高い事など総合的に判断して、手術はするべきではないという結論に達している。

 『収縮性心膜炎』の主な症状が『右心不全』である。つまり常に慢性的に心不全状態だと言う事なのである。

 食事をして胃が膨張するだけでも心臓が胃に圧迫されて苦しくなる…。お腹はまるで妊婦さんのように膨れて苦しくて仕方がない。身体中の内臓に水が溜まり浮腫んで来る。全身に血液が十分に行き渡らないから手足の指先はいつも氷のように冷たく青紫色(チアノーゼ)、まるで死人の指先である。

 当然のようにここ一年は普通に便が出たためしがない。つまり腸が浮腫んで動きが悪い事に加えて、安静が必要な為、身体を動かす事が殆ど無くなってしまった。それらが重なって重度の便秘になってしまった事。

 そして体重増加という悪循環に陥り、一年で6キロも増えてしまいそれも心臓への負担となっている。一年前の体重に戻したいのだが、1、2キロは許容範囲であるが、それ以上になると腎機能に大きく影響するので止めておいた方が良いと主治医は言う。

 マグミットなどの便秘薬は殆ど効果がなく、下剤のラキソベロンを週に2回、30滴ほど使用して漸く排便(殆ど下痢状態)となる。

 あちらを立てればこちらが立たずという医療のジレンマに陥っている。こんな病気の父親を子どもたちはどのように思っているのだろうか…。

 「ラーメンや蕎麦など麺類を食べる時スープは全部残すんだ…」と息子に話しかけると「そんなの当たり前だろ」と逆に諭すような言葉が返って来た。

 それが何とも言えず嬉しくて、子どもなりにわたしの身体の事を案じているんだなぁと、眼に見えぬ温かい『絆』を感じ取っていた。

 ところで、1月3日のアクセス数が異常なほど高かった事に驚いている。その殆どがPCからで、3247PV、アクセス解析を調べると何故か3日の21時にアクセス数2181と集中していた。原因が何なのか分らないし、検索ワードを調べても取り立てて際立っている言葉は見つからない。

 これはわたしのブログだけではなく、他の皆さんにも同じような現象が起こっていたのだろうか?何かと問題点の多いアメーバの事なのでアクセス解析もあまり当てにはしていなかったが初めて経験する事だったので気になっていた。その事についてもし情報をお持ちであれば教えて頂けると有難いです。

 とにかく、今年もこんな調子で皆さんにご迷惑をかけつつ続けて行きますので、よろしくお願い致します。