安保法を通過させ、安倍はゴルフへ、次期閣僚へ総理候補・稲田をリーク | 昼は会計、夜は「お会計!」

昼は会計、夜は「お会計!」

会計をキーワードにコンサル業とASP(アプリケーション サービス プロバイダー)業のメールの二つの仕事をするmoriyanの言いたい放題ブログです。
テーマは、ブログ、会計あれこれ、医業未収金管理、小説・本、エンターテイメントなどなど。

安保法案をめぐる緊迫した状況の中、それでも平気の顔する安倍の顔とかまともなコメントもいえないテレビも不愉快で視たくもない。そんな日々ブログの更新もする気も起きなかった。しかし、心配した通り自公政権は強行した。

まともな人たちなら、普通に中学・高校の授業を受けた人たちなら、日本の民主主義が崩壊していき、戦争への軍靴の音が規則正しく刻み始めたことを知っている。
 特別委員会の採決は、最初の議事録は、テレビでもいつ議事開会を宣言したのか、委員長はどう議場を指揮していたのかわからず、自衛隊出身のヒゲ隊長が手を上げて「立て」の合図をして、それに従って立つ人、明らかな野党議員も議長席付近の混乱を見るために立ち上がっている人、誰が賛成し、何人が賛成か、何人が反対かもまったくわからない。議事録は「聴取不能」だらけだった。(しかし、その後、文書での報告などで議事録は『作成』されていくらしい)それなのに、議場から出てきた与党筆頭理事のヒゲ隊長も、中継テレビを報道しているNHKアナウンサーも、もう可決したという事実報道していた。少なくとも、あの場面では「裏」が取れていない。事実の報道を旨とするものは、裏をとれていないので、「与党はあれで採決したと主張しています」というべきだ。民主党議員は「あの採決は認められない」と」主張している。
 あの時点からやりなおすしかない。採決前々日開かれた中央公聴会、前日の地方公聴会の報告すら委員会にされていない。公聴会参加構成員からも報告する場を作ってほしいとの意見も出されている。こうした議会制民主主義のいろはを平気でひっくり返す安倍内閣。そんなことにも意見を出せない自民党議員、公明党議員。安倍首相の会見でも公明党委員長も10党中5党の賛成だから強行採決ではない、との子供じみた論理を平気でいっている。まともな答弁ができていないこと、要求した資料が委員会にまだ出ていないこと、公聴会報告すらされていない、そんな時に、騒乱状態を作り、議論の終了を決めたり、それで採決をすることを世間では強行採決という。本会議場では、これまで内閣不信認決議等への賛否の討論は時間制限はなかったものを突然、発言時間を10分と制限する動議を出すなど、ずべてが数の横暴で決めた。このようなやり方を世間では強行採決というのだ。
NHK日曜討論で右翼中の右翼で女帝といわれる稲田政調会長を出席させ、案の定、言いたい放題。どんな批判があろうが、われ関せず。自分はいつも正しいと思いこんでいる人。少しみているだけで気分が悪くなる。その日のうちに、安倍首相は内閣改造人事の際に、この稲田女帝を重要閣僚に遇するとの評判が報道された。安倍のリークに違いない。安倍は、いつか自分が倒されても、断固として野党にはもちろん、自民リベラル派にも譲らない覚悟で今のうちに地盤固めをしたいのだ。一層の右翼化で、暴走を続ける宣言かもしれない。

しかし、この数か月、今までに経験したことがない経験を日本はしたのだとの意見が多い。物言わぬ若者、おとなしい日本人、が街頭にどんどん繰り出し、国会前に行くことを知った。ただ確実に多くのヒーロー、ヒロインまで生み出し、多くの世論と行動を引き起こしたSEALDs(シールズ)など若い世代の勇気が他の世代や階層を刺激したことは間違いない。残念ながら、既成組織だけではこうはならなかったと誰もが言っている。しかし、若者たちは熱気が冷めたり、物事がうまくいかなかったときの挫折したときが心配だ。参議院本会議での採決後シールズの奥田君は直ちにコールを「採決撤回」を叫び、「賛成者を落選させよう」「選挙に行こう」などと次の展望を指示していた。今度こそ街頭行動が選挙の行動へと大きなうねりを起こすかもしれない。しかしメディアもひどい。NHKの世論調査では、国会周辺のデモを「賛成できない」が「共感できる」より多く、半数を超える結果を出した。採決直前にも他の世論調査とは違って6%以上内閣支持率が上がったり不支持率も5%も下がるなど、どう考えても世論調査と称して「世論操作」に乗り出している。
こうしたマスメディアの動きはこれからもっと巧みに、例えば街頭に出た学生の就職ができなかったとか、街頭に出たが挫折したなど様々な操作が行われるものと思われる。しかし、同時に一方でSNSなどネットの普及により若者たちは独自にコミュニケーションを広げていくことを知っている。従って、めでぁい中心の大人世代は相変わらずの殻に閉じこもっていくのかも知れないが、若者たちが、この数か月見せてくれた力を今度はもっと、時間をかけてじっくりと「拡散」していってほしいものと切に思う。

私たちの世代は、大学に入学した年から日本共産党が次々と躍進する選挙を経験し、都知事選挙も反自民で革新都知事を誕生させ、同時に全国で革新知事をひろげていった。太平洋に面する地域などで革新ベルト地帯ともいわれ、全国の住民の1/3が革新自治体に居住する時代も経験した。民主連合政府の樹立などということも決して夢ではないと思い始めたこともあった。
 しかし、1970年の日米安保条約改定の日米協議あたりから日本とアメリカの政府間協議が多岐にわたって開催されるようになり、日米経済摩擦など0直接の利益外にも日本の政党の分断などにも熱心に取り組んだ。社会党と自民党の連立政権まで生まれて、社会党が埋没し、「共産党を除く」が何事にも蔓延し、共闘包囲網がめぐらされた。多少の野党はみな最終的には政権にすり寄る。タレント候補が次々と生まれ、挙句の果ては橋下のように極右翼といってもいいほどの保守派が電通・博報堂の力を背景にテレビを通じて時代の寵児となって今もまだ再生を狙っている。その頃生まれた安倍政権は第一次、第二次を内閣を通じて、右翼勢力結集のシンボルとなった。そこで、関西人のセンスを本当に疑う。やしきたかじんなる男を寵児にして、彼らや百田尚樹などがテレビ局を介して、橋下を寵児にするとともに、第一次安倍内閣を瓦解させた安倍の再起を関西のテレビ勢力が支え励まし、野党化した自民党宗さん選挙へ出馬を決意させた。そして、石破氏は地方党員票でのリードもむなしく国会議員票で安倍が逆転勝利した。この時にkつい訳したのが日本会議派や日本神道政治連盟など右翼政治潮流だった。この時以降、安倍は坊ちゃんとしての性癖をいかんなく発揮して、「僕は愛されている、できる」と思いこみ、第一次内閣ではお友達内閣とまだ揶揄されていたが、第二次安倍内閣では、最初から「戦後レジームからの脱却」を掲げ、日本会議派、神道政治連盟など右翼議員で内閣と党幹部を構成した。以来、行け行けゴーゴーの暴走一筋はごらんのとおり。

私がいいたいことは、私たち高齢世代は様々な時代を生きてきた。しかし、一度も真の勝利などしたことはない。沖縄の日本復帰運動の時も、本土並み核抜き返還ではなく密約だらけの返還であった。以来、沖縄は米軍占領下と変わらない米軍基地に占められ苦労の連続。原子力空母エンタープライズの横須賀寄港反対・母港化反対や原子力潜水艦寄港の問題でもすべて敗北してきた。しかし、そのことでめげないで、仲間の多くは、それぞれの地域や社会の中で様々な形で黙々とたたかってきた。そんな世代が、次の世代に何も影響力もなくなりはじめ時に、衝撃的に登場したのが今夏の若者のムーブメントだ。とでも言うしかない。今までの街頭活動や国会前行動の概念や運動の広がりのつくり方というか、どれをとっても私たち世代では考えられなかったことだ。インターネットの使いこなし、人を前にしたときのアジテーションも全く違うし、シュプレッヒコールはリズムでサッカー場であったり、行ったことがないけど野外フェスではこうだろうと思わせるリズム感だ。就活を前にした大学生が、受験を控えた高校生が、しかし行動に移すことを堂々とやっていった。初めてSNSで「デモに行った」と友達に伝えた人が多かったという。また6月ごろそれをやった人は、友に無視された。その後は、「今度は誘って」という反応も出始めたという。少なくとも無視はすごく少なくなったという。
 こんな世代が18歳選挙権をまもなく迎える。自民党は一方でお酒やたばこの解禁も18歳にしょうと魂胆を持っていたが世論の反発で委員会を両論併記ということで、まだ未定だ。しか、思想信条を超えて、経済のためなら喫煙や・飲酒年齢を下げようという企み
を許さない国民性が育って居て欲しいと願っている。もちろん任意といわれているのによく知らないでマイナンバー制度へ前のめりになっている法人組織を知ると本当に腹が立つ。やはり、若者たちがあれだけ純粋にこの国の行く末に想いを馳せたことに比べたら、理論も経験値も持つ立派な事業実績をもつ法人や大人たちはやはり、もう一度考え直さなければならないだろう。
 そうしなければ、自分たちの世代の終活にはならないと思う。