小川凛 「カマキリ」 -3ページ目

第48話 地獄の入口

凜が家を出てから
一時間程が経とうとしていた。
外ではまだ
シトシトと雨が降り続いていた。

「ハァ…」

手持ち無沙汰な僕は
何を期待するでもなく
何気ない気持ちで部屋の中を物色することにした。

今思うと
その何気ない行為が
“あの”悲劇を招いてしまったんだけれど…。


「きったないなぁ…」

長く住んでいるような感じはしなかったけれど
短い期間でよくもまぁこんなに散らかしたなぁ
と言いたくなるような散らかり方の部屋だった。

いかにも引っ越して来たまんま
って感じの段ボールがいくつも置いてあってそれを除けば部屋は
情けないくらいゴミ以外何もなかった

「…ったく、いつまで寝てんだか…」

あいつはあれからずっと気を失ったままで

起きる様子は全く見受けられなかった

それにしても
憎くてたまらないあいつが目の前にいるせいか
それとも凜とのケンカでナーバスになってたせいかわからないけど
言葉遣いがどうしても汚くなってしまう

「大人だろ…たためよっ…」

物色中
イラついた気持ちをぶつけるように
目の前にある脱ぎっぱなしのズボンを蹴り飛ばした

ドサッ

すると思ったよりも重い感触とポケットから何かが落ちる音がした

財布だった。


「へ~…ニートのクセに財布は重い…か
どうせ小銭が多いから逆にそうなる…とか、だろ?
それとも…パチンコ玉でも入れてたりするのか…な?(笑)」

なんて言いながら
僕はあいつの財布を拾いあげ
その中を開いた

他人の財布の中身を見る事など
当然ながら過去になかったから
実はかなりワクワクしていた


“大の大人の全財産がたったのこれっぽっちかよ(笑)”


なんて、
バカにしてやろうと思って中を見たが

実際は

全く笑えなかった。


「ハ?…え?何…なんだコレ…」

万札がゴッソリ
何十枚も入っていた

数えはしなかったが
ざっと50万近く入っていたと思う

「ヤクザ…?」

途端に恐ろしい光景が頭に浮かんだ
ヤクザを殺して
その後タダで住むとは思えない…僕の死後
凜に火の粉が降り懸かるのだけは困る…

「マズいかな…いや、だとしたら尚更
生かしてた方がヤバいよな…」

殺すしかない
もう、殺すしかない

けどマズい事になったのは確かだ…

不測の事態

僕のキャパシティーを明らかにオーバーしている

「マズいな…マズい…マズいよな…」

焦りながらも
とにかく今は少しでも多くの情報が必要だと思い

もう一度財布の中を開いてみた

色々な種類のカードの中に
免許証を見つけた


“川口誠治”


初めて
こいつの名前を知った

「川口…川口っていうのか…こいつ」


当然だが
これから自分が殺そうとしている人間にも名前があるという事を
初めて知り
人を殺すという事の
事の大きさと恐怖が僕の身を貫いた

財布の中にはもう他に
川口を知る
これといった情報はなかった

僕はそこらに転がる段ボールを開き
とにかく中をあさった

普通ではない荷物ばかりが溢れていた

生活用品は殆どなくて
あるのは大量のDVDやデジタルのビデオテープ
そして簡単な撮影機材

荷物を見る限りでは
川口がヤクザという確信は持てなかった

何かのカメラマンか
編集マン?

ただの趣味?

とにかく普通ではない事だけは確かだった

「だとしても、まずはこの中を見てみるのが一番…だよな?」

嫌な予感はしたけれど
やはりDVDの中を見てみるのが一番だと思い
DVDを再生出来るデッキを探す
テレビがありその下に簡単な再生用のDVDデッキをみつけた

山積みのDVDの中から無造作にいくつかを選び
その中で一番最初に手に取ったやつをデッキに入れた

オープニングやタイトルメニューなんて
皆無なまま突然映像が流れ始める
なんの工夫もない安い作り故に
その素人臭さが逆に僕の中の恐怖を増長させた…


画面の中央に人が座っている

小学生?それも低学年だろうか?
10才にも満たないような子供の姿が映し出された

三つ編みにスカート…

女の子だった。

アングルからしてカメラは手持ちとかではなく
三脚などを使って固定されているみたいで全く動かない


嫌な予感がした…


「こんな子供を…?まさかね…」


横から変な
眼出し帽みたいなやつを被った男がフレームインしてくる

その男の格好を見て
嫌な予感は
殆ど確信にかわってしまった
男は裸で、黒のビキニパンツしか履いていなかった

そして手には極太の男性器型バイブレーターを持っていた。

「あぁ…なんて事を…」

凜の告白を思い出しながら
幼い凜を想いながら
映し出される映像を見た

酷い気分だった
物凄い嫌悪感だった

惨たらしい映像は尚も続いた

女の子は椅子に座らされグルグル巻きに縄で縛られているらしく
身動きがとれない
顔には目隠しと猿轡
顔を見られない為
そして大声を出されない為だろう

男は少女のスカートをめくりあげパンツを露にすると
一度画面からいなくなってしまった

数秒後、画面がガタガタッと揺れ
映像が動き少女に近付いてって顔のアップになった
据え置きから手持ちになったらしい
まるで少女とふたりっきりで対面してるようなカメラアングルになった

それは俗に言う

“ハメ撮り”

というような形だった

「他に誰もいないのか?全部ひとりでやってる?」

その事から
これが単独犯という可能性が浮かび上がった


画面は少女の顔のアップを映し出し
男は少女から目隠しを取った

「え?いいの?」

僕のそんな疑問などお構いなしで映像は続く

「あぁ…そうゆう事か…」

もうすでに泣きじゃくったであろう少女の
痛々しい顔が舐める様に映し出される
少女の表情は見た事もないような複雑なものだった
この微妙な表情のニュアンスは目隠しをしたままでは写らない


“恐怖と哀しみに歪む顔”


きっとそれが撮りたかったんだな…と思った。

覆面の男は左手のバイブを大きなハサミに持ちかえ
その先端を少女の下着の上から女性器をなぞるようにして上下に動かした

少女は声にならない悲鳴をあげ
映像でもわかるくらいガタガタと震えていた

今度はその顔の横にハサミを近付け軽く頬を撫でると
指にハサミをかけたまま
片手で器用に少女の猿轡を外した

猿轡を外されたあとも少女は声をあげなかった
自己防衛の本能だろう
もしも今大声を出してしまったら自分がどうなるか
それをわかっていたからだと思う。


男はおもむろにビキニを脱ぐと
少女の目の前に自分の性器を近付けた


「……ん?…アレ?」


違和感?疑問?驚き?
その瞬間いくつもの感情が僕の中を駆け巡った


その理由はすべて
その覆面の男の性器から生まれた

まずひとつ
アソコにモザイクが入ってなかった
という事はやはり
正規のアダルトビデオではなく
裏ルートのビデオという事だ
…とすると
この女の人はやはり、童顔で幼児体型の実は18歳以上の女性…

ではなく
正真正銘の幼い少女だろう…
という事はやはり
擬似のレイプや犯罪の真似事のアダルトビデオではなく
リアルに犯罪のビデオと言う事になる

そして僕の最大の驚きは
そのモザイクがかかっていない部分から生まれた

その男の性器はどこか…
否、確実に変なのだ

自分以外の男性の性器などマジマジと見た事ないから
多少の違いはあるのかもしれない…
けれど、その男のソレは
僕らのソレとは明らかに違いすぎた…

なんというか何かが足りないというか
てゆうか…足りないどころが根本的に造形が違うというか

僕のソレとはやはり
明らかに違う

僕はズボンを下げ
自分のアソコと画面に映るソレを見比べてみた
すると
覆面の男のアソコは
男性の性器でいう所の亀頭(カリ)の部分がゴッソリなかった

まるでアソコの先端から三分の一とか半分くらいが千切り取られてしまったみたいに欠損していた

それでも…
その異常な物体は
いびつな形で勃起していた

その形がなんともまた
おぞましかった


「!!!」


その時、僕の頭にまた
幼い頃の凜が浮かび上がった

凜が僕に涙ながらに語ってくれた告白を思い出した


「味…違うんだ」

「私…父親を食べたの…」

「口の中にあったのは、根元から千切れた
あいつの性器だった」

すべてのピースが
ハマってくように色々な事が明らかになっていった

表現のあやとして
川口を“父親”と表現した凜
「根元から」と言っていたが
それは小学生の女の子の口の中での感触から推測され出た言葉
実際は根元ではなく
半分か、それ以下しか噛み千切れてはいなかった事

そしてこの画面の中にいる覆面の男は紛れもなく

今、僕の後ろに横たわる
“川口”
である事


やはり凜だけじゃなかった
川口には余罪があった…
否、そればかりか
この男は自分のおぞましい犯罪の模様をDVDに収め
これは推測だが
多分それを販売して生活費を稼いでいる

とすると財布の中の大金はきっと
これを売って出来た金だ…

激しい怒りが自分の中に込み上げてくるのが分かった

こいつを殺すのに
罪悪感なんて全く要らない

凜の為だけじゃない

この世の中の為にも
こんなキチガイをこれ以上、生かしておくべきじゃない

自分の中に正しさと
ハッキリとした目的意識
そして正義が生まれ


さっきまであった
人を殺す事への罪悪感や恐怖心等は
一瞬ですべて消えた

殺人じゃない…
こんなキチガイを人として扱う必要なんてない

この男は寄生虫だ

否、それ以下だ。


そんな風に緊縛された川口を振り返り、しばらく考え事をしていたら

そんな中も映像はドンドン先に進んでいた

いつのまにか千切れた半分の性器を怯える少女の口の中に押し込み男は激しく腰を振っていた

少女はむせながらも
死から自分を守る為

それを受け入れる


川口はハサミでパンツを切ると露になった少女の毛も生えていないような割れ目に
さっきの極太のバイブを無理矢理ねじりこもうとする

ブィンブィンブィンと独特の機械音をあげ
グニグニと動くバイブ
愛撫も何もせず
無理矢理押し込むから
ブリュッ、ブビュッ

と音がして、アソコが裂け
中から血が噴き出し
太股や床を血がしたたった

涙をボロボロと零しながらも
それでも必死に声を殺し耐える少女

激痛が走るせいか
足がプルプル痙攣している…

目の前に映し出される蛮行…
この子の将来を考えるとズキズキと胸が痛んだ
自分は何も悪くないのに…一生消えない傷とトラウマを抱え生きてゆく少女…

あまりに腹が立ち
気付いたら手にビッショリと汗をかいていた

「…でもおかしい…ここまでして
なんでこいつ捕まらないんだ…?」


そう、明らかにおかしかった
恐怖におののく表情を見たい(撮りたい)が為
普通なら絶対に取ってはならない目隠しを取ってしまっている事を考えると
いくらレイプが済んだ後に

例えば
「誰かに言ったらお前を殺しにいくからな」とか
激しく脅したとしても
警察にいびつな性器の事などの身体の特徴を話してしまえば
顔はわからなくても
さすがに容易に捕まるんじゃないだろうか?

捕まってしまえばチクっても
少女の身は安全だし

そんな事くらいは幼くても思い付くんじゃないだろうか…

それに川口も、一度は凜の件で警察沙汰になっているワケだし…
指紋等の採取もされているだろうから
性犯罪の場合前科持ちは真っ先に疑われるから捕まりやすいハズ…

だとすると
こいつが捕まってないのはやはりおかしい…


「……まさか!!」


ある考えが浮かんだが
でもそれから先の事は考えたくなかった

いくら鬼畜とはいえ、さすがにそこまでは…

出来ればそう思いたかった。

けれど
川口は僕が想像する以上に
醜く下劣な生き物だった

なんとそれは
映像にバッチリ残っていた

これから続く映像は
まさに地獄だった。


まさに地獄絵図そのものだった…。




つづく

第47話 離れてゆく

焦っていた。
苛立っていた。

翼に…
これから私がやらなければならない事の難しさが
まるで伝わってないんじゃないか…?

って、不安になった。

求めていた一体感なんてまるでなくて

独りで

たったひとりで
すべてをやらなければならないような
そんな気さえしていた。


例え実際に動くのは私だけでも
気持ちがひとつなら心細くない
ひとりって気はしない。


実際、ともに行動するかどうかなんて
私にとっては大した問題じゃなかった

「心がともにあるかどうか」だけが
私にとっては大切だったから…。

なのに
バラバラにはぐれた心のまま
アリバイ作りのため
まるで機械のように事務的に
私は電車に揺られ
翼に指示された場所へと移動していた


私たちが生活する駅から
電車で30分ほど南下した場所に
その場所はあった



「少年Aの自殺現場」


冗談まじりで翼は
その場所のことを
そう呼んでいた


翼から渡された道具の中に
プリントアウトされた地図が入っていて
雨の中
それを頼りに駅から15分くらい歩いたら
本当にすぐにそこについた

「行きは、なるだけ足場の悪い、ぬかるんだ場所を選んで歩いてね。だからってクネクネ歩くんじゃなくて出来るだけまっすぐの方が自然だから
そうして。

で帰りは逆に石の上とか芝生の上を歩いてね。
特徴のない靴底の靴とはいえ
出来るだけ足跡は残さない方がいい
ここでは足跡だけが重要なんだ。」

そう何度も言われていたから
言われた通りにぬかるんだ場所を選んで山道を歩いた。

周りを見渡すと
昼間だというのに確かに誰もいなかった
翼の言う通りだった。

こんなに誰もいないのは
元からなのかな?
それとも雨のせい?

…きっとその両方だろうな…と思った。

見晴らしのいい崖、ではあるけど…
観光名所とはお世辞にも呼べないような
爽やかじゃない
むしろ
おどろおどろしい景色

自殺の名所と先に聞いていたからそう見えてしまうだけだろうか?

とにかく長くは居たくない

そんな場所だった。


私は崖のギリギリまでおそるおそる近付くと
バッグの中から
かえに用意した新品の靴を取り出し
それに履き替え
今まで履いてきた翼の靴
そしてさっきの地図や携帯を含む
いくつかの翼の所持品を海に投げ入れ
そのまま
なるだけ芝生や石の上を足場にして
足跡を残さないように山を降りた。

緻密に策を練っていた割りには
拍子抜けしてしまうくらいシンプルなアリバイ工作だった


「余計な事をすべきじゃないんだ。こういう場合は逆にシンプルな方が現実味を帯びるんだから」


翼はそう言うと
「色々考えた結果
行き着いた」という
シンプルな計画を私に実行させた。

今回もそうだけど
翼は過去、実際に起きた事件等を元にして
進むべき道を示してくれる
今まではそれがすべてカチッとハマってくれていたから
今回も疑問を持つ事もなく私はそれにしたがった


けど、帰りの電車に揺られながら

次の事を考えていたら
とてもじゃないけど

もう平常心でなんかいられなかった。

これまでなんて
誰にでも出来る
言わば
無計画でも失敗する可能性の低い
比較的楽なミッションだったと思う

けど…これからは違う

ここからが本番だ…

ここからが
本当の正念場だ。


ガランとした車中の
電車に揺られながら
色々な事を考えていた

もしこうされたら
こう返そう

とか、

もしこう言われたら
こう言おう

とか。

これからやらなければならない事と
予想外の事をされた時の対処法

そして…もしも失敗してしまったとしたら
そのあと
私は一体どうなってしまうのか…?

また…地獄の日々に舞い戻る事になりやしないか?


特に最後のそれを考えると
悪寒がして身体中から嫌な汗がブァッと吹き出した…

電車に酔ったのか
精神的な問題か
もうどっちが原因なのかはわからなかったけれど
とにかく眩暈と吐き気を起こしてしまって
とてもじゃないけれど
これ以上電車に乗り続けるのは無理だと思い

「一度…休もう…」

と決め
次の停車駅で一旦電車を降りると
ホームのベンチに腰掛け
どこともなく…ボーッと周りの、のどかな風景を眺めていた

時計を見るといつの間にか二時を軽くすぎていた

「微妙だな…。翼んとこに戻ろうと思ったら多分戻れるけど…けど今戻っても気マズいだけ…だよね。」


拠り所

であるはずの翼が
今の私には
そうじゃなかった


「助けて」って思った
「逃げ出したい」って思った

「復讐なんてもうどうだっていいじゃん…黙ってればもう
先生は一生何もして来ないかもしんないじゃん…もういい…もうヤダ…止めたい…」

そんな、前向きではない感情が私の心をジワジワと支配していった

「怨みとか憎しみとかって
翼に話すまでは正直
もう忘れてたんだけどな…
それでもやんなきゃダメかな?

あぁ…もうどっちでもいいのに…もうヤダ…
ヤダよ…」


そんな本音が頭の中をグルグルと何度も何度も行き来した

「ダメだ…帰ろう」

情けないけれど
こんな気持ちでは
成功するものも成功しない

「もし計画が失敗したら…」

という最悪の事態を避ける為にも

私は先生への復讐を止める事にした

…今日は。


立ち止まるのと
諦めるのとでは
似てる様でまるで違う


私は一度、立ち止まるけど
決して諦めたワケじゃない


とにかく今日の様な状態では何もするべきじゃない…そう信じて
私は

先生の自宅から
自分の家(伯母さんの家)に
目的地をかえ

それによって精神的にも多少ラクになったから
再度電車に乗り込み
家路に着いた


3時すぎ
家に着くと
そこには誰もいなかった
私は部屋に戻ると直ぐに部屋着に着替え
布団に潜った
とにかく横になりたかった

余程疲れたのか気付いたらもう夜で

「り~ん。ごはんよ~。り~ん」

という伯母さんの
温かい声で私は目が覚めた

横を見ると携帯がピカピカ光ってて
開くと身に覚えのないアドレスからのメールだった


けれど

差出人が誰なのか?という目星は

はじめからついていた


それは翼からのメールだった。

勿論メールとは
私が崖から捨てた
翼の旧携帯からではなく

あいつから奪った
あいつの携帯からだった。

こうなることは翼から

事前に聞いていた



これからは、あいつがきっと持っているであろう

携帯を自分の物にし
それを使って私に連絡を取る事にするから、と。

けれどそのメールを
私は開きもせず
携帯はそのまま部屋に置きっぱで
家族三人で楽しく夕飯を食べた。


そしたら
その瞬間だけは
あいつの事や先生の事
そして翼の事も
全部忘れられた。


もう全部無かった事にしてしまえれば
こんなに苦しむ事もないのかもしれない…

なんて

絶対思ってはいけないのに
なのに内心思ってしまっていた。

もう何もいらない
もう伯母さんたちだけで…
今、ここにある幸せだけで十分…

そんな考えが
もう頭の中の殆どを占めてしまっていた


あいつらだけじゃなくって
翼までもが
私を地獄に引きずり込もうとする
死神の様に思えてしまって
怖くて怖くて仕方がなかった。

だから私はもう
「そっち」は見ないようにした

楽しく三人で御飯を終えると
そのままみんなでテレビを見ながら
なんでもないような事をだらだらと談笑した。

勿論その間もずっと
携帯は部屋に置きっ放しにしていた…。


その日の私は完全に
昨日までの私とは違っていた

もはや、どこにでもいる
普通の女子中学生だった。


私は平穏な夜を噛み締め
クタクタになるまで笑ったら
携帯を無視したまま
お風呂に入り
歯を磨いて
そのまま布団に入った。
携帯は相変わらずピカピカ光っていた。

それが目障りだったので私は携帯を学校のカバンの中に突っ込み
また眠りについた。

時計は11時を回っていた。

今頃翼はあいつの家であいつと供に夜を過ごしているハズだ…
今、一体どんな気分で一緒にいるのだろう?

あ、てことはきっと
今頃翼のお家は
かなりの騒動になってるに違いないな…

翼もう
青井の家にいないんだもんね…

ハァ…なんかもう
全部面倒臭いな…

もう
捨てちゃおう…
全部。

復讐も…翼も。


考えてるうちに私は疲れてまた夢の中にいた

なんかよくわかんない

まるで意味のないような不思議な夢を見た

内容はよく覚えてない

とにかくそんな感じで
私は翼に立ててもらった計画の
その半分も実行せず

だからって別に反省もせず

なんとなくその日を終えようとしていた…。


ふたりの心が…
否、私の心が
翼から明らかに離れていっているのが手に取るように分かった

これから
私たちはどうなってゆくのだろうか…

全部自分のせいとはいえ
私にはもう
何もわからなかった…

否、もう何も考えたくなかった…。


そうやって何も考えなくなったら

そしたら

途端に全部軽くなった


なんだか晴れ晴れしい気分になった


今の気持ちをなんて言ったらいいんだろう??


スゴい簡単に言っちゃうと




「気が変わっちゃった」




って感じかな?



なんかもう色々あって

なんかもう

ほんともう


色々ありすぎて



冷めちゃった。




それから私は

翼って人を

思い出を

全部なかったことにした。


記憶から全部消しちゃった

そうなっちゃったらもう

女って本当に残酷な生き物だと思う




それから約一ヶ月の間

私は翼からの連絡を一切無視することになる。


ぼんやりと

けどハッキリと


「わたしたちの運命が

再び会う事はもうないんだろうな」


って思っていた



でももしも

私たちの運命が

再び出会う事があるならば



そしたらそのときは

私たちの関係は劇的に形を変えているだろう


何故だかそんな気がしていた



そんなことを思いながら私はウトウトと

現実と夢の間を行き来していた



もういちど強く目をつぶると

瞼の奥に

やさしい映像が広がっていった


ひとつのちいさな世界が私の手の中にあって


それはまるで生卵のように脆くて

わたしの力加減次第で

いとも容易く壊れてしまい

もう二度と元には戻らないような

か細き命で燃えていた


私の手の中で薄い殻に包まれた

赤ん坊の姿をした翼が

すやすや寝息をたてていた


わたしはそれに微笑むとすぐに

手に目一杯の力を込めて


殻ごと赤ん坊を握り潰した


固まりかけのやわらかい身体が

ぐちゅぐちゅに潰れて

体だった肉の塊が

指の間からグニュッて飛び出て

ボタボタ堕ちた



その絵に私の下半身は熱く

くちゅくちゅに濡れて

パジャマを染めるほどに愛液を垂らし続けた


崩れた肉の塊を掻き集め

それを膣に押し込むように

指を中に何本も出し入れした


何度も何度も出し入れを繰り返した・・・。












つづく

第46話 苛立ちの理由

これから別々に行動をする事は
元々の計画通りではあったが
喧嘩をしているのと
していないのとでは
その意味合いは若干…
否、かなり違っていたかもしれない


凛はひとり、家を出て
最初の計画、
「アリバイ作り」に出かけていった

最早何も手出し出来ない役立たずの僕は
せめて頭の中で
凜になったつもりになって
その軌跡を何度も何度も辿っては
今後起こりうるトラブルをシミュレーションする事で不測の事態に備えた(ぐらいしか出来なかった)

これからの時間
当然だけど僕に出来る事など
何一つなかった


体が小さくて目立つ

しかも風邪を引いたら即
死に繋がるような虚弱な僕が
雨の午前中に
これから出来る事などもう…

もう、何もなかった。


少し話はそれるが
凛は身長は大きかった割に
足のサイズはそうでもなかった

逆に僕は身長は大きくなかったが
足のサイズはそこそこあった


23・5

という平凡なサイズ。

それが僕と凜の共通の足のサイズだった


その一致を利用して
凛は僕が家から履いてきた
お気に入りのスニーカーに履きかえて
僕から渡されたいくつかの道具を持って
家を出て行った


アリバイ作りと
体育教師の殺害

そのふたつはすべて凛にやってもらう事になっていた

自分で計画は立てたくせに実際は
そのほとんどを凛にやってもらうことになり

致し方ないとは言え…

僕の心中はあまり穏やかではなかった

男のくせに情けないやら悔しいやらで…何ていうか

とにかく、自分に腹が立っていた

そういう気持ちもあったから

さっきは尚更ナーバスになってしまったのかもしれない


何もせず口だけ…

行動はせず考えるだけ…

それが僕だ。


凛が出かけて行ったあとの
誰もいない玄関を
ボーッと眺めながら

僕は自分の腑甲斐なさ
無力さを恨んだ

僕にはもう待つことしか出来なかった

時計はいつのまにか
12時を回っていた

僕にとっては待つだけ
の長い長い一日

凛にとっては多数のミッションをこなさなくてはならない
短すぎる一日が
こうしてゆっくりと流れて行った……。





つづく