質問「死後の報いについて」 | 海南島のヨハネの黙示録

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キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

【質問】死後の世界があって、この世界でのことに対する報いがきちんとあるのなら、引きこもりとか、戦死とか どんなに最悪な人生だったとしても、それはそれで良いって言う風になるんじゃないですかね。


【回答】死後の世界はあります。

あの世とも呼んでいます。

私の本職はあの世との交信ですから…。

この質問は、最近見ない深い意味を含んだ質問のようです。

この世の環境、境遇は、あの世に持って行けないし、価値は無いのです。

あの世では、王様も乞食も同じですよ。

あの世での人間の価値は魂がどれだけ磨かれたか、が全てでしょう。

宝石のような魂もあれば、原石のような魂もあります。

研磨(苦しみ)を避けて死んだ人は、原石のままでしょう。

人は与えられた境遇をどのように生きて魂を磨いたか、それが問題です。

王様の役を演じた人が、乞食を演じた人より報いが大きいはという事はないのです。

昔、私が十年以上もお世話になった宣教師がいました。

彼女は、娘さんの頃、オーストラリアより来日し、老齢になるまで結婚もしないで、子供ホームで子供の世話ばかりをし、まるでお手伝いさんの生活でした。

教会でも主だった事は何もせず、一生、他人の下で働きました。

彼女が死んだ時、私は神様に猛然と抗議をしました。

「一生を神に捧げた人の終末がこれですか!?あまりにも酷いではないですか…!」

と。

でも神様は天に於ける彼女を見せて呉れました。

天では、神様自身が彼女を迎えて呉れたのです。

私の抗議は逆転しました。

本当は彼女の人生は幸いだったのです。

人は表面を見て判断しますが、霊の状態は分かりませんね。

本当は、あの世の中に、この世があるのです。

見えないだけです。

海南島のヨハネ


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