自殺サイトは駆け込み寺か?? | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


自殺サイト 交通事故による死者の数は年間で約1万人。そして自殺による死者は3万人。日本はいつからか深く病んだ自殺大国になってしまった。
豊かな暮らしを支えるものは経済の発展であるが、常に発展し続けるものでもない。人間と同じで成長はやがて止まり、衰えていくものである。
インターネットが世界中に普及し続け、留まることなく急成長している。IT産業という言葉すら既に古臭さを感じるほどだ。ネットを開けば自分の好きなところへ自由にしかも瞬時に移動でき、欲しい情報が簡単に手に入る。発展途上中の中国ではブログ人口が6千万人を軽く超えたと言う。日本国内でも1千万人がブログを持っている。
情報交換も盛んに行われ、パソコン一台で商売さえ出来る時代だ。しかし、これら顔の見えない世界を悪用する商売や情報が氾濫し続けているのも事実だ。
自殺を幇助するようなサイトがあったり、怪しい薬物を売るサイトもある。一人で自殺が出来ないため、仲間を募り集団自殺など命を軽く、しかもあっさりと諦めしてしまう人たちが後を絶たない。自殺する理由はそれぞれあるだろうが、どんなに頑張っても命はいずれ絶えるもの。
わざわざ自ら死を選ぶことはないと思うが、生きていることに耐えられなくなった時、ふと死の影が傍らに寄り添ってくるのである。これを死神というが、精神を蝕んで行く死神は人間の思考力を奪い、死の観念を植え付けてしまうのである。死に捉われた心は石のように固くなり、身動き出来ず周りの情景が何も見えなくなってしまうのである。
死をカタルシスと勘違いし、精神の解放を死によって求めてしまう。ここに大きな生と死に対する間違いが存在する訳である。全ての生物は生まれた時から既に死に向かって走り続ける。これだけは確実であり平等なのだ。擬態うつ病が蔓延する中、自分の思い込みで命を絶ってしまう人も増えて来ている。
必至に生きて行くと、死は浮かんで来ないもの。生きるのが精一杯で死など考える余裕がないのである。自由を求め、時間があり、食べることにも困ることなく物
が充たされた時、線路のポイントが切り替わるように、別次元へと方向転換してしまうのかも知れない。