夜風に揺らめく漁火は
海を亡くした魚たち
銀の鱗が剥がれ落ち
月夜の海に光射す
潮の流れに逆らないながら
安らぐ場所を探してる
漁火求めて群れをなす
傷つく鱗が血に染まり
甚振る海の哀れさよ
脱北者の影が途絶える事のないこの国が強盛大国をスローガンに掲げ、金正恩(キム・ジョンウン)第一書記を国の最高指導者とする準備が着々と進む中、故・金日成(キム・イルソン)主席の生誕100周年記念を盛大に祝う布石として打ち上げたミサイル(銀河3号)が、北朝鮮の目論見をものの見事に打ち砕くが如く空中爆発し、ミサイル発射は事実上失敗に終わった。
長距離弾道ミサイルを『人工衛星の打ち上げ』などと子どもじみた嘘を平然と公にし、世界メディアの波に乗らんとする手法は、相も変らぬ北独自の姑息な手段としか言いようがない。
ミサイル一発の費用はおよそ600億円を超えると言われているが、この額は北朝鮮人民の食糧不足を2年間賄える額である。
この愚行はまさに『強制大国』そのものであり、今後の朝鮮半島に新たな火種を作る軍部の強硬派に於ける『核実験再開』の扉を開く危険性をも含んでいる。
それにしても日本政府の対応は決して褒められたものではなく、敵に手の内を見せるような防衛システムの在り方に疑問ばかりが付き纏うのは一体何故だろう。
ミサイル発射予告の情報に振り回され、挙句の果てに田中防衛相の情報発信遅延というオマケまでついてしまった。
原発事故の教訓が此処でも活かされていないという、危機管理意識の低さは北朝鮮を喜ばせる材料にしかならない。
日米韓も含め、世界は余りにも北朝鮮に対し寛大過ぎるのではないだろうか。国際社会から取り残され孤立を深める国にしては、大胆不敵な態度に敏感過ぎるほど反応してしまう日本の方が遥かに追い詰められているような気がしてならない。
一向に進展を見せない拉致問題にしても、常に先手を取られ舌先三寸で丸め込まれる外交の甘さが身に染み付いてしまっている政治家たちを見ていると、北と心中する位の気迫を持つ者が現れない限り問題解決への道筋は開けないだろう。
北のミサイル挑発失敗がそれも計算の内でシナリオ通りだったとしたら、『踊る阿呆に見る阿呆』で北朝鮮も日本もそして他の国も似たり寄ったりと言う事になり、どうせ阿呆なら踊った阿呆の北に軍配が上がったのかも知れない…。
4月6日、東洋大学の入学式(娘の)に出席する為、武道館へと足を運んだ。都営新宿線の九段下駅に降りた時点から既に混雑が始まっており、警備員が声を張り上げ誘導していた。
混乱を避ける為の処置なのかエスカレーターが動いておらず、地上までの長い階段を上るはめになってしまったが、心臓の悪いわたしやお年寄りなどにとってみれば、階段昇降が苦痛の何ものでもない事は確かであり、少々配慮の欠ける対応に焦慮感を抱いてしまうのは当然だった。
東京に住んで30年近くになるのだが、実はわたしが武道館へ出向くのはこれが初めてであった。1966年日本武道館で行われたビートルズのコンサートで、初めて武道館の存在を知った訳であるが、それ以来わたしにとって武道館は東京タワーと同じく東京の象徴として心の中に焼き付いていた。
人の波は途切れる事なく整然と一カ所を目指して続き、わたしもまたその流れに乗り迷う事なく目的地に着いたが、満開の桜が舞う中を歩くのも実に久しぶりの事であったし、娘の入学を祝うかのように降り注ぐ花弁の乱舞にわたしの心も躍動感に酔いしれていた。
娘が選んでくれたネクタイを締め、スーツを着、息子の勇樹が誕生日プレゼントに購入してくれた靴を履き、ほぼ1年ぶりの正装は娘の新しい門出と同様、わたしにとっても人生の再スタートと言ってもよいほどであった。
入学式は元自民党議員で東洋大学の総長でもある『塩川正十郎』氏の名誉博士授与式で幕を開けた。新入生約7千人とその保護者たちを合わせ1万4千人を超す人々で会場は満席。養護学校出身でしかも中卒であり、教育というものに殆ど縁のなかったわたしからみれば、大学はまさに雲の上の存在のようなものである。
その大学の何たるかを僅かでもよいから享受してみたいという願望も少なからずあったのは確かであるが、あらゆる価値観を持った者たちが集い学ぶ場所の頂点が大学であるとわたしは思っている。
その尊い場所で多くの人々と出会い、中には人生を左右する運命の場所になる事もあるだろう。人生の師と呼べる人物との出会いや一生を共に分かち合う仲間も出来るかも知れない。大学生活の4年間を自分の為、そして人の為、社会の為に悔いのないよう使って欲しいと願わずにはいられない。
桜の木々を見下ろすように建っている銅像は『品川弥二郎』であるが、九段坂・牛ケ淵お濠沿いの九段坂公園内にある。
戊辰戦争の際、新政府軍が歌った『トコトンヤレ節』(宮さん宮さんお馬の前にひらひらするのはなんじゃいな…)の作詞者であるとされているが定かではない。
然し、この軍歌を何故かわたしも知っており、今でも口ずさむ事が出来るのは、おそらく小学生の時の社会科の教科書にでも出て来たのだろう。
桜の花びらが散るように、戦争で多くの命が散って行ったのを懐かしむかのように見つめる弥二郎の視線の先には、東北の被災地がどのように映っているだろうか。
心安らぐ本当の春、桜が東北を優しく包む日はまだ遠く、訪れはしない。桜が桜でいられるように、わたしたちも皆、人としてあり続けるように一日でも早く被災地の復興を願わずにはいられない。
星は何でも知っている ゆうべあの娘が 泣いたのも…、余りにも古すぎてこの歌を知らない人の方が多いかも知れない。わたしの記憶が正しければ、昭和34年頃に平尾昌章が歌って大ヒットした楽曲だと思う。
何故か分からないがこのメロディと詞をしっかりと覚えており、口ずさむ事さえ出来るのだが…。この替え歌を作る為に記事タイトルを決めた訳ではないのだが、海の呟く声が最近よく聞こえて来て仕方がないのである。
「人間よ、何故こうもわたしを汚し続けるのだ」。地球はご存知の通り『水の惑星』である。宇宙から見た地球が青く輝いているのは地球の表面の10分の7が水で覆われているからである。そして全ての生命の源は海だ。
海のことを『母なる海』と呼ぶのは、生命の起源に由来する。地球上に生命が誕生したのは今から40億年も前の事であるが、それらの生命は海の中(母胎)によって陸からの紫外線など多くの危険から守り続け、我々人類の祖先の進化を育んで来たのである。
地球上に人類が誕生し、やがて高度な文明が築き上げられ、世の中が人間にとって都合よく造り返られて行き、この上なく便利な時代が到来した。
然しその一方で森林伐採などの環境破壊が進み、増大する二酸化炭素による地球温暖化という人類共通のリスクを産み出してしまったのである。
山は無残に切り取られ、川には産業廃棄物の汚泥が溢れ、魚の姿が消えて行く…。そして腐敗した水が海へと止めどなく流れ込む。
人間の未来の発展の為には多くのエネルギーが必要とされ、それはやがて原子力発電という『パンドラの箱』を開けてしまったのである。
福島第一原発事故発生以来、膨大な量の放射性物質が空、地上、そして海へと流れ出た。この約1年でどれだけこの日本が汚染されただろうか、その答えは誰にも解りはしない。冷温停止という名ばかりの事故収束宣言がなされても尚、わたしたちは確固たる安全を手に入れてはいない。
先月下旬、高い濃度の放射性ストロンチウムを含む汚染水が海に漏れ出したタンクの配管から、再び汚染水が漏れ出ている事が判明したが、管理者であり事故の当事者である東京電力のどれを取ってみても情報隠ぺいが付き纏い、公表されていない何かがまだ幾つも存在するのではないかという疑問が全く払拭出来ないのである。
人は人に対して嘘を付く生き物であるが、人は騙せても自然を騙す事は不可能である。『海は何でも知っている』そして海は怒っている。
漁の出来なくなった海で漁船が泣いているではないか、その海もまた泣いている、その海の流す涙で海が更にしょっぱくなって魚たちもまた泣いているに違いない。
4月4日の東京は、台風一過を思わせるような温かい春の陽射しが降り注いでいるが、昨日の寒冷前線を伴った低気圧は、日本列島各地に多大な被害を齎したばかりである。
日本海で急激に発達した低気圧が北東方面に進み、西日本を中心とし3日午前から『大型台風並み』の暴風雨が各地方を襲い、死者3名、怪我人300名以上を出すなど被害の拡大は36都道府県に及んでいる。
神戸市では僅か10分の間に36ミリという猛烈な雨に見舞われ、観測史上最も多い雨量となった。更に和歌山市では最大瞬間風速41・9メートルを記録し、この異常とも思える怪物低気圧の影響は47カ所で観測史上1位を記録している。
東京では強風と大雨のピークが午後6時ごろとなり、帰宅困難者の発生を見込んで午後の早い時間に仕事を切り上げる企業も多数あった。
JR、私鉄などの鉄道も全線運休や本数を減らすなど、空、海、地上の交通網も大幅に乱れ、都心の駅近辺では鉄道を諦め、タクシーやバスを利用する人たちの姿が目立った。
低気圧発生当初は1000ヘクトパスカルとありふれた数値であったが、低気圧が東に進むに連れて、北から吹き込む冷たい空気と南からの温かい空気が日本海上でぶつかり合い、一気に970ヘクトパスカルと大型台風並みに姿を変えたが、低気圧は更に発達しながら北日本へと向かった。
春は寒暖の差が激しい季節であり、『春の嵐』は毎度の事ではあるが、今回ほどの低気圧は過去に類を見ない。
地球温暖化が叫ばれて久しいが、地球の変動が確実に進んでいるのは確かであり、昨年の巨大地震による影響が気候にまで及んでいるのではという憶測も飛び交っている。
近年発生する台風も大型化しており、ゲリラ豪雨など気候変動による自然の猛威は人類に対する警告の合図ではないだろうか。
少子高齢化に突き進む我が国の未来に警笛を鳴らす材料ばかりが年々増えて行き、大海原を行き交う船舶を正しい航路へと導く灯台のような希望の光は一向に射して来ない。
完全失業率は若干ながら改善したものの、相変らず厳しい雇用情勢が続いている。国会での中心的論議は消費税増税ばかりに時間が費やされ、切迫した財政の立て直しに議員たちは躍起になっているが、自分たちは安泰という枠の中から一歩も外へ出ようとせず、結局のところ国民にそのしわ寄せが及び、痛みを分かち合える政治家が一人も存在しないというのは、日本の恥部であると言ってもよいだろう。
老後を豊かに暮らしたいと国民の誰もが願っている筈であり、その支えの一つが『年金』である。然しながら、日本経済の現状と社会情勢から今後の行く末を見積もってみても明るい兆候は全く見えて来ない。
一生涯に於いて安泰な暮らしを約束されている公務員を除けば、その他大勢の部類に入ってしまうわたし達は、大企業のエリート社員にでもならない限り、豊かな老後を手に入れる事は皆無である。
だからと言ってそれが全て国の責任だとは思わないが、『税』と言う金縛りに喘ぐ国民の気持ち位は理解して頂きたいものである。
さて、つい最近のニュースで話題に上っていた『企業年金消失問題』であるが、AIJ投資顧問の社長である浅川和彦氏が、衆院財務金融委員会に参考人として出席し、運用利回りの虚偽を自ら認め、運用成績の改ざん等を指示した事も明らかにし陳謝した。
然しその一方では「騙すつもりはなかった、損失を取り戻す自信もあった」等と発言。そのふてぶてしい態度や分厚い面の皮からは反省の色など微塵も見受けられなかった。
更に自分の年収が7千万円などと平然と言ってのけたのだから、人をバカにするのにも程がある。他人(企業)から預かった金を利用して利益を生む『投資』と言えば聞こえはよいが、それは競輪や競馬と同じギャンブルと大差ないのである。
投資には必ずリスクが伴うものであり、それが高額になればなるほど大きな利益を生む半面、一歩間違えれば巨額損失へと転落の一途を辿り、オリンパスのように取り返しのつかない過ちを犯してしまうのである。
一度消えてしまった金が全額戻って来るなどと言う事はあり得ない話であり、それが社会に与える影響は計り知れないほどのダメージとなり、年金を払えず倒産に追い込まれる企業も今後出て来る事は予想がつく。
そしてそれを食い止める為に、税金の投入というこれまた国民がそのつけを払う結果へと結び付いて行く。
政治家は世の中の潤滑油でなければならない筈なのだが、油が切れて錆ついた歯車同士が論議をどれだけ続けても、国会議事堂に棲み付く打算と狡猾の声が虚しく響くだけである。
春を呼ぶ声が野山を駆け巡り雪解けの音が聞こえてくれば、野生動物たちも長い冬眠から目覚め、新しい季節の到来と共に活動を始める。
昨年の大震災から一年が過ぎ、東北の地から元気な声が少しずつ届き始めて来たとは言え、地震と大津波の傷跡は今もなお色濃く残り、復興の足取りが順調に進んでいるとは言い難い状況である。
その様な中で急浮上したのが『休眠口座』。これを巡り、銀行側と政府が対立の度合いを深めているが、復興財源の捻出に四苦八苦している政府の思惑と、金融業界の言い分を傍観していて思ったのだが、まるで獲物を横取りするハイエナを連想してしまった。
10年以上に渡って預金の出し入れがない所謂、金銭が休止した状態の現金の事であるが、この休眠預金について、早速わたし自身も自分の通帳をかき集めてみると、静岡銀行、太陽神戸銀行、第一勧業銀行、三和銀行、城南信用金庫、みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行…これら7行の通帳が見つかった。
静岡から東京へ引っ越しし、更に都内各地を転々とした生活を送っていたので、それに伴い通帳も増えて行ったのだが、給料が手渡しから振り込み式に変わって来ると、嫌でも自動的に口座を開設せざるを得なくなる。
わたしの様に職場を転々とすれば更に通帳は増えて行く。現在使用中のメインバンクは問題ないが、過去に作った通帳については銀行そのものが統廃合などにより名称が変わってしまい、口座の残高など煩雑な手続きを踏まなければ結果に辿り着く事さえ出来ない。
通帳を放置したまま金銭管理を怠った者にも責任はあるが、1万円以下の預金口座に対し、銀行側からのアプローチが手薄というのも考えものではある。
毎年900億円という莫大な現金が休眠という形で発生している現状に対し、金融機関や政府そのものが何の手立ても打たず、民法や商法に基づいた形で預金者の権利喪失として銀行側の利益に回し、蔵の中に眠らせておくという埋蔵金と、それを掘り出したい政府の台所事情が如何に切迫しているかがよく見えて来る。
何れにせよ『ゆうちょ』の分も含めれば、1千億円を超える現金が活かされないまま冬眠から目覚める事なく今後もこのまま続くとなれば、預金者自身が一斉に解約へと突き進む事になるやも知れぬが、既にその予兆は現れ始めており、銀行のコールセンターはその対応にてんやわんやだそうである。
ある銀行OBの話によると、「通帳一つ作るのに約2千円のコストがかかる」らしい。それを前提にこの休眠口座を捉えてみると、『10年過ぎれば口座忘れる』で銀行側の利益として当然と言う、意図的な放置とも受け取れるのである。
このデジタル一色の時代に、銀行口座管理においてのオンライン管理が10年までであり、それ以降はアナログの紙伝票に化けてしまうというのも納得の行かない話である。
休眠口座を活用しているイギリス、韓国などからも情報を得て、銀行と政府から独立した休眠口座専用の窓口システムを創設し、出来る限りの早い段階で有効活用へとリサイクル運用すべきではないだろうか。