未来を閉ざす心臓病に勝ち目は在るのか。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


心臓病


医療に携わる人であれば、このレントゲン写真が如何に異常かは一目瞭然だと思う。巨大に肥大したわたしの心臓である。健常者の2倍ほどに膨れ上がっている心臓は左が一年前のもの。右が先週6月9日に撮影したもの。一見殆ど変化がないように思われるがよく見ると、若干右心室が大きくなっていることが分かる。
心臓弁膜症の中では最も一般的な僧坊弁閉鎖不全に罹患したのは、42年前。それから今日に至る42年間の間に2回手術をした。一回目は静岡市立病院で19歳の時。機械弁の寿命がそれほど長く持たない頃だったので、弁形成術に留まり、手術により心臓の機能は80%まで回復した。
しかし、完治することはない心臓病を若さで乗り切った20~30代前半。
33歳で大きな転換期が訪れる。心不全に見舞われ歩くのもやっと、ドクターストップがかかり仕事も止め自宅療養。そして余命一年の宣告。結婚式を済ませその二日後入院、そして人工弁置換術を受け復活を果した。執刀医が言った。「神戸さん、安心してください。将来手術を受ける心配はありません。機械は200年持ちますから」薬を毎日飲み続けながら、一ヶ月に一度の通院生活を19年間続けて来たのだが、診察室では5分程度の問診で終わり、元気に主治医に挨拶をして診察室を後にして来た。
ところが、今回だけは違った。思いも寄らぬドクターの言葉に耳を疑った。このままの状態を放置して置くと、20年後は寝たきりになると言う。心臓は肥大を続けこの画像の3倍ほどに膨れ上がるという。それが何を意味しているのかは直ぐに判断が付いた。つまり、70歳まで生きられるかどうか。例え生きられたとしても、息をするのが精一杯。自分で動く事すら出来ない。まさに介護が絶対条件で必要になる。
そんな老後を避ける為の手段としてひとつだけ策がある。わたしの心臓は僧坊弁以外に三尖弁までもが壊れ始めていたのだ。血液の漏れが顕著になっていた。「神戸さんは若いから今の内に手術して置く方がいいですよ」想定外だった。三度目は有り得なかった。わたしは強気に出て「じゃあ早く切りましょう」と笑顔で言ったが内心は酷く落ち込んでいた。
三度目の手術がどれ程難しいか、主治医から説明を受けるまでもなく充分知っていた。機械弁が入っていて、ワーファリンを飲んでいる状態は最悪な手術である。ワーファリンを常用した状態で手術は受けられない。出血多量で死に至るからだ。一週間ほどかけて薬の量を減らし手術に臨む分けだが、かなりリスクは高い。手術以前に脳梗塞を起こす可能性が大きい。三尖弁に置き換えるのは機械弁でなく、生体弁(黒豚の弁)でしかもアメリカ製でなければならない。
わたし以上に家内もこの話しには参っているようだ。あの時執刀医と一緒に聞いた話が消えてなくなったわけだから。内心、三度目の手術は嫌である。いつも強気(前向き)で生きてきた自分が弱気になっている。またも死の淵に立たされるわけで、毎日を死の影を抱え怯えて暮らすのかと思うと、折角よくなった心の病が大きく口を開けてわたしを呑み込もうとしているようだ。ブログの内容が暗くなってしまうかも知れないことに申し訳なさを感じつつ、近況報告とさせて頂く。手術の日程などは具体的に決まっておらず、とりあえず9月15日に肝臓など、腹部超音波で調べる予定。早ければ来年、遅くとも2,3年のうちに三回目は施行されるだろう。

PS:水分補給に制限。一日1リットルまで。(ノ_-。)