泣きに泣いた、安い結婚式
感動しすぎて、良い話をたくさん聞いて、
今まで見たこともない型破りな結婚式であった。
一次会だけで、3時~8時と濃厚な結婚式。
新郎なのに、普段と変わらず、場を盛り上げ、人を楽しませていた。
ご祝儀のたった3万円で、あんな素敵な場に参加させて
もらえたなんて、なんと安い結婚式だ。
周囲の人を、ご縁を大事にする彼らしい結婚式であった。
呼んでくれて、ありがとう。結婚、おめでとう。
その素晴らしい結婚式のご挨拶のスピーチで、
ある社長さん(Fさん)が紹介してくださったエピソードを紹介します。
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HくんからFさんに深夜0時にぐらいにメールが届いたそうな。
メールが届いたので、起きているだろう。ということで、
Hくんに電話したそうな。
Fさんは風邪をひいていたため、
風邪声で話したそうな。風邪ひいちゃったんだよね。と
いったそうな。
その後、Fさんはひどい風邪の症状に耐えながらも、
明け方5時まで仕事をして、家に帰ろうとエレベーターを降り、
ビルの入り口にいったら、そこにHくんがいたそうな。
Hくん「すごく良く効く風邪薬を持ってきました。是非飲んでください。
今日はすごく寒いですので、風邪がひどくならないように、
車でお迎えいたします。」
Fさん「オフィスまで上がってきてくれればよかったのに。」
Hくん「Fさんのお仕事をしてはいけませんので、下でお待ちしていました。」
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また、別の社長(Sさん)がご挨拶でHくんのエピソードを話してくださった。
12月末に、先ほどのFさん主催のパーティーで、HくんとSさんは初めて
お会いしたそうな。その日はSさんは予定があり、あまりHくんと話をすることなく、
パーティーを後にしたそうです。
その翌日、会社は年末年始の休業に入っていましたが、
Sさんは会社にいったそうです。すると、社員の方からHくんという方が来ていた
という報告があり、菓子折りと手紙を置かれていたそうです。
手紙「前々からFさんからSさんのことはお伺いしておりました。
お会いできて光栄です。・・・etc」
Sさんは最後、言葉を詰まらせて、このエピソードを紹介されていました。
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結婚式では、彼の即行動する、会いに行くということが取り上げられていたが、
彼の電話もすごい。
彼は友達や知り合い、諸先輩の誕生日に電話をする。
メールではなくて、電話をするのである。
俺も誕生日に電話をもらった。メールよりも全然嬉しいのです。電話って。
そして、俺がブログを投稿したら、
「すげぇ~、感動した。刺激受けたよ。」ってこれまた電話がくるのである。
普通は、ブログにコメントを残して終わりにすると思う。
そこをあえて、電話という一歩踏み込んだアクションをするのである。
MLに夜中に投稿したら、
Hくん「明日、かみは朝早く起きないといけないんじゃなかったっけ?
目覚まし電話するよ!」って電話がきた。
かみ「いやいや、まじで早朝に起きるから大丈夫。ありがとう。」
そして、翌朝、起きて支度をしようとしたら、Hくんから電話があった。
「気になって電話してみた。元気?今日も頑張ってね!」
こうした、日々の人との関わりが彼の信頼をどんどん高めている。
結婚式の2日前に、Hくんから御礼と参加確認の電話があった。
さすがだなぁ~と思った。
・結婚式当日、Hくんは参加者一人一人を全員に紹介して回っていた。
・新郎、新婦のご紹介は、それぞれの両親からする。
・新婦へのプレゼントを、会場全員を巻き込んで渡した。
・新郎なのに、汗だくになって、獅子舞を披露。
・全参加者の名前と写真を入れたムービーを用意。
・トレイにもメッセージをカードをいくつも置いていた。
・最後の出口で渡すプレゼントは、参加者の誕生月ごとに違うプレゼント。
(つまり、全員の誕生日を調べて覚えて、顔を見て、かみは7月だから、これ!と渡すのである。)
まあ、その他いろいろ挙げたら、きりがない。
ただ、一番感動した話は両親への感謝の言葉。
「僕は何不自由なく生きてきた。しかし、それは両親が贅沢をすることなく、
僕と妹のために、働き、生活をしてくれたから。それがあったから、
何不自由なく生活してこれた。ありがとう。」
このブログで書くのは避けるけど、ご両親の厳しい仕事環境を聞いた後に、
この話を聞いて、涙が止まらなかった。
幸せな気持ちでいっぱいになり、大満足で結婚式場を後にした。
そして、Hくんから紹介してもらった友人が大阪行きの深夜バスに乗るまで、
サシ熱く語り合った。その友人も最高な人であった。
たくさんのもらいものをもらった結婚式でした。
どうもありがとう。
※引用した言葉は、俺の記憶ベースで書いているので、
言い回しなどは正確ではないですが、内容は合っているはずです。
親友がほしかった(ルームシェアを始めた理由)
ちょうど一年半が経とうとしている。
俺は当初ルームシェアなど考えてもいなかったのだが、
何度か誘われるうちに、まあ、やってみても良いかなぁ、と思ったのである。
もしかしたら、親友が出来るかもしれない。
うまく出来ない「遊ぶこと」が出来るようになるかもしれない。
そんな淡い期待を持って。
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◆ルームシェアに対する怖さ
ルームシェアに誘ってくれたのは、当時のうちのインターン生。
インターン生とうちの一年生と俺で3人、あるいはもう一人加えて4人で
住もう!なんていう誘いを受けた。
普通、会社の先輩と住みたい!といってくれる後輩なんていないだろう。
ありがたい話である。
しかし、優先順位の生き方をしていた当時の俺としては、
自分の時間がなくなるのが嫌だし、一人でいるのが好きなので、
ルームシェアは絶対やりたくなかった。
もっと俺にはやらないといけないことがある!
と思って断っていた。
ただ、ルームシェアをしている人たちの家を見せてもらったり、話を聞いていると、
すごく楽しそうなのである。
元々俺がほしいものは仲間であり、友達であり、一緒にいてくれる人。
だからだろうか、すごく羨ましいなぁ~と思った。
一方で、もっと仕事しなくちゃ、勉強しなくちゃ、認められるようにならなくちゃ、
話す相手・一緒にいる相手として足る人にならなくてはいけない!
と思っていた俺としては、自分のやり方を突き通せなくなるので、怖さもあった。
単純に時間を奪われると思ったことと、
自分だけで頑張っているのを見られたくなかったから。
自分に自信がないから、鎧を着るためにがむしゃらにやっているわけなので、
その自信がないことがばれてしまうのではないか?とも思っていたし、
単純に「そこまで頑張る必要なくない?」と自分のやり方を否定されるのも嫌だった。
自信がないから、「いや、俺はこのやり方でやるんだよ!」とも主張できないので、
「まあ、いっか!」と心にもないことをいってごまかして、隠れて努力するわけ。
それはなんとも居心地が悪そうだ。自分の家なのに。と思ったわけである。
◆ルームシェアに対する期待
ただ、やっぱり自分の生き方、やり方は変えないとだめだよね?と当時も思っていた。
遊ぶことに罪悪感を持っていたり、人を誘うことが出来ないので(その発想もないので)、
物理的に友達と住むと、自分も遊ぶことが出来るようになるかもしれない。
と思ったのである。
何より、そのとき誘ってくれたインターン生は、すごい面白い奴で、優秀で、
俺は今後も関係を保ちたいと思っていたので、一緒に住むとそれが実現する。
あと、ルームシェアをした経験があると、
普通の人に見られるかも(友達がいないと思われない)とも思った。
ただ、当時住んでいた麻布十番に愛着があったので、離れたくない気もしていたが、
インターン生が自由が丘から徒歩8分で、屋上付きの4LDKを見つけてくれて、
自由が丘なら住んでみたいなぁと思い、ルームシェアをすることにした。
◆親友が出来るかもしれない
紆余曲折あり、当時のインターン生と一年生とは結局一緒に住まず、
自由が丘にも住まないことになった。
学生時代からの友達を4人目の同居人として誘っていたので、
もう一人を追加して、3人でルームシェアをすることにした。
うまく物件が見つけられず、実家から会社に通うのと時間的に変わらない物件しかなかった。
そう考えると、大家さんにお金を払うより、両親にお金を払った方が良いじゃん!
実家に帰って、一人暮らしをやめて浮いた分を両親に払おう、と思った。
が、このタイミングでルームシェアをしないと、一生しなそう。
人生何事も経験。やっぱり、ルームシェアしてみよう。
そして、俺に一つの期待が浮かんできた。
ルームシェアしたら、ルームシェアした友達と親友になれるかもしれない。
ルームシェアなんて対したことないですけど、人と話すのが苦手な俺としては、
覚悟して飛び込んだ。
◆変われない自分
覚悟して、自分の生活を変えよう!と意気込んでルームシェアをはじめた。
入社4年目まで、週末も毎日に会社にいっていた俺が、
はじめて週末に会社に行かなかったのである。
しかも4ヶ月も。その分、我慢していた勉強に費やした。
朝まで仕事する日も週1~2程度に減らした。その分、我慢していた勉強に費やした。
友達と食事する回数・出かける回数・旅行の回数も増えた。
でも、スタンス(優先順位の生き方)を変えていなから、
せっかく遊んでもらっているのに、全然楽しめていないのである。
むしろ、頭の片隅で時間を無駄にしてしまっているという罪悪感が浮かんでいるのである。
仕事したいなら、勉強したいなら、断ればいいのだが、
断ることが出来ないので、表面上は乗りのりを装いつつ、冷めているのである。
友達として一番最低だと思う。
俺って最低じゃん!と思うと、これまた罪悪感を抱くのである。精神的に全然よろしくない。
それで、あまり誘われないように行動するわけだが、
本当は関わりにいったほうがいいのに、部屋にこもっている、家に帰ってこないってのは、
俺、どうなのよ?と思って、また罪悪感を感じるわけ。
すげぇ、面倒臭い自分がいた。
◆親友かどうかは自分が決めること
先日、窮地に立たされたとき、
俺の友達が俺のことをみんなの前で一生懸命かばい、褒めてくれた。
友達が俺のことを他の人に褒めることはそんなに珍しいことではない。
学生時代にともに活動していた仲間、会社の仲間は、ありがたいことに、
よく他の人に対して、俺の良い評判をすごくいってくれていたりする。
俺が今の会社に入社できたのも、友達が会社の人に俺をお勧めしまくってくれたからなのである。
そんな友人たちは、俺にも直接褒めてくれることも多々ある。
ただ、そのありがたい行為、ありがたい仲間の発言・行動を、
実はよく理解していなかったことに気づいた。
友達の助けを得て、窮地の逃れてもしばらくわかっていなかった。
その後も別の友人たちが、次々に俺を助けてくれた。
数日後、ある友達と会う約束をした。
実際に会う日が近づいてきたとき、
これまで友人たちが俺のことを褒めてくれた場面、
助けてくれた場面をどんどん思い出していった。
そのとき、ふと、言葉が浮かんだ。
親友
俺にはずっと親友がいないと思っていた。
親友ってのは、昔からの縁が長い友達のことと思い込んでいた。
俺は人間関係を継続的に出来ないので、
そのときそのときに大切な友達はいたが、
今は連絡はとりあっていない。
だから、俺は親友はいないと思った。
だけど、別に今から知り合った人でも親友になりえるわけ。
そして、以前、すごく仲良かった友達は、今は全然会っていないとしても、
親友であることに変わりないと気づいた。
久しぶりに再開すると、とても暖かく向かえてくれるじゃないか。
すでに親友はいるじゃないか。
親友かどうかは相手が決めてくれることだと思っていた。
でも、親友かどうかは自分が決めることだと気づいた。
学生時代、ともに活動したきた仲間は俺にとって親友だ。
他にも親友がいるじゃないか。
親友という言葉を思い出すきっかけをくれた友達と会って、
このblogに書いたようなことを話しながら、
「俺は●●を親友だと思っている。」といった。
友達は「前から親友と思っているし、かみの周りにはかみを親友と思っている人がいっぱいるよ。
なのに、かみが親友と思ってないなんて、悲しいよ。」
友達の言う通りだ。
すでに親友がいっぱいいるじゃないか。
自分が親友と思ったら、その人は親友なんだ。
そう、親友かどうかは自分が決めること。
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あ、ちなみに、今は優先順位の生き方をやめたので、
遊んでいても、全然罪悪感も感じなくなりました。
これが嬉しいのなんの。
なので、遊んでください。誘ってください。
そして、今まで本当にごめんなさい。
満席による機会損失をなくす方法~早引き・遅引き・待ち引き~
満席のため、お店に入ろうとしたお客さんに、
「ごめんなさい。満席です。」とお店の人がいう。
お客さんは帰っていく。
ああ、なんともったいない。
せっかく自分のお店を選んでくれたのに、また来てくれないと悲しすぎる。
と俺だったら思う。
12時~13時に人が集中するからこういうことになっちゃうと思うのです。
早めに11時にきたら割引遅めに14時にきたら割引、
あるいは割引ではなくて、デザートサービスとかコーヒーサービスとかしたら、
人は分散しないのかなぁ。
昼休みの時間が決まっている会社もあると思うので、
その場合は難しいですね。
また、並んで待ってくれたお客さんに割引なり、追加のサービスをしてあげる
などするのはダメなのかなぁ。
よく、次回きたときの割引券をくれるお店もあるけど、
その後行くことって俺はあまりないし、お客さんがまたきてくれるかわからないので、
その場で待っていても使える割引券だと最高なのだが。
デザートサービスです!どれがいいですか?と選べるようになっている、
複数人で待つときに待ち時間が少し楽しくなるからいいかも。
待ってくれたお客さんだけの隠れメニューとかあったら、楽しそう。
あと、今日みたいに一人で食べるときは、
カウンター席があるかどうかも店先に書いておいてほしいなぁ。
カウンターがないお店に一人で入ってしまうのは、
お店の皆さんに申し訳ないので、
複数人できたのに入れなかったお客さんにも申し訳ないので。
お店に入るときも気にするし、テーブル席しかないとお店の中にいても、
なんか、ごめんなさ~い。ってすげぇ~思ってしまう。
外で一人で食べるときには、迷惑にならないように時間を外すんですが、
ちょうど時間が合わないときもあって、そんなときはカウンター席があれば、
迷惑にならないので、カウンター席の有無について書いてくれると、
お一人様消費の取り込みにはプラスなのではないかと思う。
後輩を担ぐことにした。
学生時代からの後輩が務めてくれることになった。
きっと、俺よりうまくやるだろう。
俺が学生時代に創った学生団体を継いで、
二代目代表になってくれた男である。
俺よりも器はでかく、人徳もあり、仕事も出来る。
何より俺にはない、謙虚さとバランス感覚がある。
俺は彼を担ぐことにした。
彼に俺が陥った失敗をさせるつもりはない。全力で支援する。
彼が事業部長としてパフォーマンスを上げられるよう、
彼の片腕として大暴れしてやろうと思う。
(邪魔したり、目立つつもりはなくて、意気込みとしてね。)
彼をトップにして、彼の先輩に当たるメンバーたちが
全力で彼をサポートする体制が、理想的な組織を創る上で、
最も近道であるように思う。
去年の11月、理想的な会社にするべく、
退路を断ち、自ら道を切り開く覚悟をしたときに、
もっと高く登りつめようとしたときに、
一気に引きづりおろされ、会社に、今の仕事に全く興味がなくなってしまった。
3ヶ月間ぐじぐじしていて、2月末に新規事業をやることになって、
一時的にやる気になったものの、今の会社にいる意味が感じられなった。
新規事業は学生時代からの問題意識に直球で向き合う取り組みなので、
頑張りたいという想いは強いが、
今まで描いていた会社の理想像を実現できなかったこと、
5年間やってきた仕事と仲間に蓋をして、逃避しているところがあったことに
ようやく気づいた。
俺はずっとやる気満々でだったので、わからなかったが、
やる気なくなった状態から、やる気になる状態に戻るには、
相当な葛藤と、相当な内省と、人とじっくり話すこと、が必要なんだなぁと思った。
既存事業においてやり残したことをやりきるとともに、
これまで夢として語ってきた分野(新規事業)に思う存分、突っ込む。
18年ぶりに弟と話した。
そして、周りの人に明かしてみると、かなり驚かれたが、
この間、18年間会話をしていなかった弟と電話で話した。
そして、4月に二人で旅行に行くことにした。
旅行といっても、弟が住んでいる札幌に行って、
札幌、小樽を土日の二日間案内してもらうのである。
これまで話してこなかったので、
いくらでも話すことがある気がしている。
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久しぶりに実家に帰って、母と話していたときに、
忘れていた記憶、いや、今も思い出せないので、
消してしまった記憶の話を聞いて、弟に電話することにした。
小さい頃、俺は弟が大好きでいつも一緒に遊んでいた。
小さいときの写真を見ると、弟といつも一緒である。
ただ、小学3年生のときだったらしい、
俺は弟と一切会話をしなくなった。
その理由だけは俺は覚えている。
「友達に弟と遊んでるの、だせぇ~。」
「なんでいつも弟がついてくんだよ。邪魔だよ。」
って言われた。それがとてもいやで、俺は弟をつき返した。
その日から弟と遊ばなくなったどころか、必要がなければ話さなくなった。
いつも一緒についていっていた兄から急に拒否された弟は、
今に思えばショックだったのかもしれない。
俺が話しかけても、顔をみなくなってしまった。
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この間、実家に帰った際、
「私も兄弟と一緒に遊んでいることを馬鹿にされたわよ。」
と母がいっていた。
「私は長女で面倒を見る係り。弟が大好きで大切にしていたら、
友達に馬鹿にされた。この話はおばあちゃんもいってたわ。
たぶん、どの時代にもある話なんじゃない。
でも、それが何年も続くなんて。。。会話をしない兄弟の親って悲しいわよ。」
正月に俺も弟も実家にいたとき、俺はなんだか知らないが、
ああ、俺にも兄弟がいたよな。話したいな。と少し思ったのである。
会話をしなくなってからも、思えば弟は俺の後をついてきてくれていた。
俺は高校受験を失敗した。どうしても入りたい!と思った高校にいけなかった。
俺はなんでその高校に行きかったのか?なぜ、受験に失敗したのか?
を、弟にはいっていないが、親には言っていた。
それを聞いてか、弟は俺の行きたかった高校に合格、その高校に進学した。
弟は就職活動の際、俺が勤めていた会社のサービスをかなり使ったらしく、
最後にどっちにいくか迷って残った内定先2社も、どちらもうちのクライアントだった。
今もその会社で頑張って働いている。
先日は東日本で営業一位になって表彰されていた。
正月に俺がiphoneをいじくっているのを見たからか、
弟はそのあと、iphoneを買っていた。
突き放したのは俺だし、今も遠ざけているのは俺なんだよね。
過去、弟との関係を修復しようと、2度ほど頑張って会話したり、
弟の誕生日を祝ったりしたことがある。
でも、話はしてくれなかった。
10数年話してくれなかった兄が少し近づいてきたぐらいで変わるわけはない。
だけど、そのときの俺は、
「なんだよ。頑張ってもその態度かよ。もういいや。」
と思ってしまったわけである。
今は違う。
弟がどうであろうと、どんな態度であろうと、何を言おうと、
俺はあいつの兄であって、弟が大事なことに変わりない。
人がなんと言おうと、笑われようと、馬鹿にされようと、関係ない。
そう思って電話をした。
悲しいことに、俺は弟の電話番号を知らなかった。
母に聞いて、電話をした。
何度か電話したが出てくれなかった。
弟から母に電話がかかってきて、その電話を回してもらって、話したのである。
「あ~、兄貴だけど。今度、札幌に遊びにいきたいから、今月か来月の土日、いつなら大丈夫?」
「え?札幌くるの?う~ん、今月・来月は無理。」
「3月でも4月でもいい。いつなら大丈夫?」
そんな会話をして、4月にいくことになったのである。
電話したのは1月だから、けっこう前だな。
俺はあんまり家族を大事にしていなかった。
嫌いなわけじゃなくて、小学生の出来事に関連している。
最初は照れ隠しだったのが、いつの間にかそれが染み付いて、
興味を持たなくなってしまっていたのだと思う。
母も父も、遠慮して俺には連絡をしないようにしていたらしい。
今はたまにだけど、なんてことはないメールがくるようになった。電話がくるようになった。
実家に近い駅だったり、電車に乗ったら、短時間でも帰るようにし出した。
なんてことはない連絡がくる関係って、実はとても大切なんですよね。
事業部長を降りることになりました。
いや、正確にいえば、器なり能力なり、
自分が至らなかったので、降ろされました。
このことはネガティブには捉えていません。
会社にとっても、メンバーにとっても、俺にとっても、良い判断だと思います。
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実質的には3ヶ月前に事業部長から降ろされ、
そのときは怒りが頂点に達して、1年以内に会社を去ろうと思っていた。
俺がやりたいことと、今の会社の事業内容・ビジョンはドンピシャで合致している。
本ブログの以前の副題(一人ひとりが、やりたいこと・夢を持ち、かっこよく生きる。そんなプラスのエネルギーに満ちあふれた社会にしたい)
を、会社のミッションの第一番目にそのまま使ってくれた会社でもある。
それだけ、やりたいことが一致している。
だから、入社したときから、一日でも早くこの会社を良くしたいとずっと思って全力で、
仕事以外のものは、基本的にほとんど捨てて、全てをかける想いで5年間取り組んできた。
2年目からは後輩が入ってきた。後輩たちにうちの会社を選んで良かったと思ってもらう
ような環境作り、状況作りをすることが、採用した側の責任だと思って取り組んでいた。
後輩たちは、2年目以降の俺の直接的なモチベーション要因だった。
ものすごく大切な存在だから。
俺は理想がある分、経営陣やマネージャー陣に不満を持っていた。
ただ、その不満や問題点への解決アプローチに間違いがあった。
一人で抱え込み、独断で決め、勝手に実行していくところがあった。
傲慢であり、独善的でもなり、外罰的な態度であった。
特に上の人を攻撃するようなところがあった。
決して、建設的・協力的とはいえないものであった。
学生時代に学生団体を作ってやっていたが、そのときも俺は同じようなやり方をしていた。
今や7代目まで続く団体になっているが、それは俺の功績ではない。
2代目の代表が良い組織を作ってくれたからだと思っている。
大学のゼミでもゼミ長を3年間行って、自分なりにやったつもりであったが、
去年、現メンバーの楽しく明るい雰囲気を見て、もっともっと良いゼミを作れた
ということを目の当たりにした。
会社でも、学生団体でも、ゼミでも、俺がリーダーをやらせてもらっていたのは、
最も努力をし、最も想いがあり、最も行動量が多いから、それを評価してもらって、
リーダーにさせてもらったのだと思う。
ただ、それは結局、自分一人だけで頑張っているだけともいえる。
俺のこれまでのやり方には限界があった。
会社の売上の7~8割を占める事業の責任者として社員の半数近くをメンバーに、
仕事をさせてもらってきたが、それをうまく運営することはままならなかった。
自分のやり方を変え、自分自身も変えなくてはいけない。
4月からは自分一人でゼロから新規事業を担当させてもらうことになった。
大変ありがたいオファーである。
このオファーをいただき、改めて一から頑張ることにした。
この良いチャンスを活かしたいと思う。
会社に、メンバーに、関係者に、貢献したいと思う。
俺は以前にも降格になったことがある。
3年目に新しい部署の責任者として1年間取り組んだものの成果が出ず、
部署ごとチームに降格となり、マネージャーからはずれた。
その翌年、事業部長という大役を授かったわけだが、
またもや期待に応えられなかったわけである。
今回は痛みを伴う経験をし、3ヶ月ほど沈んでいたのだが、
とても良い経験になった。
それとともに、周りの人たちに迷惑をかけたことに改めて気付いた。
大変申し訳ありませんでした。
それでも頑張ってくれた人、応援してくれた人がいた。
本当にありがとうございました。
そして、またチャンスをくれた経営陣に感謝をしています。
皆さんに貢献していきたいと思います。
心機一転、生まれ変わった気分で謙虚に、オープンに、自信を持って、
取り組んでいきます。
よろしくお願いします。
鳩山首相、石原都知事、中曽根元総理、など大御所が参加する会。
もし、参加したい人がいたら、一緒にいきましょう!(良かったら、誰か誘って!とのことなので)
まあ、すごすぎる人たちとはまともに話せるとは思えないですが、友人のお薦めだし、
友人の誘いに乗ると、大抵良いことが起きるので、いってみます。
鳩山総理、古川副大臣、仙谷国家戦略担当大臣、小沢環境大臣、中川文科省副大臣、中曽根元総理、亀井金融担当大臣、石原都知事、経産省局長、サンケイ新聞会長、学研編集長、日立元副社長、オリックス会長、元日銀副総裁、元アサヒビール会長、東京商工会議所副会頭、中小企業団体会長、慶應義塾塾長、早稲田大学総長、筑波大学名誉教授、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授 といった方々がいらっしゃる場に参加出来るそうです。(今回はその前企画みたいです。)
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第3回こふき研究会を3月3日19時~21時まで、国立青少年オリンピックセンター
にて開催いたします。
今回は160人部屋となっております。数多くの方々にお越しいただけるよう志のある方や、向上心のある方をお誘い合わせの上、ご参加ください。
今回はなぜ部屋を大きくしたのかの理由を以下に述べますので、最後までしっかりと熟読していただければ幸いです。
こふき研究会は、中西真彦さん(80歳)が毎回講演されます。中西様は株式会社べんかんの元会長であられ、従業員5人の町工場を年商1500億円までの大企業にした方です。また、東京商工会議所の副会頭にまで登り詰め、経済界を率い政界に影響を与えてきた方です。中曽根康弘元総理大臣の後援会会長、石原慎太郎都知事の後援会会長なども務め、現在では国家ビジョン研究会を発足し、鳩山由紀夫総理大臣のシンクタンクとして、財界・学界・官界の著名人を統率し、国家に対して政策提言をされている方です。
中西様より、事業とは何ぞや、政治のあるべき姿、人間とは何ぞや、生きるとはどういう意味かなど、広い見識で物事を捉えられるような講話をいただきます。
こふき研究会とは:
1.己・普・基と言う意味があり、己の普遍的な基礎を発見すると言う目的があります。自分自身の中にある普遍的な才能を基盤とし、それを広く世の中に発信することこそが事業であり、仕事であり、生き方であると言う部分を教えていただけます。夢を明確にするため、なぜ生きるのか?なぜここにいるのか?など根本的な人間の本質を教えていただけます。
2.古記(こうき)と言う意味があり、縄文時代から続く1万5千年の日本の文明が自然の摂理に従って成り立っており、その自然の摂理を科学的に検証し、日本文明を基礎とした事業運営、国家運営、家族運営、個人の生き方を説いていただけます。
3.皇紀(こうき)と言う意味があり、この日本文明の自然の摂理を基礎とすれば、これがワールドガバナンスに繋がるはずであると強い信念を持ち、今の世界経済、世界政治を根幹から良い方向に変えていくために、若者が世界に羽ばたくための基礎をご教授いただけます。
この3つの意味がある会です。
この「こふき研究会」は中西様の講演と言う形を取っています。いわば中西塾なわけですが、この会に参加している者のみが中西様の「傘寿のお祝い」に参加できます。
僕も聞いてびっくりしているのですが、3月18日に開催される中西様80歳のお祝いである「傘寿のお祝い」には各界著名人がお越しになられます。鳩山総理、古川副総理、仙石国家戦略担当大臣、小沢環境大臣、中川文科省副大臣、中曽根元総理、亀井金融担当大臣、石原都知事、経産省局長、サンケイ新聞会長、学研編集長、日立元副社長、オリックス会長、元日銀副総裁、元アサヒビール会長、東京商工会議所副会頭、中小企業団体会長、慶應義塾塾長、早稲田大学総長、筑波大学名誉教授、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授など挙げればきりがないのですが、そのような方々がお越しになる会です。
若者は自分の繋がりの人は自分が責任を持てる範囲であればどんな人でも参加してよいと言うことであり、若者が参加できるのはこの枠だけです。「こふき研究会参加者」と言う形で参加していただければ大義名分がありますので、是非とも数多くの方々にこのような環境を活用していただきたく、空気を吸って、数多くの日本人の若者が国や世界に貢献できればと言う願いで、こふき研究会参加者を真剣に3月3日に増やしたいと考えています。18日の傘寿のお祝いまでの機会はこの一回のみです。
志ある若者、向上心のある人は大歓迎です。何よりも人生の宝となるような勉強ができますので、是非たくさんの方をお誘い合わせの上、こふき研究会に参加してください。
生き別れた兄弟にミート!@エコプロダクツ
先日、エコプロダクツ2009にて、就職についてお話をしてきました。
恥ずかしながら、エコプロダクツのことはこれまでよく知りませんでした。
調べたらものすごい大きなイベントじゃないですか。
日本を代表する企業を始め、いろんな企業・団体がブースを出している。
けっこうお付き合いのある企業さんが来ていたので、数えてみた。
お取引があるところが20社ぐらい、
お打ち合わせの機会を頂いた企業さんを入れると40社ほど。
そんなかんじで会場全体の様子を見つつ、午後のプレゼンに備えた。
環境関連は自分の専門領域ではないので、エコプロダクツに備えて勉強してみたものの、
付け焼き刃ではしょうがないので、
環境ベンチャーの方や社会貢献の色が強い企業の経営者、人事の方から
よく聞く採用課題をベースにして、就職活動における基本的なメッセージをお話しました。
環境就職コーナーにいらっしゃった他のOB・OGの方々は皆さん、
環境に何かしら関わる仕事をされている方々。
いろんな会社、分野に散らばっているが、それぞれ環境に対して問題意識を持って、
働かれている。素晴らしいなぁと思った。
そして、この環境就職の支援をする取り組みは10年も続けているとお伺いした。
この取り組みをしているエコリーグさんも素晴らしいと思います。
こんな場に呼んでいただきまして、ありがとうございました。
出番を終えて、別会場の方まで歩いて、ぐるぐる見ていたら、なんと
すごい企画が催される事実を掴む。
生き別れた兄の講演があるそうな。
これは行くしかない。
親子連れが並んでいる列に恥ずかしさをこらえて並ぶ。
そして、ついに、
ついに、
はじめて、
兄を初めて、生で見る。
↓↓↓兄(嘘)

こんなコーナーがあったのです。
就活生時代、みんなに似ている似ていると言われて、当時、GREEとmixiの画像をさかなクン
にしていた時期もあった。
顔も似ているけど、動きが変なところと、テンション高いのも似てる。
というコメントが頭に焼き付いていて、兄(嘘)の様子を見て、
みんなの言っていることが何となくわかって、なんとも言えない気分になった。
のは、一瞬で、改めて、ハコふぐの帽子が欲しくなった。
俺は学生時代、さかなクンのハコふぐを手に入れるためだけに、ヤフーのプレミアム会員になったのである。
そして、それ以降、一度もプレミアム会員的なものは使ったことがない。
なのに、落札できずに未だ手元にハコふぐ帽子はない。
誰か持っていたら、売ってくださ~い。
あ、ちなみに、
ツイッターを始めました。良かったら、フォローして下さい。
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社会人4年目→5年目同窓会のお誘い
本当に久しぶりにblogを書きます。
仕事と会社にのめり込んでいて、すっかりblogは久しぶりになっていました。
去年の10月に、会社に歩いていけるという理由で住んでいた麻布十番
から引っ越して、自由が丘にて3人でルームシェアを始めました。
それが良いきっかけになり、仕事一辺倒から脱して、趣味(ギター)を復活させたり、
勉強時間が増えたり、運動するようになったり、良いかんじにやっています。
目黒通り沿いの家なので、防音対策されているので、なんと楽器が弾けます。
つまり、騒いでも大丈夫!って家なので、みんな遊びに来てください。
そうはいっても、仕事も相変わらずめちゃくちゃ楽しくやっていまして、
来月から会社の主力事業の事業部長となることになりました。
会社の売上の約8割、従業員の半数近くを担うことになります。
自分で意志決定できることが広がるので、
やりたいことをとことんやってやろうと思っています。
学生団体を創って運営していたときと似たような感覚がしています。
メンバーと事業に対する愛着が、より一層増したかんじがします。
みんなはどんなかんじでやっていますか?
みんないろいろな変化があったかと思います。
結婚した人、子供ができた人、
転職した人、起業した人、
地元に帰る人、海外に行く人、などなど。
みんなどうしているんだろう?ということで、
社会人4年目の同窓会をやることにしました。
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2005年卒 / 社会人4年目限定「同窓会」
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【日時】3月20日(金・祝)18:00~20:30
【場所】Jobwebセミナールーム(最寄り駅:六本木一丁目駅)
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時間も自由にできて、周りも気にせずできるので、お金も抑えられるので、
会社の60名ぐらい入るセミナールームを使うことにしました。
自分が趣味的にやるものを、会社のWEBページ使って、
会社のセミナールーム使っていいのか?と思いつつ、
まあ、いいじゃない!ってかんじで行います。
予定があえば、是非ともきてください。
今のところ、20名弱の人がエントリーしてくれています。
詳しくは以下のページを見てください。
>> http://career.jobweb.jp/event/ofevJmlIndex/type/388
以上、宣伝でした。
■追伸
さらに、もう一つ。
俺が学生のときに創った人材業界就職支援サイト「SPIRITS」
の懇親パーティーを、現役の学生スタッフが開催します。
※学生団体として毎年毎年学生が運営してくれています。
人材関係の人は、もしよければ、ふらっと遊びに来てください。
SPIRITSは、今は5代目の子が運営をしてくれてます。
次は6代目。ここまで続くとは思ってなかったので、
予想していた以上に多くの人にお世話になりました。
・SPIRITSに少しでも関わってくれた人に、
・かげながら応援してくれた人に、
・これから関わってくれるという人に、
・同じ人材ビジネスという業界に携わっている人に、
お会いできればと思っています。
■人材業界就職支援サイト「SPIRITS」懇親パーティー
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【日時】3月15日(日)18:30~21:30(3時間)
【会場】PRONTO西新宿店(新宿西口郵便局近く)
【参加費】5000円
参加してくれるという方は、blogかmixiかGREEにコメントを下さい。
TBSの取材がきた。
インターンシップに挑戦した学生さんのためになることをしよう!と勝手に、個人的にやり始めたものが、
メディアの人の興味に触れたらしく、取材がきた。
仕事で自分が仕掛けたことに、取材がくるのは、はじめて。
4時間、最初から最後まで、ずっと撮影していた。
日経新聞の記者の人も行きたかったと。資料を送る。
メデイアに引っかかる話題は、まだわかりねているが、発信し続けている、取り上げてくれたりするもんかな。と。