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解聞鏡

クローズドで行われている手技の練習会という名の道場の中で
出て来る特徴的な言葉を集めたブログになります。

今日は、少し前にKが言っていた言葉について

自分の考えを皆さんに投げかけてみようと思います。

Kの言った言葉が「いっつも同じところを回っているんです」である。

これについて少し違う論点でこのブログに弁証法の話を書いた事がある。

確か、練習会に来ていた時に、

Y2に技術が上がっていく中で同じテーマが出て来る話を聞いたのを思い出す。

このテーマは同じテーマでありながら、質が前のレベルとは違うだった。

これが出てくれば同じテーマでありながら技術的には一段階上がった事の証明になる。

これはきっと技術が上がる時には必ず起こる行為。

いわゆるアウフヘーベンする事によって新たな技術を造り上げていく。

これがプロセスなのだろうと仮説を提起した話だった。

ところが、Kが言っている言葉は、これとは対極の動きである。

一周回って同じテーマが出て来る。

この同じテーマは〇ヵ月、〇年というスパンで見ても、全く同じ次元のテーマである。

この差が起こるのは何故かという問いである。

こう書いてきて思い出した事がある。

手技をやる時に軸の捉え方という話があった。

この軸を捉える時に見失っている人がいた。

そしてY2はその人に言っていた。

「毎日、やらないと見失うぞ」と。

私には正直、分からないが、コツと表現しても良いのかもしれない。

この軸の捉え方については、Tが披露したあの足の動かし方が忘れられない。

「全然、離れないでしょ」とか言ってたような気がする。

ある人が答えは分かっているのに、出来ないと言っていた。

ここにはきっと答えは分かった気になっているだけというファクターが入るから、

こうなっているのだと思う。

ここまで書いてきて、違うループが起こる差は何か。

分かった気になっているか、なっていないかだけの差なのかもしれない。

なっていないのはつまり、探し続けているかという問いにも変換できるのかもしれない。

分かった気になる。

これが技術の停滞を生む。

ここまで書いてきて、これが答えなのかなと思う。

でもこれって相手に伝えて相手が理解することなんて不可能だなと思う。

相手が分かった気になっているのを崩すなんて無理でしょ。

皆さんの仕事で基礎とは何だろう。

今日、私は基礎をやっていた。

これをやっていて、何故、前任者は基礎が出来ていないのだろうと思った。

それは基礎が何かを分かっていないからだと思った。

しかし、この人も基礎だと思ってやっている事はあるはずである。

何故なら、仕事をしているからである。

仕事をするには当然ながら基礎からである。

基礎が出来ていなければ仕事は出来ないはずである。

しかし、私は上記の通りの感情を抱いた。

基礎が出来ていない人が案外、沢山いる。

これはきっとそうなのだと思う。

そう考えてみると、基礎とは何かを見つけられた人だけが

基礎を習得できるのではないかと思えてきた。

例えばマニュアルである。

このマニュアルは誰が作っているか。

それはかなりの上達者が作っているわけである。

これにはどんな危険が孕んでいるか。

それはこの上達者にとって余りにも当たり前の事はマニュアルには書かないである。

当たり前過ぎる事はマニュアルでさえ書いてないのである。

そうすると、マニュアルでさえ基礎は抜けている。

こんな事が起こっているのだろう。

Fと最初に会った時に『あなたの当たり前を伝えないと何も伝わらないよ』

と言ったのを思い出すが、これはきっと真理だったのだろう。

皆さんに改めて問う基礎とは何か。

皆さんならどう答えるだろうか。

多分、その答えは全て基礎が抜けていると定義したら、何が浮かび上がってくるだろうか。

浮かんできた事が今、あなたに欠けている基礎なのだと思う。

そしてこの基礎自身が今、取り組まなくてはならない課題なのだろう。

先日、言葉についてこんな事を書いた。

これについて別の定義を書いてみようと思う。

私という人間がこの定義を書いてしまうと自己を否定するような事になるが、

Oと話をしていた時に浮かんでしまったのだから仕方が無い。。。

結論は言葉とは言い訳である。

きっと皆さんの中でも言い訳を言う事をNGにしている人がいると思う。

これを言うと、成長が止まる。進化が止まる。

これを実感している人も多いのだと思う。

しかし、ここで言う言い訳とは明確に言い訳と聞こえない場合を除いた話を進める。

ここからがこのブログで書いている深化の話である。

Oに話したのは、言い訳に聞こえないけど言い訳でしかない言葉がある。

ここではその人が発する象徴的な言葉と書いておこう。

『ある人がOに対して「〇〇〇」でスタートするとぱっと聞いたら言い訳に聞こえないけど、

結局は自分がやらない言い訳を言っているような事を感じた事が無いですか?』と聞いた。

そして

『きっと頭の中で5つとか6つとか出てきましたよね、

 ある人の言葉でこれが出て来るとやらないという

 メッセージを発している事が分かりましたよね。

 その全てが言い訳です。』と言った。

これ以上、書くとかなりの問題発言になるので書きませんが、

ある方々の話のほとんどが言い訳で構成されていると言っても過言ではありません。

言葉とは言い訳である。

こう定義すると脳とは言い訳を創り出す臓器とも言えるのかもしれません。

ここでリブログに出て来る一節を書いてみます。

 

「まただ。
 言葉を使い動揺を誘う典型的な魔族の手法。
 それが言葉であるが故に、人類の脳はその意味を理解しようとする。
 現に私は怒りを覚えている。原始的だからこそ効果的な戦法だ。
 しかもこいつは手慣れている。言葉を選んでいる。
 その”学習”のためにどれだけの人々を殺してきたんだ。」

 

これを言い訳を発した人を魔族と定義するとどんな景色が見えてくるのでしょう。

なんて私が書いている時点でかなりヤバいのはここまで読むとお分かりになると思います。

そういえば師匠とのやり取りの中にも同じような事があったような気がします。

自己防衛のための言葉。

自己防衛をする為に言葉がどんどん増えていく。

そんな人がいらっしゃるのも思い出されます。

今日は手技が上手くなるにはどうしたら良いのか。

これについて現時点での結論について書いてみようと思います。

昨日(1月17日)にFとOとそれぞれ1時間という時間を過ごした。

この時に出てきたのが、

遠回りをした結果、別の次元に上がる場合とただの遠回りだけに終わるの違いだった。

私はこの状況をFとある人の違いとした。

ある人の行動はただの遠回りをしていると感じる。

FもY2も評価が同じだからきっとただの遠回りなのだろう。

これに対して、私はFには身体が先か、頭が先かで答えを出した。

その時点で終わったが、Oと話をして翌日、このブログで書いている事。

そしてFに前に言っていた話。

これらが全て統合される瞬間が訪れた。

 

まずはエレベーターについて。

私はかなり前になるが、Fってエレベーターを造る作業をしているよねと言った。

これをもう少し分かりやすい表現で書いてみると、

日々の作業の中で思索というプロセスがある。

これはやり続けるという事でもある。

ある意味でもう習慣というか生きる源と言っても良いのかもしれない。

この思索の中で次の段階に上がる為のエレベーターを完成するまで造る。

そしてエレベーターが完成すると、このエレベーターに乗り、別のところに辿り着く。

辿り着いたらまたエレベーターを造り始める。

この繰り返しである。

これは解像度という言葉からでも表現できる。

エレベーターが別のところに辿り着く。

これは解像度がこの時点でガラッと変わると同義である。

解像度が変わらない限り、物事の捉え方、そしてイメージは変わらない。

だからお客さんに対するアプローチは全く変わらないわけである。

これを変えるには、エレベーターを造る事。

具体的にはやり続ける事。

そしてやり続けた結果、やり切る。

やり切らないと解像度は全く変わらないのである。

やり切ると、物事の捉え方は変わる。

これは多分、因果関係なのだと思う。

この過程を練度・錬度と表現する。

私には後者の錬度の方がしっくりと来る。

この錬とは鍛錬の錬である。

錬度を上げていき、この錬度が臨界に達した時に物事の捉え方・見方が変わるのである。

これは身体にアプローチする手技を仕事にした人には必須の行為なのだろう。

お客さんにアプローチすればするほど、お客さんは変わっていく。

この変化に対して、皆さんは自分の引き出しを出し続け、

いや提供できる引き出しを造り続けなければならない。

これが型なのだと思う。

この型を自分の型として取り込まない限り、無駄な遠回りをし続けるのだろう。

今日はいつもと違ったレベルでのお話を書かせていただきます。

ある組織の今後の行方を書いてみようと思います。

とはいえ、行方はこの組織では展開されているようですので、確認だけになるだけです。

この行方はFは既に知っており、昨年、名称が変わったのは、これが理由であります。

あるネーミングによって自社ブランドの毀損が起こってしまうからこれを止めたのです。

 

さて本編。

事業には導入期、成長期、成熟期、衰退期のフェイズがあります。

これらのフェイズで起こる事は検索したら出て来るので、検索いただければと思います。

日本の事業はほとんどが衰退期にあります。

何故なら、人口が減少しているから。

総体的な売上は単純に考えると減少する。

これが型であります。

それでもし売上が拡大しているのが個人で起きているとすると、

それはどこかの市場が劇的に減少している事になります。

だから売上が上がらないは普通の状態と言えます。

(そもそも無い人は問題外と付け加えておきます。)

それを無理矢理上げようとするとどうなるか。

ある組織で行われている事とだけ言っておきましょう。

さて、日本の事業のほとんどが衰退期にあると書きました。

この衰退期に起こる事を書いてみれば、

起こっている事象から組織が衰退期に入っているというのが分かるわけです。

ですので衰退期に起こる事について書かせていただきます。

①偉大なる国内地場

②独占・寡占を防ぐ装置

③生業として残存

④撤退・売却

⑤異業種連携

それぞれの詳細については検索いただければと思います。

この5つを読んだだけで皆さんはある組織で何が起こっているかお分かりになったと思います。

私の知っている範囲で言うと、①④⑤がある組織で起こっている事でしょう。

この組織で起こる事はお客さんのGoogleへの評価が最終引導になるでしょう。

今年に入ってこれがひょっとしたら見れるのかもしれません。

 

そうそう・・・

このブログを見ればこの組織で何が起こっているか分かりますね。