夜空を彩る花火の中に
あなたの影が揺らいで見える
浴衣の裾を昨日の雨で
少し濡らした私を
大丈夫?と
小さな肩を優しく抱いた
そのあなたは今
夜空の花火となって
私を見詰めていることでしょう
あの夏の日
二人の絆が途切れた時に
もう花火は見ないと誓ったのに…
8月3日、板橋、戸田で同時開催された花火大会へ行った。天候は雲一つ止めぬ晴天で空からギラギラと輝く真夏の太陽が地上を睨み付けていた。荒川に架かる笹目橋を渡り、打ち上げ会場のある戸田公園方面へと歩を進めた。絶好の撮影ポイントを確保するため、打ち上げ開始の時間より4時間前に荒川河川敷へ。その場所は2019年の花火大会の際に訪れていた事もあり直ぐ近くに救護所があったのを思い出し、さほど苦労せず見つける事が出来た。
昨年の花火大会は皆さんもご存知の通り病院のベッドで隅田川花火大会をスマフォで眺めていた。予定通りに計画を立て「今年こそは花火を撮る!」と長年の目標を抱いてその日を待ち望んでいたのに、想像すらしなかった心停止…。病室に響いたのは花火の音より大きい看護師さんの声だった。「神戸さん、神戸さん!」悲痛にも似たその呼び掛けで私は死の淵から呼び戻されたのである。私は心臓病を患ってから「九死に一生を得」体験を何度かして来た。最初は12歳の時でやはり不整脈で心臓が止まり失神、その場に倒れ込んだ。周りに人はおらず外灯もなく真っ暗な細い道だった。どの程度倒れていたかは定かではなかったが、自分で気が付いて何事もなかったかのように自宅へ帰った。顔面を強打していたので前歯が少し欠けてしまった。傷だらけの顔を見た祖母が血相を変えて「とし、どうした!?」「転んじゃった」とあっさり返答。それから2週間ほど経ったある日の昼間、実家に帰る途中でやはり不整脈で心停止、そのまま失神。気が付くと道の端にある側溝にスッポリ嵌って仰向けに倒れていた。二人の大人(男性)が心配そうに私を覗き込んでいたが、私は「大丈夫」と言って、そのまま帰宅。その数日後に2度めの緊急入院となった。そして年月が流れ33歳の時に心不全で余命1年の宣告。最近では2013年1月に心原性脳梗塞を発症し、右半身が完全麻痺。この時、意識を失う寸前「もう終わった…」と思った。ところが幸運の女神が微笑んだかは分からぬが後遺症が全くなく10日で退院。2020年4月にはコロナ感染疑い、夥しい咳と血痰、発熱が続いた。肺のX線は真っ白だったが、何故か1週間ほどで完全回復。こうして病歴を振り返るとキリがないのであるが、昨年の心停止は恐怖そのものだった。「死」をいままで以上に実感する事となった。生きている事の尊さ、こうして写真を撮れる喜びは私の人生の全てと言ってもよい。
花火の話題がすっかり病気にすり替わってしまったが、今回漸く花火をカメラに収める事が出来、長年の目標をひとつ達成出来た。ただ、一つ残念なのはカメラの設定を間違えてしまった事。花火を前にして興奮のあまりいつもの夜景撮影と同じ撮り方になってしまった。本当はバルブ撮影をしたかったのである…。9月下旬に都内でもう一つ花火大会があるようなので撮りに行こうか思案中…。






































