これから静岡の浜松まで行って来ます。学校から招待状が届いており、明日11日が式典で、朝早いので今日出発して友人宅に泊ります。帰りは明日遅くなるので、記事アップお休みします。
3年前の8月、まだ私が元気だった頃。夏休みを利用して家内の実家である柏崎に車で向かっていた。関越自動車道を軽快に黒のマツダプレマシーが日本海の潮の香りを浴びるために走っていた。ハンドルを握る手は少し汗ばんで緊張気味だった。それが最後のドライブだった。ハンドルを握れなくなったいきさつは皆さんに話して着た通り。精神安定剤をたらふく飲んで運転してはいけませんよね。お巡りさんに呼び止められたら逮捕です。そしてその3年間お付き合いしてくれたマイカーを別け合って手放しました。マンションの駐車場に取り残された車の陰影が消えません。孤独なパーキング。一ヶ月もすれば別な人の車が入ります。さようならプレマシー、我が愛車よ。私の分までこれからも何処かで走り続けていて欲しい。
猫パンチと言えば俳優「ミッキー・ローク」だが、あの試合はショーなのでボクシングと言えるかどうかは別として、亀田兄弟の試合はまさにボクシングの醍醐味を存分に発揮させる内容だった事は間違いない。彼らの強さは日々の鍛錬と世界チャンピオンに必ずなると言う強い信念から成り立っているのだと思う。スポーツの中で、特に格闘技は現役生活の短いもの。パンチの強さとスピードを兼ね備えた亀田家の坊や達が本当の意味でその真価が問われるのは世界チャンピオンになった後のことであろう。追う者と追われる者の違いがそこにある。捨てるものがない挑戦者達は負けて元々と捨て身で挑んでくる。世界は広い、上を見れば限がなく頂点に立ったからと言って油断をすれば寝首をかかれる結果となる。それが勝負の世界だ。ベルトを守るのではなく、如何に世界チャンピオンとしてその名に相応しいボクシングをするかだろう。ベルトを奪われるのを恐がって守勢にばかり回っていれば、自分のボクシングスタイルを忘れてしまう事になる。負けることも大事でありそこから学ぶべきことも豊富にある。勝つだけでは真のチャンピオンにはなれな事を彼等はこれから学んで行くだろう。

自宅マンションの裏側に、大きなグラウンドがある。休日ともなれば少年野球チームの対抗試合や練習が盛んに繰り広げられる。監督やコーチの大きな声とそれを見守る親たちの声援が空の彼方に響いていた。野球は子ども達にとってもっとも人気のあるスポーツ。将来の夢はプロ野球選手という子ども達の夢は大きい。それはともかくとして現代の子どもたちに最も必要なものは体力と精神力。どんなスポーツでも良いから健康な身体を持っているのであれば、出来るだけ子どもにスポーツをやらせてみて欲しい。スポーツをしているかいないかで子どもに大きな差が出てくることは間違いないだろう。礼儀作法、忍耐力、思いやりなど今の時代に最も欠けている要素だ。これらがスポーツを通して培われて行く。私のように健康とは無縁であっても頭の中でスポーツをすることだって出来るのだ。身体を動かす事だけがスポーツではない。病気を抱えていたらそれを乗り越える為に本を読んだり、絵を描いたりする事。これは頭のトレーニングとなる。子どもたちよ未来の為に頑張ろう。
青木さやかをTVで最初に見た番組は、確か「笑う犬の情熱」だったと思う。このお笑い番組はタイトルがよく変わるので、スタート時が何だったか覚えていない。ウッチャンナンチャンが中心でコントを繰り広げるのだが、結構受けた。ベッキーもこの番組で初めて知ったが、今でも彼女のファンである。ある時いつもの番組メンバーに初めて見る顔が現れた。番組のADなのかな?とさえ思ったが、妙に気になった。殆ど台詞もなくコントの中に溶け込んでいる。そして数回見て行く内に、その存在感が見る見る大きくなって行った。そして今や誰でもが知る毒舌お笑いタレントになった。私たちが知るお笑い芸人はほんの一握りの数であろう。お笑いだけに限らず世には出ているものの知られていない歌手や小説家は数多くいる。「何故俺は売れないのだろう」と疑問を投げてみると「お前には華がない」と大体決まった返事が帰って来る。確かに売れている人達には人を惹き付ける魅力がある。だが、その影で人一倍の努力をし、悔し涙を飲んで来たことか。いきなり売れるタレントなどいないが、売れる要素がありながらそれに気付かないまま華を咲かせず散ってしまう人も多い。自分を育ててくれるスタッフがあり、チャンスがありそして己の努力が実った時それは大輪の花となるのだ。

私が最初に笑点を見た時の司会者はてんぷくトリオのメンバーだった三波伸介だった。笑点の歴史は古く1965年3月に「金曜寄席」としてスタートした。タイトルは三浦綾子の小説「氷点」のパロディとして付けられた。あれから40年以上もこの落語番組は笑顔を視聴者に送り続けて来た訳である。漫才ブームや今流行のエンタの神様、笑いの金メダルなどは、この笑点が原点ではないかと思う。スタジオ収録と違い生放送というやり直しのきかないお笑い番組。舞台の緊張感が笑いの中に伝わってくるようにも感じられる。長い期間続いていれば司会者や出演者も当然変わる。座布団係りは松崎真から山田隆夫へ、そして4代目司会者だった三遊亭円楽師匠がついにその座を桂歌丸師匠に引き継いだ。3代目だった三波伸介が天国できっと「びっくりしたなぁ、もう」と笑いながらエールを送っている事だろう。





