大島からの手紙・・僕の胸でおやすみ編 | 大島からの手紙

大島からの手紙

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そんな訳で春だなぁ。
とりあえず矢島よ、還暦おめでとう!
17歳の頃はまさかこんな日が来ることなど考えも及ばなかったが、60歳になっても心はまったく変わってない事に気付いた。

変わっていくのは身体の方だ。
あちこちガタガタになってしまうのだ。
まぁこれが生き続けたと言うことだろう。
それでも60年生きてこれたのは奇跡なのかもしれない。

まぁ振り返って思うのは、人ってやっぱり一人では生きて行けないと言うこと。
色々迷惑かけて、その力で生かされてきたんだって最近分かるよ。

最近は俺たちの時代のアイドルやスターがどんどん亡くなって、その事で自分が意外と落ち込んだりする。
そっか、俺は気づかなかったけど、秀樹や樹木希林に知らずのうちに元気や勇気をもらってたみたいだ。
俺たち世代もあと何度桜の花がみれるのか・・
そんな事を考えるような所まで来たってことか。
そんな日々を送っているよ。

イチローの引退は、なかなか感動のシーンだったな。
やはり日々しっかり生きている奴の目と心は違うなぁ。
あと今の心配は、水泳の池江璃花子選手のことだな。
なんとか復活して欲しいものだ。
色々心が動かされる日々だよ。

俺たちもそろそろ第二の人生に入って行くわけだが、仕事に関してはやはり続けていた方がいいな。
何もする事がない状況だと、人はダメになって行くと思う。
今まで仕事は悩みの元だと思っていたが、最近は逆にそれがあるから日々の生活に生きがいを感じたり出来てるのだと思う。

身体が動くのならその方が良い。
後は日々の自分なりのコンディション作りを考えた方がいいな。
食べること、運動すること、休むこと、そのバランスが大事だ。
昔に比べて、俺もだいぶ食べる量も酒の量も減った。
それでも今は丁度いい感じだ。

後は運動だなぁ。
身体は年々動かなくなってきてるから、自分に合う適度なストレッチや筋トレをするようにしている。
それで1日を動ける身体にして仕事をするわけだ。
今は先の事より1日1日を気分良く元気に生きる事が大事な気がしてる。

今、山本コータローの「岬めぐり」がかかっている。
まだ若い17歳の頃に聴いていた曲だ。
あの頃は、失恋のたびに街や海や山へと、フラフラ行っては心の叫びを慰めていたのだ。
まぁ相変わらず懐かしい曲を聴くと、あの日に帰ってしまう俺なのだ。

あの頃、京商の教室で「心のノート」があった。
そのノートに皆気軽にその日その日の想いを綴っていたよなぁ。
その一つ一つの文には、それぞれの切ない想いがあったんだよな。
俺もたまに書いたり、そして他の奴の気持ちを読んだりしていたよ。
まさに青春の1ページであったのだ。
あの頃はそのノートに慰められたりしてたんだなぁ。

そんなある日、俺は教室の窓際の席で、その「心のノート」をボーっと読んでいたんだ。
季節は初秋の夕暮れ時だった。
その時だった、下級生の女の子が俺の方へ走って来た。

その子は顔見知りの子で、何度も学校の廊下で立ち話をする間柄だった。
笑顔の素敵な子で、いつもニコニコしてまるでペコちゃんみたいな子だった。

彼女は息を切らして「先輩、このテープを聞いて下さい、私が好きな歌を心を込めて作ったテープなんです」
そう言って、一本のカセットテープを渡されたのだ。
そのテープにはかぐや姫の「僕の胸でおやすみ」「妹」「加茂の流れに」「なごり雪」「あの人の手紙」など、すべて心に響く歌が入っていたのだ。
そして最後の曲は中村雅俊の「あなたを愛する私」で終わっていた。

そのテープを聴き終わった時、俺は確信した。
この子は俺に恋してしまったのではないかと。
ウーム、まずいぞこれは。
実は俺もその時、燃える秋の恋に落ちていたのだから。

俺もその時は高校3年生、少しは大人の階段を登ってきた男だ。
少しでもペコちゃんを悲しませずに話をしてあげねばと思ったわけだ。
そして彼女を呼び出して、小体育館の外にある原っぱみたいな所で、階段に腰掛けて話したんだなぁ。

彼女の目を見たり、木の葉が揺れるのを見たりして、自分の想いを伝えていたと思う。
やけに良い風が吹いていたのだけは覚えている。
話も佳境に近づき、すべてを話した俺。

しばらくの沈黙が流れたあと、彼女はゆっくり顔を上げて俺を見た。
いつものペコちゃんの笑顔で
「先輩大丈夫、だからこれからも卒業するまで今まで通り話をして下さい」
静かな秋の京商の体育館裏の出来事でした。

今でもそのテープを聴くと、その時の事を思い出し切なくなる俺なのである。
あれから40年、お互いにジジババになってしまったのだろうが、あの日のあの時は一生に1日だけだったんだから。
今思えば、良い秋日和だったんだなぁ。

そんな一つの想い出にさえも、俺は勇気づけられて、何とかここまで生きてきたのだろう。
まぁそんな思い出話しができるのも、本当に幸せな事だとつくづく感じる今日この頃なのである。

そう言えば矢島よ、あの日朝潮橋の上で聞いた、将来の夢だけど少しは叶ったのかい?
今振り返って同級生の皆にも聞きたい。
あの17歳の頃の熱い想いとか、夢とかは叶ったのかと。

俺自身にもだ。
今思うことは、17歳の時の心って形にしたら、トゲトゲでいつも何かに刺さってたりした。
だから痛い想いが多かったのかもしれない。

今は60歳の心になって、あの日よりも少しトゲもなくなり、丸くなってきたのか許せる事もできるようになってきたと思う。
春になり、心も暖かくなってきた今日この頃の俺である。

次回「矢島豊の僕の胸でおやすみの巻」に続くわけだ。
それじゃ今日はこの辺で勘弁してやろう、じゃんじゃん!