プールサイドの人魚姫 -12ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO200,SS1/50,f/6.3 Z24-200mm f/4-6.3VR

 

 

A Happy New Year!
 

 皆さま、新年明けましておめでとうございます。

 昨年は当ブログに訪問頂き心より御礼申し上げます。今年一年が皆さまにとって、希望に溢れた明るい年になるようお祈り申し上げます。写真ブログとしてはまだ2年余りと若輩者ではありますが、皆さまの心に残るような写真を目指し、今年も邁進してまいりますので昨年同様、今年も宜しくお付き合いのほどお願い致します。

 

 さて、昨年を振り返ってみれば、やはり『コロナ』に翻弄され、毎日報道される感染者の数に一喜一憂し、一年を通して『緊急事態宣言』の繰り返しにうんざりするほどのため息しか出ず、それが撮影にも影響を受け、好きな夜景も思うように撮れないと言う、不都合な日々の中でもがいていた自分を思い出す。『レインボーブリッジの夕暮れ』を撮るのだと少し無茶をし、その帰り道で転倒しその結果、右脚に全治4ヶ月の大怪我を負ってしまうと言う、なんとも不甲斐ない状態に陥ってしまった。

 幼い頃から痛みには慣れっこであったが、これまで味わった痛みの中で、この怪我が一番痛かった。1ヶ月間はまともに歩けず随分と不自由な思いをしたが、普通に歩ける事の有り難さを身を持って痛感した。結局、完治するまで半年も掛かってしまったが、これを機に絶対に無理はしないと心に誓った。あれほどの大怪我にも関わらず骨折を免れたのは奇跡とも言える。昔から運は良い方だが私は常に幸運の女神に守られているのだと実感している。そう言えばもう何年も入院から遠ざかっており、2017年9月に抜歯のため入院したのが最後でそれ以来入院とは縁がない。4年以上入院0が続いている!心不全で年に何度か救急搬送されていた自分が今は存在していないのだ。心臓疾患だけでも4つ抱えそれに加えて慢性腎不全もある。確かに薬だけはもうこれ以上は増やせないと主治医が嘆くほど増えてしまったが、それとは裏腹に私はすこぶる元気が良い!これも一眼レフを始めたその恩恵なのだと思う。

 自分の情熱を傾ける事が出来る何かが在ると無いとでは雲泥の差。健康にはもう慣れないけれどそんな高望みはしないし、今の自分が充実していればそれで全て良し。今年の干支は寅年なので12月中旬、上野動物園へと出掛けた。本当は野生の虎を撮りたいと思ったがそれは無理。コロナ禍を考慮して混雑を避けるため完全予約制であった。親子のトラを撮りたかったなぁ…。もう少しアップの写真が欲しかったが望遠レンズを持っていないので、高倍率のズームレンズを使った。爪研ぎしている姿を見た時、やっぱり大きな猫だ!とつい笑みが溢れた。それにしてもこのトラ君、名前は知らないがしっかりカメラ目線でこちらを向いてくれた。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/400,f/3.5 TAMRON SP90mm f/2.8 Di MACRO VC USD

 

 

優雅なドレスを身に纏い

粋なステップ軽やかに

観るもの全てを魅了する

魔性の笑み浮かべて

私の心を虜にする

さあ その情熱のラスト・ダンスで

最後の恋を咲かせて欲しい



 

 昨年は芝公園の秋バラを撮影したので、今回も同じ場所へ行ってみたのだが何処にも薔薇は咲いておらず空振りに終わった。コスモスの時は4度も場所変えて漸く撮影出来たが、今年はどうも花に嫌われてしまったようだ。一度撮ると決めたら何があろうとも実行するのが私のポリシーなので一切妥協はしない。

 芝公園を諦めそして選んだのが『鳩山会館』だった。有楽町線の江戸川橋で下車し、徒歩10分も掛からない場所にその洋館はあった。初めての訪問だったので心踊らせながら行った訳だが、大きな門の所で一旦立ち止まってしまった。長い上り坂が延々と続いてるのである…。心臓の悪い私が最も苦手とするのが上り坂と階段だ。

 それまで軽やかだった歩調が一気に重くなり中々前へと進まない…。肩で息をしながら途中にあった休憩場所に腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎり一つを頬張った。5分ほど休憩し荒かった息が静まったのを見計らって、今度は一気に登り切る。すると大正時代にタイムスリップしたかのような美しい洋館が姿を現した。バラ園のある中庭へ行くには建物の中を通る。陽当りの良い居間には様式の椅子と大きな四角いテーブル、そして鳩山一郎が嘗て使っていたであろう様々なグッズが展示されていた。

 拝観料が有料だけあってバラの手入れもしっかりされており、管理人らしき女性と初老の男性が黙々と作業を続けていた。戦後の日本の政治が此処から生まれ、世界へと羽ばたいて行ったであろう事は華やかな薔薇と洋館の佇まいから感じて取れた。

 薔薇に限らず花を撮るならやはりマクロレンズが一番であるが、被写体との絶妙な距離感が大事で、マクロだからと言って極端にアップで撮る必要はない。その花の持つ魅力を如何に引き出すかである。因みに花を撮る時はオートフォーカスではなく、マニュアルに切り替えて撮影している。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO125,SS/30秒,f/16,SIGMA 12-24mm f4.5-5.6ⅡDG HSM

 

 先に投稿したリゾートホテルの直ぐ近くにこの『有明ジャンクション』がある。ゆりかもめに乗って『台場』で降りれば、さほど歩く事もなく十数分で現地に着くが、レインボーブリッジと首都高速を撮影するとなれば『有明北緑道公園釣りエリア』を北に向かい高速道路に沿って進めば良い。一枚目のレインボーブリッジや東京タワーが写り込んでいる方は夕暮れ時のトワイライトタイムを狙って撮っている。絞り18、露出時間25秒。ISO100の設定とした。

 突き当りのエリアは緑道公園になっており、そこから眺めるレインボーブリッジも絶景であるが、望遠レンズがあれば尚良い。公園の向こう側は『豊洲ぐるり公園』。休日ともなれば多くの釣人で賑わっている。

 JCT(ジャンクション)の夜景撮影がブームになったのは10年以上も前の事で、書籍まで発売されていたらしい。その前は『工場夜景』が人気で、現在ではブームも定着しており、JCTよりもどちらかと言えば工場の方が初心者向きと言えるかも知れない。三脚を使えば一眼レフでなくともスマフォで綺麗に撮れるようだ。

 私の場合JCTが先になったので工場夜景はまだ未知の世界。いずれは撮るのだけれど、やはり川崎の浮島町にある工場地帯だろうか。ただ、歩いて行けるのか調べた訳ではないのでなんとも言えないのだが…。自分が徒歩で行ける判断基準はグーグル・マップで調べ徒歩30分圏内ならOKである。足の怪我は別として心不全を起因とする体調不良が続いていた為、ここ暫くは撮影自体を止めていた。11月初旬に入院寸前で主治医に入院を勧められたが断り、自宅静養とし1週間で体重を3キロ近く落とし、自力で回復させた。かなり無茶をして撮影を続けたのが祟ったのだろう…。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO100,SS/20秒,f/16,SIGMA 12-24mm f4.5-5.6ⅡDG HSM

 

 

 ミラーレス一眼のZ7Ⅱで初めて撮影した夜景がこのリゾートホテル『ホテルトラスティ東京ベイサイド』。お台場にある『夢の大橋』を有明方面に渡ると直ぐそこに聳え立つツインタワーのビル。初めてこのビルを見た時、ホテルとは知らず高級マンションかと思った。一見、都庁にも似ているこのビルが、夜になるとその表情を一変させ、「一度は泊まってみたい」と思わせる演出が心憎い。

 この時はまだZレンズを持っていなかったのでFマウントのSIGMA12-24mmを使用。後になって14-30mmのZレンズを購入する訳だが、私的にはSIGMAの方が好みである。12と14mmでは僅か2mmの差ではあるが、この2mm、『痒い所に手が届く』ほどの大きな差がある事に使ってみて実感した。超広角レンズの弱点は四隅の解像度がどうしても甘くなりがちなのだが、SIGMAは隅々までシャープに解像し、昼夜、区別なく見事なまでのクオリティを実現している。

 2011年8月発売だから10年も前のレンズなのだが古さを全く感じさせない辺りはレンズへの拘りを追求したSIGMAならではの技術力ではないだろうか。一眼レフのD810に装着していた時は全く気にもしなかったが、軽いZ7Ⅱへ装着するとカメラ本体よりもレンズの方が若干ではあるが重いため、撮影時はバランスを崩さない配慮が必要かと思われる。但し、夕景や夜景撮影時に三脚を利用する際は重量の事は気にする必要もなく、撮影に集中出来る。

 購入したばかりのミラーレス一眼だった事もあり、細かな設定がまだ理解出来ておらず適当に撮影してしまったが、仕上がりを見ると何とか及第点を付けてもよいと思う。

 

 

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO80,SS/6秒,f/16 Z14-30mm f/4 S

 

 東京五輪が終わっても引き続き開催されるパラリンピック開催中であれば、隅田川に架かる橋の幾つかは五輪カラーにライトアップされるかは確認した訳ではなかった。8月下旬、炎天下の厳しい残暑を物ともせず、吾妻橋を目指した。都営浅草線の浅草で下車すれば直ぐそこに吾妻橋の姿を見て取れるのは知っていたが、目的地までの工程も撮影の一環として捉えている私は敢えて都営大江戸線に乗り両国駅で下車。コンビニでおにぎり一つと500Lのペットボトル(緑茶)を購入。両国橋から隅田川テラスに下り、日陰を選び石の椅子に座りおにぎりを頬張る。これが私の昼食であるが、隅田川の流れや行き交う船を眺めながらのひとときは至高の幸せ時間である。

 人のいる場所に行けば餌にありつける事をよく知っている鳩が数羽、足元に寄って来る。私の両手から溢れ落ちた米を嘴で器用に突いている。鳩のお陰で足元を汚さずに済んだ。陽はまだ高く夜の帳まではまだまだ時間があった。この頃から私はモノクロ写真に興味を持ち始めていたので、わざと眩い光の中に飛び込んで行った。白黒の世界では、何の変哲もない日常風景が総天然色とは打って変わり、鮮やかな切れ味鋭い刃物のようにその存在感を増すのである。

 数十年前はみなモノクロフィルムで白黒が当たり前だったが、写真の本質を見抜くのであればやはり白黒なのだろうと思う。雲の一片もない青い空でキラッキラの太陽が我が物顔で輝いている。それに狙いを定め、逆光好きの私が撮らないはずはない。D810の一眼レフで撮影していた時は眩しくてファインダーをまともに見れず、当てずっぽうで撮っていたが、ミラーレス一眼の電子ビューファインダーは太陽を見ても眩しくないため、思ったように撮れるから非常に有り難い。吾妻橋を目指しながら、あちらこちらに点在する光と影の世界を見つけてはシャッターを切り、目的地へと向かった。

 現地に着いてからもう少し時間があったので、黄昏時までの過程をカメラに収める。そして時計が午後7時に差し掛かり、辺りは沈む太陽の余韻を空に残しつつ、暮れ始め、ビルや道路の街灯が点り始めた。時間的にもうそうろそろライトアップされてよいはずと思いながら待っても待っても点灯しない…。

 やっぱり五輪カラーには点灯されないのかと諦め、テラスの階段を上り、帰ろうとしたその瞬間に鮮やかな五輪色が光ったのである。待ちに待ったその瞬間に出会え、心は躍り、興奮しっ放しでカメラを橋へと向けた。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS1/500,f/5.6 TAMRON SP90mm f/2.8 Di MACRO VC USD

 

 

微風がわたしの心を

揺らして過ぎる

蕾の時から待っていた

やがてこの日が来る事を

貴方がわたしを

見つけてくれて

そっと優しく

摘み上げてくれるのを


 

 秋桜を撮るためだけに今回は4箇所を巡る結果となった。先ず始めに向かったのは都会のオアシスと呼ばれている『浜離宮恩賜庭園』。緊急事態宣言中であったため、事前に予約を取る必要があった。平日だった事もあり訪問者は指で数えるほど少なく、のんびり出来たのは良かったのだが…。

 コスモス畑を見て回ると、既に見頃のピークを過ぎていたためか、枯れて萎れた花がかなり目立ち、自分が思い描いていた絵が撮れない残念な結果となった。東京五輪開催のため、今年は例年よりかなり早い時期に種を蒔いたようだ。

 なんとしてもコスモスを撮りたいと言う気持ちは全く収まらず、日を変えて次に向かった先は江戸川区にある『篠崎ポニーランド』。この場所にも規模はさほど大きくはないが、コスモス畑が幾つかある。子どもたちが小さかった頃、家族4人で瑞江に15年ほど住んでいたため、故郷に帰省したような懐かしさと親しみを感じた。

 ところがである、何処を見渡しても想像していたコスモスの姿が見当たらない。更に、ポニーランド自体はこの日、葛西臨海公園へ出張乗馬のため休園だった。ポニーもコスモスも見れないと言う踏んだり蹴ったりの結果だった。確かに畑はあり、僅かだが強い風にも負けず健気に咲いている秋桜はあった。畑に居たご老人に聞いてみると、既に刈り取ってしまったらしい。

 今年はすかっり秋桜に見放されてしまったようだと独り言を呟きながら、帰り道の足取りは重く重くカメラ機材も更に重く感じた。だが、秋桜への執念はさらに深くなり、次に訪れたのは『葛西臨海公園』。大観覧車を背景にしてコスモスを撮ろうと意気込んで行ったのだが、コスモスなど何処にも咲いておらず、観覧車の下には枯れ切ったひまわり畑があるだけだった。「二度あることは三度ある」と言うが、全くその通りになってしまい、気持ちが砕けると言うよりも、ここまで秋桜に嫌われたかと、つい笑ってしまった。目的を果たせなかった時の疲労感は、通常の3倍、4倍にも感じられ、「やーめた!」と放り出してしまいたくなるのだが「絶対撮ってやる!」という執念の炎がメラメラと燃え盛って行った。

 ここに行けば何とかなると目指したのが最後の砦『昭和記念公園』。だがこの頃、わたしは体重が増え始め、心臓にかなり負担が掛かっていた。それでも体調不良を無視して強行した。この日は好天に恵まれ、残暑もかなり厳しかった。歩くのが辛いと思いつつ、立川口のゲートを潜る。コスモス畑の拡がる場所まで歩いて30分は掛かったが、目前に拡がる広大な畑を見て、漸く念願がかなったと思ったのだが…。

 台風16号の影響で強風に晒されたコスモスたちは、殆どが斜めになぎ倒されていた。空に向かって真っ直ぐ伸びるコスモスが見当たらない…。然し、それでも諦めずじっくり時間を掛けて撮りまくった。多分、2時間は撮影だけに費やしたと思う。本当は西に沈む夕陽を背景にしたコスモスを撮りたかったが、ゲートは17時に閉門となる。そのため、夕暮れ時のコスモスは諦めるしかなかったが、何とか思い描いた花を何枚か撮影出来たので、漸く肩の荷が下りた。帰りはヘトヘトで呼吸も苦しく誰もいなければその柔らかい芝生の上で眠ってしまいたかった。

 

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB電球,ISO500,SS1/50,f/1.4 SIGMA 35mm F1.4 DG HSM Art

 

ゆらりふわりと

漂う君に

僕はほんの少し

嫉妬する

方向性なんて必要ない

その君の

自由な生き方に


 

 私は年に数回、水族館へ行く。目的は水中生物の鑑賞ではなく撮影のため。被写体は『クラゲ』と決めているため他の生物は撮らず少し眺める程度である。クラゲにも種類があるが、最も興味があるのは『ミズクラゲ』。

 足の怪我がまだ完全に癒えていなかったので、それを考慮し最も近くさほど歩かない距離にある池袋の『サンシャイン水族館』を選んだ。緊急事態宣言中で、入場制限があるのを知らず訪れたため、事前に整理券が必要である事を館内入口で始めて知った。案内板に整理券の取得方法が書いてあったので、スマフォをかざしてみたのだが、どうもうまくいかず、結局、受付の女性にその場でお願いし、紙の整理券を発行してもらい、30分ほど待ってから入場する事が出来た。

 クラゲの撮影は初めてではないので、撮るコツはある程度理解していた。以前にもクラゲの記事を掲載しているが、その時はまだ一眼レフのD700で、レンズはタムロンのマクロSP90mmだったが、今回は更に明るいSIGMA 35mm F1.4を使用。水族館は館内がかかなり暗いため、ISO感度をある程度上げる必要がある。ホワイトバランスは電球がおすめ。ゆっくり動いているクラゲではあるが、実際にファインダーを覗いて撮ろうとすると中々ピントが合わず意外と素早い動きをするものだと改めて実感する。

 追尾AFで撮れば良いのだが、つい忘れてただ只管シャッターを切りまくった。クラゲを追って撮るのではなく、ある一定の場所にフォーカスを当て、そこに来た時にシャッターを切れば上手く撮れたりする。焦って追い掛ける必要はなく、釣りのようにじっくり構えて待てばよいのだが自分の性格上待てない!この当たりの駆け引きは人間同士の恋愛に似ているかも知れない。逃げる恋は追ってはいけないのである。

 緊急事態宣言が解除されてコロナがある程度収まって来たら江ノ島水族館へ行きたいと思っている。江ノ島に行ったら撮りたい物が沢山ある。海、そして江ノ電も是非カメラに収めたいと思う。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB晴天,ISO64,SS/15秒,f/16 Nikkor 20mm F1.8G ED

 

 

 東京のような大都会でなければ撮影出来ない物は数多くあるが、ジャンクション(JCT)もまたその一つであるだろう。隅田川大橋を渡り、日本橋箱崎町方面へ少し歩くと、箱崎ジャンクションに着く。走る車の光跡も一緒に撮りたければ平日の交通量の多い時間帯が狙い目である。

 近くを隅田川が流れているので、橋や、川面に映り込むビル群の夜景を撮るには一石二鳥と都合が良い。最初、日曜日に訪れた時、交通量が極端に少なかったため、思い描いていた都会の風景が撮れず失敗。その教訓を活かして今回は平日に撮影。西新宿JCTと比べると、若干規模が小さいかなぁと思ったが、それでも何とか想像以上の物が撮れたので気分が良かった。

 帰り道では隅田川大橋や、高速道路を下からのアングルで何枚か撮影した。都会の夜景は山や緑の田園風景とは違い、人間が造り上げた人工物の塊であるが、そこには迸る大きなエネルギーを随所に感じ取る事が出来るし、そしてまた芸術的センスも合わせ持つ鉄筋、或いはコンクリートの造形物に畏敬の念さへ抱いてしまうのである。

Nikon Z7Ⅱ,Mモード,WB曇天,ISO64,SS1/250,f/20(9)Z24-200mm f/4-6.3VR

 

わたしたちは

苦難に負けない

強い意志と

互いを思いやる

至上の優しさを備えている

 

 

 8月中旬(お盆の時季)に昭和記念公園へ向日葵の撮影に行く予定を立てていたのだが、8月には珍しく季節外れの長雨、夏とは思えぬ低温により断念。ネットで東京近郊のひまわり畑を探索するも、何処もコロナの影響を受け入園出来ない状態。唯一、昭和記念公園だけが入場可能だった。だが、お目当てのハイブリッドサンフラー(背が高い)は、既に見頃を過ぎ、皆、太陽に背を向ける様に項垂れていた。

 背の低いサンフィニティの方は元気よく咲き誇ってるようだったので、諦めの悪い私は淡い期待を胸に懐きつつ立川へと向かった。脚の怪我から回復してまだ間もない為、一抹の不安はあったが脚を気にしつつひまわり畑へと歩を進めた。

 立川駅に着いた頃は厳しい残暑を抱えた太陽が眩しく輝いていたのだが、途中から一気に雲が湧き出て来て、何と雨がぱらつき始めたではないか!「おいおい、ここまで来て雨かよ…」と一旦は帰ろうと思ったが、後10分も歩けば向日葵に出会えると思うと、雨に濡れた向日葵もまた絵になると思い、現地を目指した。

 するとその内、雨は止んでくれた。本当は昨年のようなギラギラ太陽と一緒に向日葵をカメラに収めたかったのだが、雲が多すぎてそれは諦めるしかなかった。マクロレンズのタムキューで撮りたいとも思ったが、タムキューは重いのである。軽いミラーレスとはバランス的にしんどいと思い、ここは紫陽花の時と同様にZマウントのズームレンズを使用。サンフィニティは背が低いため、花と同じ目線で撮ろうとすれば腰を低く、或いは地面にしゃがみ込んでの撮影となる。

 便利な液晶モニターを使えばローアングルからでもさほど苦もなく撮れるのだが、私はファインダーを覗かないと撮った気になれないのである。詰まらない事に拘っていたら、カメラ自体の性能を活かせないのは分かっているのだが…。しゃがむ時、どうしても怪我をした右足に体重が掛かってしまい、結構キツイ姿勢をとってしまったが、撮影が始まると怪我の事など吹っ飛んでしまい夢中でシャッターを切っていた。

 私の直ぐ近くに2歳位の男の子がおり、その子が私に向かって駆けて来て肩の当たりに「ドン!」とぶつかったが、私「OK!OK!」と言いながらファインダーから眼を離す事はなかった。

 帰り道、ミラーレス一眼の軽さを実感しつつ、重たかったD810を懐かしく感じていた。一眼レフを始めて約2年、私を育ててくれたカメラに感謝しつつ、次は何を撮ろうかと次の被写体の事で頭の中は一杯だった。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO100,SS1/80,f/4,VR 16-35mm f/4G

 

 東京タワーは私にとって特別な存在である。東京タワーを眺める度に脳裏を過ぎるのは幼き頃の父との想い出。以前、記事にした府中刑務所の事だが、父と伯父と3人、静岡行きの東海道線に乗り、雨に煙る灰色の空に突き刺さる様に聳え立つ真っ赤な東京タワーを、小さな窓から眺めていた。そんな私の姿を察した様に父が言った。「とし坊、今度父ちゃんと一緒に東京タワーに上ろうな…」。

 私は飛び上がらんばかりに嬉しかったが、その約束は果たされる事はなかった。府中刑務所に移送される前、藤枝警察署の留置場の面会時に、服役中、私の面倒を誰がみるかで親戚の福治伯父さんと良一爺ちゃん(祖父の弟)でもめていた。結局、良一爺ちゃんの家でお世話になる事となったが、父は二人の前で声を噛み殺すように号泣し、何度も頭を下げたと言う。

 良一家で世話になり始めて半年ほど経った頃、一枚の葉書が届いた。夕食を終え、縁側でくつろいでいる時、良一爺ちゃんが声を掛けて来た。「とし、信(のぶ)から葉書が来たぞ!」。

 アルコールが切れた震える手で書いたのだろう、ミミズが這ったような字で小さな葉書に青いボールペンでびっしりと隙間なく書かれていた父の想いが葉書から溢れ落ちるようだった。

 ーーとし坊、元気にしていますか、父ちゃんは今、パンを焼く仕事をしています。藤枝に帰ったら、とし坊に美味しいパンを腹一杯食べさせてあげるからねーー。

 アルコールさえ飲まなければ本当に優しい父で、そんな父が私は大好きだった。

 「とし、信に返事をかけよ」良一爺ちゃんが私の頭を撫でながら言った。私が父にどんな返事を書いたのか記憶にはないが、父の葉書の事は昨日の事のように覚えている。

 東京タワーのてっぺんで、今も酔っ払いながら「とし坊!!」と父が呼んでいるような気がしてならない。