今日は、歯医者に行って、恒例の友人に会う日だったからまったり過ごした。
土日、左足を安静にさせて今日、久しぶりにスニーカーを履いたらやっぱり痛くて、左足を引きずりながら歩いたよ。
歯医者では、型を取っただけだったし、気に入っている先生に会えたから、足の痛みも吹っ飛んでるんるんしながら帰って来た。
ただ、足の痛みさえなければ、ぐるりと八百屋まで足を伸ばすのに…と思ったから、やっぱり左足を庇ったんだろうと思う。
スーパーでは、生ひじきを買って、常備菜を作ろうと考えた訳だけど、久しぶりにもやしも買ったしナムルも作るんだ!とやる気まんまんになったんだよ。
晩ごはん
ひじきの煮たやつ
残り物のピリ辛炒め
もやしのナムル
また残り物のミネストローネスープ
白飯
ひじきさん
人参、油揚げ、しいたけ入り
もやしのナムル
ピリ辛炒め
ミネストローネスープと白飯
ひじきを炒め煮にしているところ
あれ?ピンボケ
午後の紅茶割りも飲んでるけどさ。
見に行くブログ記事で、激情型の友人というか年上の女性とのやり取りっていうのが載っていたんだけど、私だったらもう受け付けられないな…と思った言葉で、
その友人が、ブログ主に対して
「おこがましい!」
と言い放ったんだな。
その言葉がダイレクトに来た訳じゃなく「こうでこうだからおこがましい!」だった訳だけど、
私、友達関係で、その言葉が自分に来たら、たとえ付き合いが続行されるとしても、頭にか心になのか、突き刺さって忘れる事が出来ないと思えて、だから絶交?しちゃうと思うんだ。
私の持論に『言葉って際限なくある中で、チョイスする言葉でその人自身が表れるだろう』って思っていて、
数多あるんだよ、言葉って。
それを、心をえぐる『おこがましい』というのをチョイスする人の人柄、キツさ。
その時に、許した?って似たような、こちらがダメージを受ける言葉がやって来ると思うんだな。
だってそういう言葉をチョイスする人なんだからさ、たまたまって事じゃなくて、多分、同じような言葉を放つだろうよと思う。
人は、どの言葉を言うか、瞬時に判断して口にする訳で、パッと浮かんだ言葉がどこまで相手に対してダメージを与えるか、それを無意識に避けていると私は思っているんだな。
逆に言えば、相手の言葉を封じるために、故意にキツい言葉を選んだりもするし、相手の理解度によって優しい言葉に変換したり…もする訳で。
そう練習?をしている中で、意識しないで言った言葉で人が離れて行ったり、激昂されてアワアワしたり…そんな事を繰り返して自分の使う言葉が確立されて行くんだと思うんだよ。
だからこそ、もういい歳をした、言い換えればその練習をいっぱいして来たと思う年配者が使った「おこがましい」が痛くて痛くて。
多分、指摘しても直らないだろうし、修正もきかないだろうと思えるから、私は、その言葉が来た段階で「パスします!」と離れると思う。
若い娘がこう言った事がある。
「言葉って難しいんですね」
「だよ」と思う。
イジワルな私は、心の中でこの娘にこんな事を聞きたいと思う。
「難しいから何なの?勉強や練習をやめたいの?貴女はその未熟なままで行くって言うの?」
もちろん、口には出さずに、静かに微笑むだけだけど、私はある意味、厳しいのか過敏なんだと自己嫌悪?もするけれどさ。
そんな事を思うんだよ。
いい気になって飲んでいたら、一席ぶちたくなってしまったよ。
たださ、冒頭の内容に戻るけれど「おこがましい」と書いてあった記事を読んで胸がバクバクするほどの思いがしたから、自分のところでも記事にしたってだけ。
いみじくも『激情型』と載っていたけど、よく言えばそうなんだろうけど、悪く言っちゃえば「言っていい事と悪い事の違いがわからない無神経な人」って事だろうと思う。言っちゃった🙏