猫好きの人ならご存知かと思いますが、猫の足の裏を気にした事ありますか?実はピンク色と黒色の違いがあるんです。鼠を捕る猫は足の裏が黒いです。つまり狩が上手で賢い猫と言われています。最近家に鼠なんて見かけなくなりましたが昔は一杯いて鼠獲り機などをよく仕掛けておきました。ちゅーちゅーペッタンなんて物が今は売られていますね。でもどぶ鼠は見かけないでしょう。大きいですから猫が逃げ出します。水に漬けて殺すというのも残酷でした。子供の頃飼っていた猫はハンターの名人でした。鼠を捕まえると見せに必ず来て隅っこで美味しそうに頭から尻尾まで食べていくんです。何故見せに来るかというと褒めて貰いたい訳じゃなく「お前にはこんなこと出来ないだろう」と人を馬鹿にしているんです。猫はプライドが高いです。
平成元年私は余命一年の宣告を受けた。傍らには彼女がいたが俯いていた。聞かなかった事にしよう、何度もそう思ったが心臓は張り裂けそうだった。心臓とは別に私は冷静だった。今更命の長さを言われた所でうろたえたりはしない。長い付き合いだからそれに比べたら一年なんてと思った。病院の帰り道天を仰いだ。そうか今一人じゃないんだ。人はみな空を見て天というが何処から何処までが天なんだろうか?僕のいるここは天じゃないのかな。判れるかしかないね。「今度の日曜日両親に会って」信じられない言葉が帰って来た。両親はにこやかに受け入れた。信頼している娘が決めた事だからと任せているようだ。私は逃げたくなった。明日の命さえ約束出来ない男と結婚するか?みな自分が可愛いだろう、保障された将来をみな願っているはず。結婚式の二日後三井記念病院に入院し、一ヶ月後9時間に及ぶ大手術を受けた。薬は手放せないが生きている。生かしてもらっている。私の空間には天があったのだ。
もう忘れている人が大勢いるかも知れない。あれから3ヶ月、私は昼食の為外に出て見ると青梅街道沿いにTBS、朝日、日テレ等の報道車が一直線に並んでいる光景を見た。ただ事じゃない気配、一体何が起こったのだろうっと不思議に思いながらいつもの公園でサンドイッチを食べた。空は青くいつもと変わらぬ日常。生の営みは繰り替えされている。それを切り裂くような事件だった。会社に戻ってヤフーを見ると、なんと「ポール牧飛び降り自殺」ショックだった。つい先日エンタの神様にゲスト出演してぱっちんしていた。原因はうつ病だった。仕事が減り悩んでいたようだ。確か彼は一度頭を丸めて出家しているはず。心が純粋で繊細な人ほど傷つき易い。バイブボアのドザエモンさんのようにふてぶてしくは生きられない世の中なんだろう、合掌。
私は2週間に一度のペースで精神科に通院している。それをもう3年続けているが、それまでに3回病院を変えている。一度目は悪い医者に当たってしまいひどい目にあってしまった。そして大学病院に変更してみたが、余りにも待ち時間がながく行く度に医者が変わり同じ事を何回も話さなければならず疲れた。そして3回目にしてやっと良い先生に巡り会えたのである。この先生に出会えた事が詩集出版に繋がった一つの要因でもあった。だから私は先生にも献本した。本を出版すると献本作業がある。当然出版社がある程度マスコミ系には献本するが私は今までお世話になった先生や知人にも献本した。その数は約50人に及んだ。作家の小川国夫にももちろん献本したが事前に電話を入れ、本人とは話せなかったが奥さんが私の事をよく覚えており、話が弾んだ。他に有名な人では心臓外科医では世界で5本の指に入ると言われる須磨久善先生、NHKのアーカイブにも出ている有名な心臓外科医。お礼の葉書が届いた時には感激した。献本用のケースは文芸社が無料でくれた。独立法人国立特殊教育研究所にも所蔵されている。自分が在籍した学校にも献本した。学校の先生達からは高く評価されていてとても嬉しい。写真は病院に展示されている著書。
本を出版すると様々な反応がある。本は書店に置かれ平積みされる事がベストであり多くの出版経験を持つ人の最高の夢ではないだろうか。しかしここまでたどり着くには容易ではない。まず出版社選びからスタートしなくてはならない。その前に立ちはだかるのがジャンルという問題。詩集の場合を考えてみると不幸としかいいようがないのである。日本は仏教の国であるから詩に対しての評価が低い、と言うか歴史がない。欧州から入ってきたものだけに人はあまり詩を読まない。一時期ブームになった事はある学生運動が活発だった頃の話。それでも大したブームではなかった。書店が一番嫌う本が詩集だ。それは売れないからである。書店は本を売って成り立つから売れそうな本しか置かない。詩集はあるが片隅の目立たない所にポツンと設けてある。書店のレベルを考えた時如何に大型書店と言えども詩集の置いてない書店は二流と言えるだろう。




