中国の教会
2020年 7月31日
今は午前1時。
いろいろと考えると寝られなくなった。
中国のクリスチャンを思い出している。
集会以外にもいろいろな集まりがあり、これは自然発生的である様だ。
この集まりには多くの経験はないが、田舎に行った時、私がその地方に行ったことが誰かに伝わり、瞬く間に2、30人が集まった。
場所は誰かの家で、お互いの挨拶や近況報告から始まり、神様の証があり、それを聞いた人から賛美が起こり、それが祈りに変わり、信仰告白になり、聖書の註解になり、誰かが、
「その証は同じことが聖書にも書いてあった」
と。
それが延々と、気がついたら4〜5時間、誰も帰る人がいなかった。
みんな心から話をし、また聞いていた。
日本ではこんな光景を見たことがない。
牧師も司会者も誰もいないが、必要はそれができる人、または心に感じて自発的、である。
原始教会を見る思いであった。
その表情から日本とはえらい違いと感じた。
もう踊らんばかりの賛美や、泣かんばかりの祈り。
これがあるので中国では神様の働きが顕著の様だ。
もちろんピンからキリがあり、日本と同じくやっと存続している教会もある様だ。
でも、神様の喜びは日本とは雲泥の差があった。
クリスチャンの信仰も行動も、日本では有りや無しや…。
日本でも純粋なクリスチャンも大勢いることは知っている。
多くの人は教会に属せず、あるいは一人で信仰を保っている様である。
であるが、一人では悪霊の攻撃になる。
教会は小さくても神の子の集団は強い。
神様はどう思うだろうか。
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