教育の役割はいかに色んな経験をさせるかだったのだろう。
これを親が奪い、そして学校という組織が子供から奪っていった。
これが今の日本の社会の色んなところで問題となっている。
これらが集約されて30歳の壁となり、この壁を乗り越えられなかった人は、
ある意味で落伍者の烙印を押され、社会の中で敗者として生きていくしかなくなる。
こんな構造がきっとあるのだと思います。
こんな構造があるとすると、壁を乗り越えられた方はある種、親や学校から反抗し、
自分のエゴを通し、何かをやり続けることによって何かをつかんだのでしょう。
壁が乗り越えられている方はこれをどこかでこなして来られたのでしょう。
これはいわゆるやり抜く力と定義しても良いのかもしれません。
そしてただ自分がやっている事が面白い。
こんな体験があって色んな事に取り組めているのでしょう。
もしこんな体験が無いとすると、もう話は全く通じなくなります。
このブログでは以前に大きな川の話を書かせていただきました。
同じ河岸に立っているようで、同じ河岸に立っていない。
同じ河岸に立たない限り、相手の真意は理解が出来ない。
これは色んなところで起きているのでしょう。
色んな事をやってみる。
もし、ある組織にいるなら、先輩や上司と同じ場所に行って、
先輩や上司が何を考え、どんな行動をしているのか。それは何で出来ているのか。
これらを観察し、自分なりにやってみる。
これが重要な姿勢なのだと思います。
ここまで書いてきて一つのエピソードを思い出したので書かせていただきます。
ある時に出会った私より10歳くらい若い人とのお話。
この人に私はある本を紹介しました。
そして私は無意識的に〇日で読んでくるかなと思いました。
それが〇日ではなく、かなり早く読んできました。
それから何冊か紹介して・・・彼は全て予想を超えてきました。
そして彼は何かを見つけて、自分でニュースレターを作成し始めました。
私たちの世界では一度、出てきた事は別の場面で出て来るというルールがありますので、
一度、作った資料は別の時に必ず使える。
この法則が分かったから、このような行動に出たのでしょう。
それから彼はこのニュースレターを持って別の会社に転職していきました。
ここでも一つのヒントが隠されていますが、お分かりでしょうか。
これがFに当てはまるかどうか分かりませんが。。。