徳山コンビナート | 海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

1973年6月25日~7月4日にかけて、一連の啓示があり、徳山へ行った。

その時の事はクリスチャン新聞に掲載されたので、その通りを書くことにする。


以下新聞の通り

「徳山コンビナ-ト爆発以前、祈りを導かれた私」

【聖霊の声】

6月25日、朝6時過ぎ

「マルヤマ町のソウテン会場」

という大きな声で眼が覚めた。

その時、家族は皆眠っており、他に声を出す者もないので、起き上がって祈り神にこう祈った。

「神様、下関市には丸山町があるのは知っていますが、ただ、丸山町ではどこの事かさっぱり判りませんが」

すると直ぐに返事があって、

「徳山市にあるではないか」

と言われた。

電話局で確かめたところ、徳山市には現在、青山町と変わっているが、あるという。

「ソウテンカイジョウ」とは、早天祈祷の会場かと考え、朝食後、徳山市内の幾つかの教会に電話したが、ここだ!という場所は分からなかった。

それで、

「神様、徳山市のどこへ、また何の用事でしょうか。京都や神戸でしたらすぐにも行きますが、徳山は遠くですから、行き先と用件がはっきりしないでは」

と祈ったところ、神は直ぐに答えられた。

「徳山市と判ったら、行くべきではないか」


徳山へ出発】

そこで、自分の教会の鹿島外雄牧師に相談したところ、

「最後迄、行き先や目的がわからなくても良い。行ってきなさい」

との事で、夜行列車で大阪を出て翌日7時過ぎ徳山市に到着。

大雨の中を丸山町へ行き、

「私の行くべき所はどこでしょうか」

と祈りながら町を一周したが、何の啓示もなかった。

すぐ近くの教会を訪ねたが、あいにく不在で誰もいなかったので、丸山町の一番高い所と思われる場所に行き祈った。

「神様、あなたのお言葉に従ってこの地まで来ました。しかし具体的に行き先も用件も判らないので帰ります。しかし、この町に、どこかに、誰かに、主よあなたのみ心が全く成就しますように」

そして昼の列車で帰路についた。


【祈りの必要性】

7月4日

祈祷会で、この事について証した。

1.神は人々の名を名指しで呼ばれる程、一人一人を心に留めておられる。

2.ヨナが神に対し腹を立てたことが判るような気がする。

3.もしあの町に大爆発でもあれば、私が行った目的が判然とするであろう。

この証しをした3日後、何気なくテレビのニュ-スを見ていて徳山のコンビナ-トの火災を知り、聖霊が一つの事を教えられ、驚きもし、大変安心して神を崇めた(徳山へ行った時、すぐ近くに巨大なコンビナ-トのある事を知ったが、丸山町に隣接しているとは気付かなかった)。

それは神がこの爆発を6月25日以前より知っておられ、石油タンクへの延焼を防ぎ、大災害から町を守られる為に祈る者を必要としておられた事、そして私が徳山に行ったことはその為必要であった事、この事を徳山市や周辺の教会にお伝えする必要のあることを強く感じている。

神は亡んでいく魂に対して、丁度火事場で行方不明の子供の名を呼んで叫んでいる母親の様に、今も叫んでおられる。

丸山町を神が助けられたのは、只、住民の生命を守られただけでなく、救い出されねばならぬ魂があることを知って、教会が奮って救霊のために励んでいただきたい。


追記 00/N

この最後の文章のみ、私が書いた気がしない。

事実内容には間違いないが、意見は新聞社が書いた様な気がする。

【管理人のコメント】
当時の様子をブログに書いてる人を見つけたので、以下にリンクを貼り付けておきます。


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